第十七幕「フリー・ハグ」
『こちらヘルハウンド。配置に着いた。敵は依然、徘徊を続けている』
『了解。こちらでも確認したわ。ジャックラビット、そっちはどう?』
通信が交わされる。微妙に混ざるノイズが、妨害の存在を顕著にしていた。
『こちらも着いた。いつでも合図どうぞ』言うそばから心臓が跳ねて、のどから飛び出そうだ。汗が一滴、顎に伝うのを感じる。視線の先、ここから十何メートルか離れたそこには、ふらふらと移動しながら、遮るもの全てを破壊する
『作戦は提示した通りよ。対象がグラウンドの
肩につけられたジッパーを開く。最近外がご無沙汰になっている義手が露わになった。一応のためだ。幾分か、気がまぎれた。
黒い装甲に覆われた手には、同じくぎらぎらと光る銃が握られている。照準は、あの怪物を狙っていた。
【射撃援助を行います。標的をロックオン―残弾数は―】
マスクの音声とともに、視界にロックオンサイトが現れる。右下に、数字で残弾数が表記された。
怪物が一際大きな跳躍をする―それが地面に着くと、ベスの鋭い声が放たれた。
『今!』
マグナムの銃声がグラウンドに轟く。怪物の斜め後ろから、クルードが弾丸を浴びせていた。怪物はそれもものともせずに振り向く。すると、彼の方向にとびかかった―ように見えた。しかし既に、そこにクルードの姿はない。
僕の番だ。トリガーを引き絞る。リコイルが義手を蹴り、フルオートの弾丸が怪物の背中に食い込んだ。先のように、怪物がこちらに向かってきた―しかし、駆け出した僕に、あいつは追いつけない。
次にクルード、そのまた次に僕と、交互にこれが繰り返された。ポケットに押し込まれた弾倉と空になったものを取り換え、再び弾丸を撃ちこむ。すると、怪物はまんまと思惑に嵌っていく。跳躍を繰り返すうちに、怪物がグラウンドの中央近くまで躍り出た。スタジアムライトがその悍ましい肢体を照らし出す。
盲目を利用した罠―銃撃に反応して襲い掛かる習性を利用した、誘導作戦だ。
「小僧!寄れ!」クルードが叫ぶ。
【トリガーを引いてください。腹部に照準を合わせます】視界のレティクルが揺れ動く。言われるままにトリガーを握りこみ、クルードのいる、怪物の目の前まで走り出した。火弾の羅列が、機械を襲う様子が見える。
怪物が撃ち抜かれた眼孔をこちらに向けた。前方にいると感づいたようだ。醜い雄たけびが叫ばれる。怒りを感じる形相でこちらに走り出してきた。それとほぼ同時に、マスク内で声が響く。
『
空気が裂けるような音がして、無機質な音声が鳴った。
【法的破壊=解除を確認。応用マナ理論式切削機構―始動します】
四方に、光線が飛び散った。
爆発ばりの衝撃を打ち鳴らして、それらがスタジアム中に突き刺さる。
前に向き直ると、怪物が光線に絡めとられていた―いや、これは―ワイヤーだ。青白く光る幾百本ものワイヤーが、怪物を拘束していたのだ。軋む音とともに、それが暴れる機械に埋まっていくのが見える。
「あら、
怪物が叫び声をあげて抵抗した。だがその甲斐むなしく、鉄線はどんどんその身に食い込んでいく。赤い光の奪われた眼孔が、恨めしそうにこちらを睨んだ。
「聞かない子ね。そういう悪い子には―きつくしてあげるわ」にや、とその顔が狂気じみた笑顔に変わる。彼女が腕を胸で交差させると、ワイヤーが一層強く怪物を締め付けているようだった。
きり、きり、きり。
猫のような笑い声と、軋裂の走る音が混ざる。それはだんだんと大きくなり――ぱきん、となった音で終止符が打たれた。ワイヤーが、通りきったのだ。
唯一残った頭がこちらに牙を見せつけて転がってくる。ワイヤーをしまい終えたベスがそれに近づく―ドヤ顔のもと踏みつけられる頭部に、もはや動く気配はない。
競技場に突如として現れた
『おい!聞こえるか!』砂嵐から解放されたドクターの声が、鼓膜に殴りかかる。
「ああ、聞こえてる。久しぶりだなドクター」
『その声はクルードだな?よかった、やっとつながった』おい、つながったぞ!と、その奥で叫ぶ声が漏れてくる。
『その様子からすると、アンドロイドは撃破できたんだな?』
「ええドクター。まったく、子供二人のお守りは疲れましたよ」ベスの言葉に、クルードがあからさまにむすっとする。
『ははは、君らしいな。こちらでも一般市民の名簿確認が終わったんだ。監視対象のうち一人がシロだったのにはほっとしたがな。残り二体も撃破できて、これで一件落着だ。即時、帰路についてくれ』
空気が凍りついた。
「ドクター、悪い。もう一度言ってくれ。アンドロイドは、何体いたんだ?」
『ん?現地にいた機動部隊の申告では二体とあったぞ?撃破したんだろう?』
背中を、ぴりぴりとした不快感が這う。ここにいる三人ともが、その場で固まっていた。
顔を見合わせるのもやめ、各自銃を抜いて構える。
どこだ。もう一匹。観客席か?何も見当たらない。グラウンド?空いた穴は浅い。隠れるような真似なんてとてもできないだろう。背中を突き合わせ、周囲を睨む。マスクなら―それでも視界に動体反応を示すものは、一切ない。
と、その時、足元で何かが蠢いていることに気付いた。それは、形こそ液体のようなのに、金属光沢を放っていた。まるで自我を持っているのか、踏もうとしても、避けて回っている。肩眉を吊り上げるのと同時に、いやな予感がした。
「ねぇ、これって―」振り返って言い終わる前に、絶句した。不思議な液体の続く先―否、その流れ出てくる源に、全ての答えがあった。
口を開けてただ茫然とそれを見つめる三人の前には―丸ぽちゃな、銀色に輝く、楕円があった。鏡面的な表面には、それが流動状であることをうかがわせる凹凸が時折浮かんでいる。遊園地の見世物で見るような、歪な自分の反射が、こちらを小馬鹿にしているような感覚を覚えた。
先ほど倒した
「なるほど。道理で殴ってもダメな訳だ。こいつが中にいたんじゃ、表面の機械がいくら壊れても、動き続けるに決まってらあ」クルードが吐き捨てる。
目の前の楕円が大きくうねった―かと思うと、何かが飛び出してきた。
間一髪で避ける。が、地面には、確かな威力で貫かれた穴が開いた。それをみるやいなや、皆一目散に逃げ散る。
一足先に遠くまで離れたクルードがマグナムを当てるが、表面に波を立たせるだけで、一向に効いている様子はなかった。
【法的破壊=解除を確認。応用マナ理論式―】音声の鳴りやまぬうちに、光る鉄線が楕円を貫く。食らうそばから埋まる切り口に、大差は見えない。
手の中にあるトリガーを引くも、マグナムと結果はほぼ変わらなかった。
弾が止まる。トリガーを何回引いても、もう何も出ない。絶望した瞬間、「小僧!」と怒鳴り声が聞こえ―瞬間自分が動けないことに気付く。
楕円から伸びた銀色の針が、僕の右肩を貫いていた。
刺さったままのそこから、ずるずると引き寄せられる。精一杯足掻くが、肝心の右腕が死んでいた。弾ける音が聞こえ、後ろを振り返ると、踏ん張っていた右脚にも風穴が抜かれたことを知る。
絶体絶命。
生物としての本能が、逃げろ、逃げろと催促した。しかし、機械の半身が重りとなり思うように進まない。視界には黒点。味覚は苦い。全身が灼ける様なのに血の気が引いて凍るように寒い。
もう、ここまでか。くそ。なんで、こんな。
最後のあがきとして動かない右腕を前に投げ出した時、霹靂が、目の前に落ちた。
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