第十五・五幕「オーバー=オーバー」

「くっそ!なんなんだこの怪物は!弾が効かねえ!!う、く、くるな!俺を食うつもりか?や、やめろ!やめ、ああああああああああっ!!!」レシーバーの向こうで、また一人、同胞が消えた。

「隊長!このままでは全滅です!一度退却することを提言します!」若手隊員が私に叫ぶ。その姿の向こうでは、弾ける火と黒煙、瓦礫が見えた。

「許可できない!まだ市民の避難が完了しておらん!もう少し辛抱してくれ!おい通信係!本部からの連絡はまだか!」がたがた鳴る奥歯を食いしばって、私は叫ぶ。

「駄目です!一向につながりません!ジャミングされているようです!」ゴーグルをかけた隊員が、涙と煤に汚れた顔で叫んだ。

 向こうで一際大きな轟音が響く。煙が立ち上り、その中に蠢く影を見た。すると、一本のロープのようなものが飛び出してきた。それは速度を上げながらこちらに向かってきて―隊員の顔を

 戦慄が走る。

 それはロープなどではなく、醜く伸びただったのだ。

 声にならぬ泣き声を隊員が上げた―と思うと、彼はその腕とともに、煙の向こうに消えてしまった。絶句。突如、煙が晴れて誰もが息を吞んだ。

 煙から姿を現したのは―あまりに醜い怪物だった。崩れた均衡の体躯が、ぬう、と、獣のごとく頭を先にして進んだ。赤い双眼が、こちらをねめつけている。口というにはあまりにも悍ましい、そこからは―

 先ほどの彼が、頭から食われ、下半身だけを見せて揺れていた。

 き、き、と何かの軋む音が聞こえる。怪物がなお、にじり寄ってきた。獲物をとった猫のように、人間を咥えて見せつけながら。

 軋む音が徐々に大きくなり、最高潮に達した瞬間、その正体がろっ骨のひび割れる音だと気づいた。勢いよく閉じられた顎から、鮮血が噴き出る。再び開いた口から、ぽとりと、血まみれの人体が落ちた。

 隊員たちが足元で嘔吐する。

 赤い双眸はいまだ、こちらを睨みつけていた。どうだ、怖いか。お前らもこうなるのだぞ。あきらめろ。あきらめろ。赤黒く汚れた口元が、そう笑った気がした。

 ああ。どうしてこうなったのだろう。

 私は、こんなことに同意した覚えはない。隊員の一人が、いきなり炸裂弾を撃ったのだって、私のせいではない。異常行動に出た監視対象に向かって、焦った隊員が突然放ったのだ。そこに私の指示はなかった。

 惨事はそこから始まった。炸裂弾を喰らったアンドロイドが暴れだし、市民が混乱に包まれ、我々は、ずるずると戦闘に引きずりこまれた。

 ぴとり、ぴとりと、人工芝に垂れ落ちる血が見える。機械にはないはずの吐息が、首筋を舐めた。

 ああ、ここまでか。

 涙が込み上げてきた。

「ごめん、パパ、帰れそうにないや...」漏れた言葉の熱が、唇を焼く。

 怪物がこちらに首を伸ばしてきた―その瞬間、跳ね飛ばされたように、怪物の首があらぬ方向を向いた。直後、怒号とともに、何かが落ちてくる。

―黒。

 黒い人型が、あの怪物の首を踏みつけている―不意に、その顔が見えた。憤りに燃える表情に、サングラスが光る。マグナムの音が鳴り響き、ずたずたになった怪物の顔が、空中に蹴り上げられた。

【法的破壊=解除を確認。活性化マナ理論式破砕機構―始動します】

 無機質な声がすると、一瞬にして周囲の空気が熱を帯びた。そして、再び地に戻る怪物の首をめがけて―黄金色の脚が叩きつけられた。

 炸裂音。

 怪物の首が、弾丸のように飛んでいき、コンクリート壁に刺さって止まる。あまりに呆気ないその光景に、皆絶句した。

 人型がこちらに向き直り、近づいてきていた。

「機動隊か?ならそこの血まみれひっ掴んで戻れ。こっからは俺らの領分なわばりだ」

「あなたは...?」誰からだろうか、頼りない声が投げかけられた。

 黒い、ロングコートに縫い付けられた紋章エンブレムを見せながら、人型が言う―

「公安局機械化班―呼称コードネーム地獄ヘル猟犬ハウンドだ―助けに来たぜ」

 言い切るや否や、黒い人型が飛び出す。向かう先には、壁から抜け出した怪物がいた。

「機動部隊、退却!負傷者を運べ!残りは市民の誘導に回る!繰り返せ!」声の限り叫ぶ。

「はい!」ゴーグルの隊員が返事した。

 ああ、人を見捨てし神よ。地獄の猟犬であろうと、私は救われたのだ。今はただ、其に感謝するのみ。

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