第一部 プレリュード
第一幕「ラスト・クリスマス」
白くて、冷たい旅人が空からゆっくり落ちてくる。それは、あちら、こちらと迷いながら、最後には落ちて、地面で雫となった。
雪だ。
街は浮気立ち、いたるところから笑い声が聞こえて来ている。幸せそうだ。
はあっと、溢れ出た吐息は白くけぶり、あっという間に闇へ紛れた。
クリスマス。それが今日の名だ。
ここはシンジュク。みんながそう呼ぶ。
かつてあった新宿は、この世にはもう存在しない。
今から四十年前、突如として起こった大災厄に呑まれ、世界はその有り様を途方もなく変えることになった。
世界各地の大都市から始まった機械の反乱が、その日を境に人類史を書き換えたのだ。
かつて人々が生活を営んでいた地は、そのほとんどを自己増殖する機械によって呑み込まれてしまった。
有機の存在が住むことのできない、無機質の世界。
人々はそれを、電子森林と呼んだ。
地面一帯を導線や金属片が覆い隠し、太陽の光さえも遮る。自生していたはずの植物は枯れ果て、食物連鎖が断ち切られた。ひたすら死に向かうその地で、生命の営みは否定されたのだった。
この電子森林を守る守護者が確認されたのはそれからさほど間もなかったと聞く。
生物の体を持たない、金属の体を持つ殺戮の獣。
世界の破滅に恐怖し、かつて多くの者がこれに立ち向かい、大地の奪還を試みたが、歴史が語る限りそれらは悲劇に終わった。
これらの脅威、つまりは機械―『メカ』から助かったのは『人類都市』―人類最後の砦であり、同時に檻とも言える、巨大シェルターに逃げ込んだ者だけだ。
世界各地に建設されたとされるはずの人類都市、そのうちの一つ、極東人類都市シンジュク。それがこの街の名だ。
人々はこの助かった命が、つかの間の安寧が、ただ死期を延ばしたものでないと願って過去を忘れ去り、薄氷を不安で割らぬよう今の世を生きているのだった。
腕時計を見る。針は午後三時を回っていた。
自分の立つ高架橋の下で、人々は止まる事なく流れ続ける。
僕は待ち合わせをしていた。デートなのだ。違う、ただ買い物に付き合うだけだ。相手は幼稚園からの幼馴染であった。
ふるる、とポケットの中で携帯端末が震える。通話に出てみると噂をすればなんとやらで幼馴染だった。
「どこにいるの?」とあっちは明るい声で聞いてくる。
「高架橋だよ。ここで待ち合わせでしょう?」
「あれ、そうだっけ…ちょっと手を挙げて、振ってみてくれない?」
言われた通りにしてみる。
「ああ居た居た。ちょっと待っててね」先方がそういうと、通話がぷつりと切れてしまった。
「久しぶり。なんだか変わったね」
「そうかな?」なんて言いつつ、きっと僕の方がその変わりように驚いているはずだ。
僕の幼馴染、チカはすっかり大人びていた。化粧をしている様子で、昔の彼女しか知らない僕からしてみればものすごく違和感を感じた。だが、同時にとても綺麗に見えた。
「背もなんだか伸びたんじゃない?あ、ずっと待っていてくれたんだよね、さっさと中に入ろう?」
「そこにカフェがあるよ?」
「ちょうどいいね。席が空いているといいのだけど」
「まぁそれに関しては祈るしかない」
こんな他愛もない会話も、すぐに終わりを告げることになる。僕はまだ、それを知らなかっただけだ
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