第二部  ディアレクティケ

第七幕「フライドポテトはそのまま派?」

「全く君は、ハンバーガーを食べるのがへたくそだなぁ。どうしてそう、具がこぼれてしまうんだい?」

 僕がただでさえ食べ慣れていないハンバーガーで難儀しているうちに、ドクタータチバナは三つも同じものを平らげていた。今や二パック目のポテトに手を付け終わり、指を舐めている。

 僕とドクタータチバナは公安局の食堂にいた。

『君の新しい居場所、公安局にね!―ってうわ、君の恰好ってば、ほとんど裸じゃないか。今から出かけるというのに、そんな破廉恥検査衣な恰好をしている人間とは歩きたくないなぁ。ああそうだ、君の服はすでに支給されているんだった。ちょっと待っていてくれたまえ』と言われ、僕がシャワーと着替えを済ませたのが今から二時間前になる。


 そうして渡された服は、とても着にくかった。

「あら、思っていたよりも似合っていますわね。格好よくデザインした甲斐がありました」

 部屋から出ると、そこにはミスシュガープラムがいた。

 僕は洋服の他に、黒いロングコートで身を包んでいた。それも、普通のロングコートじゃないことは無知被害者の自分でさえ分かる。これには随所にプロテクター、ポケットが仕込まれ、控えめにちゃっかり公安局のエンブレムが刺繍されていた。

 そして何より目を引いたのが―「あなたの腕だと、やっぱりここは外せないのよね。このコートはあなた専用。おしゃれでいいと思いますわ」―右の肩甲骨から始まる、素材きじが変化している部分、そしてそれに沿うようにして取り付けられたジッパーだった。

「このコートは機械メカとの戦いを想定して、特注で作られたものですわ。通常の服装では脆弱過ぎ―かといって常に戦争に行くような恰好をするのも非効率的。特にあなたのようなケースではね。結果、このコートが作られましたの。防塵、防水、耐衝撃性能は折り紙付き、リグとしての機能も備えるあたり、流行の総ドリ間違いなし。保証いたしますわ!」彼女は目を輝かせて話した。

 きっと自分の仕事に誇りを持っているのだろう、その饒舌っぷりには毎度圧倒されてしまう。

「ああ、着替え終わったのか。では早速出発しよう」

 廊下の向こうでドクタータチバナが手招きをする。未来的な白い廊下に、黒いスーツがよく目立っていた。

「二人一緒だとアリさんみたいですわね」

「そんなこと言わないでくれよ。君のデザインだろう?」

 あらそうでしたっけ、なんて彼女はとぼけて見せる。手招きされるままドクターの傍まで来ると、今度は彼が道をあけ、この先へ行くように導かれた。

 僕は最後に振り返って、「いろいろと、ありがとうございました」と言った。

 ミスシュガープラムはにっこりと笑って、手を振ってくれたのだった。


 それから一時間ほど。地下を巡る鉄道を経由したり、やけに長いことのぼり続けるエレベーターに乗ったりして―驚いたことに、アカデメイアと公安局は非公式ルートでつながれていた―公安局本部に着いた。

「どうも。ドクタータチバナだ。局長さんと約束デートがあったはずなんだがね」

 受付嬢にドクターが話しかける間、僕は久しぶりに見る外を眺めていた。それは明るくて、ちょっと青くて、消毒剤の匂いから解放された、こう、世間しぜんの香りというか―「なんだって!?」僕の慎ましやかな外界との再会はドクターの大声な疑問符でかき乱されることになる。

「申し訳ありません。局長は今、政府の要請で外出なされす…少し、お待ち頂くことになるかと…」受付嬢がドクターの迫力に耐えながら言う。

「私とのアポを守らずに…まったく。とんだ薄情者になったものだ。ならば少し待たせてもらおう。それでいいね?」

 その迫力に押され、僕は無意識に頷いていた。


 ―そうして今に至る。

 僕は全く言うことを聞いてくれない右腕を呪いながらハンバーガーを食べるのに四苦八苦していた。ちゃんと握りこめないので右側からどんどん具が逃げていくのだ。

「どうもハンバーガーを食べ慣れていないもので…」二重の意味で僕はドクタータチバナに『どうして綺麗にハンバーガーを食べられない問題』の言い訳をした。

「そうかい?ああそうだ、君はファストフードをあまり食べないタチだったな。幼いころに食べて大恥をかいて以来だったか―たしか、好きな子の前でかっこつけて食べていたらすっ転んだとか」

 僕はハンバーガーで口をいっぱいに満たして黙った。この人はどこまで僕を知っているのだろうか?恐ろしい想像までしてしまう。

「そんなに怖い顔をしないでくれよ。生きていりゃそういう苦い経験の一つや二つ、いくらでもあるものさ」がははとドクターが笑う。と思いキャすぐに真顔になった。

「ふむ。やっと来たと見える」

 さっきまで食堂に満ちていた喧噪が消え失せていることに気付いた。そして、ドクターの視線の先―そこには、一人の女性の姿があった。

「やぁ、ジュディー。久しぶりだな」

「ごきげんよう。相変わらずのようね、レックス。それとも、今はドクターかしら」

「昔の名前はどうにも恥ずかしいのでね、ドクタータチバナで通しているよ。今日は約束の、救世主君を連れてきたのだが―」

「そのようね」

 鋭い、蒼い目が僕に直される。

「公安局局長、ジュディー・キャンベルよ。よろしくね、新人おチビさん」

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