第十五幕「クラウチ・バインド・セット」

 では、ブリーフィングを始める。アンドロイド疑惑がかけられ調査中、および追跡中の人物三名が今日の暮れ、同じ場所に、同時刻に居合わせることが分かった。アンドロイド一体でも生み出す被害は甚大―三体いればその脅威も明白。君たちにはそれら人物に対応した警戒態勢を敷いてもらう。

 場所はシンジュク旧カスミガセキ競技場―機械戦線解放公園だ。なお現地では、機械戦線以来の大規模なラグビーの試合が開催される。加えて、これは政府が主導する国威発揚政策の一環でもある。

 当然、多くの一般市民の他、政府高官や各界の要人も集まることだろう。この状況においてアンドロイドが動かないと考える方が不自然だ。

 そこで思案の結果、対象がアンドロイドである場合を想定し、刺激をできるだけ少なくして態勢を敷くことにした。切り札を隠しおいてね。

 君たちはとりあえず、彼らが下手に動かない、あるいは真人間であることを祈り、午後から待機していてくれ。

 名付けて、イチかバチかの待ち人作戦だ。


「おっ、試合が始まったみたいだ」夜風が歓声を運んできているようだった。耳に手を当てながら、クルードが言う。エリザベータ―ベスも同じようにして聞き入っているかと思うと、すぐにやめて不服そうな顔になった。

「でも、ここからでは見えないのね。あれが邪魔で」

「なんだ、見たかったのか?」

「いいえ、あのが無粋だと言ってるの。役割もとうに終えているはずなのに、ぶさいくなままなんて」そういう彼女の視線の先、そこにあったのは高さが二十メートルにも及び、試合会場の競技場全体を囲む、巨大な金属の壁だった。

 今でこそ公園と名のついたここは、大災厄のころにはシェルターと呼ばれていた。機械メカの脅威から人々が逃げ込んだ最初の隔壁の一つ。現シンジュクの始まりだ。二十メートルの防壁はその時にできたモノであった。かつて、国も人種も違う人々が結束して戦った拠点。ここから人類都市の第一歩が拓かれたのだ。

 やがてつけられた名が機械戦線解放公園。無粋と言われてしまった防壁はもう錆び始め、やつれをみせるものの、その姿は歴史を今に伝える重要な遺産であった。

『試合開始。依然変化はないが、警戒態勢を維持せよ』

『了解。離陸態勢を継続する』僕ら三人ののんびりとした空気とは打って変わって、通信網は緊張しているようだ。 

 なにせ公安局が警備、要人警護、誘導を任されていると聞く。歴史ある地での失態は許されないだろう。

 歓声から試合内容でも想像しようと、少し前のめりになった。黒い隔壁を、ライトアップの光帯が這いあがっている。その内側からは、空の淀んだ雲さえ白く照らす熱線が放たれていた。

 足元で何かが転がる音がした。目を移し、ああと漏らす。かわいそうな卵型のそれを、僕は拾い上げた。ライトアップの光を少し分けてもらって、光沢が浮かぶ。

「いいじゃねえか。毎回ひょっとこ面じゃあ格好がつかねえもんな」クルードがこっちを向かずに言った。あくまで監視に徹しているようだ。

「暑そうなんだけどな...」

 義手と同じ、黒色の顔とにらめっこしながら僕は言った。ひょっとこ面の代わりに、武骨なフルフェイスが見つめ返してくる。つるつる卵に数本の筋が刻まれたその表情は、どこか不機嫌そうに見えた。

 その時、音が止んだ。

 瞬間、爆発音が聞こえる。先ほどまで聞こえていた歓声が、悲鳴の色に染まっていく。

 パイロットが電撃のごとく操縦席を操り、緩く回転していたローターに勢いが付き始めた。空気が張り詰める。各々のバックルが閉まり、ヘリコプターが浮上した。

『地上班、爆発音が聞こえた。状況を報告せよ』

『き――いだ、せ――ま―な!――』音声が途絶えた。砂嵐に紛れたそれは、鮮明から程遠い。

『本部、現地部隊に異常を確認。情報を求む』

『スティーラーワン。直ちに現場にむかえ。現在こちらでも、地上機動部隊が何者かと交戦中との知らせの他、状況は把握できていない。通信は妨害されているものと見える。厳重に注意されたし』ドクターの声が真剣みを帯びていた。

『了解。スティーラーワン、直ちに急行する―ということだ、準備はいいか?』そう聞いてくるパイロットの頬を、汗が伝うのが見えた。

「いいわ。スタジアムの上空で静止して頂戴」ベスが即座に切り返す。

『了解!』

 ヘリコプターの軌道が弧を描いた。向かう先―黒壁の要塞からは、銃声と黒煙が溢れだしている。機体の空気を切る音が、暗夜に響き渡った。



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