第三幕「バッド・モーニング」

 気がつくと、僕はそれこそ映画でしか見ないような台の上に平たく寝かされ、とても直視なんか出来ないくらいに眩しいライトを顔に浴びせかけられていた。

 起き上がろうとも、金縛りにあったかのように首から下に力が入らない。声の代わりに出たのは乾いた空気の音だけであった。

 諦めてそのまま天井を見上げた。部屋のどことも一緒の、白色の天井がとても高く感じられた。 

 ここは病院の一室なのだろうか。あのアンドロイドはどうなったのだろう。チカは無事なのだろうか。自分はあの傷から生還したのか。このご時世、入院費はばかにならないと聞くが。

 答えを待つ疑問系が、頭の中で列をなす。

 ただどうにも思考に靄がかかっているように感じて、今はとても冷静にものを考えられるような気分じゃなかった。


 しばらくすると、人の話し声がきこえた。

 それはだんだんと大きくなり、ついに僕のいる部屋の前まで到達した。

 自動扉が開く。

「ほう、目が覚めたか。トウムラ君、だったかな?調子はどうだい?」

 野太い男の声が聞こえた。そうして間も無く、部屋に入って来た二つの影が僕を上から覗き込んだ。

「運動を抑制させていますから話せませんよ、ドクター」

 二つのうち、華奢な方から声がした。どうやら女性らしい。

「そうなのかい?しかし、それもそろそろ切れる頃だろう。それとも、ゾウでも眠らせるつもりで浴びせたのかい?」今度は野太い声の方だ。

「クジラを眠らせるつもりでとは伝えておきましたよ」

「君は毎回予想の斜め上を行くね。実にいいことだ」

「恐縮です」

 影同士が大変にくだらない話をしている間、僕は必死に喉から空気を漏らしていた。

「―ぃ―ぃゅ」

 かろうじて出せた音ではなかなか言葉を作ることができない。

「なんだね?なにか喚いているようだよ?」

「―ぁゃ―」もうこれが限界だった。

「―聞き取ることが難しいと判断します。水でも飲ませましょうか。ドクター、そこのカップをとってください」

「これかい?」

 ほら、と唇の前に奇妙な形をしたカップが差し出された。差し出されたことに不満はないのでそれに吸い付く。

「よく飲みますね。施術中の水分補給が足りなかったのかしら」

「そもそもこの部屋が乾燥しているんじゃないか?地下だぞ?暖房もつけなくて良かろうに」

 程よく喉が潤うと、声が出せるようになっていた。

姿勢を直そうとすると、首の他の部位も動かせることに気がついた。思い切って上体を起こしてみる。

 そうすると、それまで体を覆っていた布がずり落ちた。

 瞬間、アンドロイドに噛まれたことを思い出す。傷を見るのが怖くて一瞬目を瞑ったが、再び開くと、そこは―


―黒かった。とにかく、黒かった。

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