第八幕「機械戦線のルーパ」

―ジュディ・キャンベル。

 

 テレビで何度か見たことがある。人類都市シンジュク政府が統括する警察組織―あるいは、政府直轄の軍に次ぐ武力で人類都市内の機械メカ全ての排除を命じられている集団―公安局、そのトップだ。

「よろしくお願いします」差し出された手を握り返すが、―彼女の後ろに控える護衛の迫力もあって―内心はビクビクだった。

 機械の心臓も、こればかりは耐えきれないようで駆け足気味だった。

「思っていたよりも可愛い子ね。気に入ったわ」

 そう言って彼女は笑った。輝く金髪が跳ね、目を細めて、美しく歳を重ねた表情が笑みに染まる。

 なんてことはない、として笑っていた。堅苦しい、メディアで見る姿とはまた違った印象で、僕はなんだか安心した。

「あら、ランチの途中でお邪魔してしまったかしら?」

「いいや、ちょうど今終わったところだ。ベストタイミングさ」と言ってドクターが最後のポテトを口に放り込む。よく見ると僕の分まで消えていた。

「じゃあ、すぐに行きましょう。ヒロトトウムラクン、だったかしら?あなたのこと、なんて呼べばいいかしら」

「お好きなように呼んでください。マム」

 僕はかしこまって答える。

「やだ、そんなに固くならなくてもいいわよ?これからは私とあなた、仕事仲間になるのですもの。そうね、ヒロ―あなたのことはヒロと呼ばせていただくわ。私のことは、そうね、みんなキャンベル局長と呼ぶから、そのようにお願い」

「ただし、礼儀マナーは忘れるなよ?ジュディは怒ると怖いからな」ドクターが意地の悪そうな顔でいう。

「あら、レックス。そんなにお仕置きが欲しいのかしら」

「十分間に合っています、マム」

「そう。じゃあ十二分にするための二を足してあげなくちゃね」

冗談のようで冗談に感じられない恐ろしい会話が止むのは、キャンベル局長がその歩を止めてからだった。

 そこは、またしても地下であった。しかし、アカデメイアのように狭いものではない―桁違いの規模だった。

「ここがあなたの―そうね、家となる所、と言うべきかしらね。ようこそ、機械科班司令部HQへ。まだ出来たてホヤホヤだけどね」笑う彼女に、部屋中から敬礼が向けられた。

 向かって目の前に広がるのは巨大なスクリーン。そこから手前までオペレータが並ぶ。それはまるで―「いつ見てもやはりすごいな、大気圏外にでも何か飛ばす気かしらと思う」―今や資料の中にしかない、宇宙船の管制室のようだった。

「このくらいはやらないとね。なにせ、機械科班は公安の切り札ですもの」


 僕たちはキャンベル局長について地下施設の案内をされた。

 先程の巨大な部屋―作戦司令室をはじめとし、公安局の地下に存在するこの施設は『機械科班』のために作られたものであった。

 「あっちが居住区。食堂に―」と、局長が楽しそうに案内をする。

 最後に通された部屋は、アカデメイアにもありそうな、何かしらの実験室のようであった。

「じゃあ、約束通り、その子の腕を試してみましょう―と、その前に」局長が僕の手を取った。

 鋭い光をたたえた蒼い目が、こちらを見据える。それから、優しい声で、はっきりと話し始めた。周囲まわりが静まり返るのがわかった。


「よく聞いてね。あなたはきっと、ここまで何が何だかわからぬまま来てしまったのよね…アカデメイアだとか、公安局の一員だとか、得体のしれない身体にされて、挙げ句の果て、これまでの貴方じんせいも殺されてしまった―」

 僕は、ここにきてやっと、自分の境遇を客観的に見ることができた。あまりに急で―追いつけていなかったことにも気づいた。途端に、今まで忘れていた喪失感が息を吹き返す。

 それは、重く、鈍く、僕の心にのしかかってきた。

「しかも、あなたはこれから、命を失いかねない運命にあたる。とても、とても恐ろしいことよ―」ぎゅっと、僕の手を握る力が強くなる。

「だからね、私はあなたに、お願いとして言うわ」

 しばしの静寂が訪れる。一切の世界おとが局長の言葉を待っていた。その目は未だ、僕の目を捉えて離さない。

「私たちと一緒に、シンジュクを、人類都市を、守ってくれる?」

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