第十四幕「スパークリング・イズ・ファイン」

「いい?クルード?あなたがやったことは重大な命令違反よ?勝手な通信の切断、公での実名の使用、スキャンすらまともにやってなかったらしいじゃない?なに?カン?あなた子供の頭をぶん殴ったのよ!?ヒロまで危険にさらしておいて、まったく、もう!」クルードが仕草まで加えて局長を真似て見せた。声こそ裏声でがさがさだが、なかなか似てもいるから笑えて来る。

「―ったく、ちょっとヤンチャしただけで謹慎処分だぜ?局長サンはほんと、おキビシイぜ。っていうか坊主、お前ちょっとくらい弁明してくれてもよかったんじゃねえのか?」意地悪な笑顔が向けられた。

「クルードが手出し無用とかいうから...」

「いいじゃないか、クルードこそ謹慎って言っても好き放題してたんだろ?」

「ああっ!お前か!食堂のドーナッツかっさらったやつ!ったくコーヒーの御伴がなくなってガッカリしたんだからな!」そこで席を共にする一人が告白してしまう。おいおいとクルードが反論を返した。

「坊主だって食ってたぞ!何もかも俺のせいにされちゃ身が持たないじゃんか」

「僕はちゃんと早朝にとったんですぅ」

 朝―といっても十時くらいだが―の指令室では談笑が響いていた。僕とクルード、それにオペレーターも何人か混ぜて、くだらない話に花を咲かせていたのだ。

 

 メジロの事件から二週間。クルードが謹慎を食らっていたころ、僕は座学と訓練を重ねていた。ミスシュガープラムが言うには、身体の六割強が機械化されている以上、訓練してもさほど変わらないらしいが、任務の少ない分―あるいは、自分の不安をかき消すために―じっとしているよりかは、と自分から言い出したことだった。

 ドクターの快諾のおかげで、機械化班の施設の大部分を利用する許可も降り、あちらこちらと過ごすうちに顔なじみも増えた。今ではこうして団らんすることもしばしばだ。

「おお。君たちの場合、待機をするというのはドーナツの話をすることになるのか。面白いな」入口の方から大声がして、談笑の輪が消滅した。即座に各々持ち場に戻り、取り繕いようのない取り繕いをしてサボりをなかったことにする。

 ドクターが手を後ろで組みながら、かつん、かつん、と歩んできた。

「私もあのドーナツ、楽しみにしていたんだ―ピンクでスプリンクルの乗ったやつ―好きだったんだけどなぁ」食べたよね、君、とドクターがクルードの耳元で囁くのが聞こえた。

ごほん、とドクターが咳ばらいをする。

「さて、機械化班のメンバーが今日やっと全員揃うみたいなんでね、倍張り切っていこうじゃないか、諸君。じゃあ、紹介しよう―入ってきてくれたまえ」隣でクルードがうげ、というのが聞こえた。すると、入り口に人影が現れた。

「回りくどいわね、ドクター。どうせファンファーレも何もないのでしょう?―て、あれ」そういいながら入ってきた人物が立ち止まる。僕を凝視して。

 金とも、白ともとれる長い髪が後ろでまとめられていて、はっきりと見える顔立ちは端正そのもの。お揃いのあのロングコートを着ていても、その姿は細く、しなやかであり、姿勢がすっくと伸ばされていた。

「今朝のニンジャじゃない」―今朝の女性だ。

「なんだ、もう会っていたのかヒロ」事情の分からないドクターがわくわくしながら紹介の儀式を取り図ろうと、触るべきでないものをつつく。

「女風呂にいたのよね。びっくりしたわ、ニンジャさん」語弊のある言い方だ。周囲がざわっとしたのは、気のせいなんかではないだろう。

「そうかそうか、風呂場で出会ったか―ふむ?」ドクターが考え込んでしまった。いよいよ冤罪を着せられそうになっている僕を、当の仕立て人がポーカーフェイスで眺める。目がかち合うと、その顔が笑みに変わった。

「冗談よ、冗談。ほらドクターも気色の悪いこと考えないで?」そういうと、彼女はぱっと話題を変えてしまう。

「う?あ、ああ、そうだな。まぁ改めて紹介しよう。エリザベータ・マリクだ」

「今日からよろしくね、ニンジャさん」背の高い彼女が、少しかがむようにしてのぞき込んできた。茶の混じる、青碧の目が僕を弄ぶように輝く。

 おまえ、なんかやったのか?―ひそかにクルードが聞いてくるが、防衛本能から黙りこくることにした。この人の前で内緒話は危険だ。そう感じたのだ。どうも初めてお目にかかるが、これが所謂やり手というやつなのだろう。僕の行く先が少し怪しくなった。



「あいつは、もともとどっかのスパイだったらしいんだがな。なんやかんやあって公安に拾われたらしいぜ」クルードが語ったのを、かろうじて聞き取る。

 実際にはもっと話している様子だったが、とても聞き取れやしない。あとで再び聞くことにしよう、そう決めた。

 僕ら三人はカーゴヘリに乗っていた。ローターの音が相変わらずうるさい。飛び立ってから十分か、それくらいだろう。地上にそびえるビルの脳天を見ながら憶測した。

『こちらスティーラーワン。目的地に到着。地上はどうだ』パイロットが簡潔に述べた。

『到着了解。地上では今のところ変化なし。ただし敵はこちらに気付いたはずだ。引き続き警戒されたし』

現状了解コピーザット。本部、このままでは怪しまれる。近辺に着陸の許可を要請する』

 しばらく唸ってから、ドクターの声がした。

『ビルの屋上に場所テーブル用意レザベーションしてある。発煙筒キャンドルが目印だ』

『了解。着陸し、警戒を続ける』

 少し経って、ヘリコプタが少し揺れ、その場でホバリングしだした。じわじわと高度が下がる。

 気持ちのいい風がなくなったころには、空中の旅が終わっていた。

『では諸君。スピードデート作戦開始だ』

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