第十一幕「飛ばないロケットパンチ」

 耳鳴りが残るくらい、大きな音がした。ひょっとこ面が吹き飛ぶ。

 思わず瞑った目を開くと、―そこには機械メカの下腹部があった。


 ―あの鞭は、機械の腕がカタカタと鳴る。今まさに、攻撃を受け止めている最中だった。拮抗していた力が弱まる―そのまま、触手を払いのけた。メカがよろめき、数歩後ろに下がる。

 僕は右腕がようやく、まともに使えるようになっていることに気付いた。開き、閉じてみても、もう遅れはしない。

 メカが体勢を立て直す。ワイヤーのような触手が数本束ねられ、一本の鞭をかたどった。―来る。

 相手が攻撃を仕掛けた。それは目で追うには早すぎた―しかし、咄嗟に出た腕がそれを防ぐ。何回も、そうした攻防が続いた。火花が散り、互いの間合いが狭くなっていく。

『おい!ヒロ!大丈夫か!いや大丈夫だな!』

 ドクターの声が再び、イヤピースから聞こえた。

『返事はしなくていいからよく聞け!その義手は君が集中している間は守ってくれる。反射神経と連動しているからな、咄嗟の防御が絶対の防御になるんだ。ただし、そのままではいけない。いずれ押し負ける。だから今こそ―』

 次の言葉はもう分かりきっている。

『ロケットパンチ』を、放つのだ。自分の声とドクターの言葉が重なった。


 僕は必死に探す。自分の戦う意思を。

 僕が信じる、人間の力を。

 それは自分の中にある、深い闇を手探りで進むような感覚だった。目の前には死と隣り合わせの光景が広がっているのに、今は不思議と落ち着いている。

 身体から心が離れる。音が消えた―光が消えた―『僕』が消えた。ただただ虚無の中に、潜り込む―。

 柔らかい光が見えた。

 映し出されたのは、チカや、母親、笑う大切な人たち。その向こうには、一緒に笑う自分。記憶にはないはずなのに、とても懐かしい―そんな光景だった。

 そうだ―僕が信じる、人間の力。

 全てに優れる機械に負けない、生きる者だからこその力。

 それは、ずっと昔から知っていた。


 怪物が破れた絨毯に、一瞬足元を取られた。

―好機。

 僕はすかさず、空いた腹部に拳を叩きつけた。怪物が吹き飛び、向かいの壁に埋もれる。僕はロングコートのジッパーに手をかけ、義手を露わにする―装甲の鈍い、漆黒の輝きが太陽の光を喰らった。

 

 息を吸う―

「法的破壊=解除」

【法的破壊=解除を確認。有虚マナ理論式放出機構―始動します】


 右腕が変形し、熱を持った。放つ光はかつて見たモノよりもはるかに強い。


 僕が戦う理由―この、意思。

 それは、この地上にあり続けた、人間という種が持つもの。温かい営み、歴史に刻まれ、無限の連鎖の末、ここまで続いてきたもの。人が願い、生まれ、次に渡してきた、連綿の火。


 感情を、心を持つものが宿す―自らの運命を勝ち取る者の意思。

 

 右腕から炎が噴き出る。半身を包むそれは決して熱くない、温かい火焔だった。

 怪物は壁から抜け出し、こちらを睨みつけている。


「呪われた悪魔きかいよ、ここに来い。うかつにつけた生命ちせいの火を、この手で灰燼にし、消してやる!」叫び、拳を固く握りしめた。蒼焔がそれを包む。


 醜い雄叫びを上げ、怪物が飛び出した。

 僕は右脚を蹴りだす―そして、怪物と零距離の対峙をしたところで―全力の右ストレートをぶつけた。

 

 視界をかき消すほどの炎が噴き出す。拳が怪物にめり込み、そのまま捩じ伏せ、床に縫い付けた。それでも焔は止まることを知らず、全てを灼き続ける。亀裂が床に広がり、腕の推進力のままに、僕と怪物は下の階へ瓦礫と紛れて落ちた。

 怪物が甲高い聲を上げ、号哭を響かせる。

 それが最期の叫びとなった―地面に落ちる瞬間に、火焔が一段と強くなる―大地をも割る一撃が、怪物を叩き潰した。


「うわっ、ひどいな、これ―」廃ビルの入り口で、クルードが呆れ気味に言った。

 アンドロイドを文字通りぺしゃんこにした拳を引き抜く。開かれた装甲からは、いまだに煙が出ていた。

 周囲を見渡す―僕のいるところを中心として、ちょっとしたクレーターのようなくぼみができていた。どうやら本当に地を抉ってしまったらしい。先ほど見た人の住む跡も、モノが散乱してぐちゃぐちゃだ。

 足元を見下ろすと、そこには機械の死骸があった。今度こそ、逃げ出す気配はない。怪物は退治されたのだ。

 クルードが耳元に手をあてた。

「本部、もう知っているだろうが、改めて報告する。監視対象はアンドロイドと判明、及び、その破壊に成功した―作戦完了ミッション アコンプリッシュだ」

 イヤピースの向こうから大音量の歓声が上がる。ドクターが何かを叫んでいるようだが、よく聞き取れなかった。

「手出し無用とか言っておいて、かっこ悪いトコ見せちまったな。だが、これだけは言わせてくれ。初任務おめでとう、ようこそ、機械化班チームに」クルードが手を伸ばしてくる。それを取ると、ものすごい力で引き上げられた。

 ようやく平地に戻り、僕はその場で倒れこんでしまった。自分がいかに恐怖を感じていたか、あとになって震え出す身体が物語る。

【任務完了を確認。設定を通常に移行します】

 音声とともに、右腕が装甲をしまう。これで本当に、僕の仕事が終わっ―

「小僧、まだ仕事は終わってないぞ?」

「へ?」僕が見上げると、クルードが淡白な笑顔でいた。

「まぁとりあえず、そのイヤピースをよこせ」

 僕は新しく使えるようになった手で、イヤピースを外した。

「―よし。これを、こうして、っと」彼が自分のもあわせてその電源を切る。ひそかではあるが、そこから抗議の声が聞こえた気がした。

「え、どうしたんですか?」

「ん?ああ、ちょっと私的プライベートな用事を思い出してな。ほら、立て。上のばあさんに謝りに行くぞ」

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