第肆章 闘技大会その1

「皆様、お待たせ致しました! まもなく予選第一試合が始まります。両者位置についてください!」

 壇上にマクシオルが現れそう告げると、観客は歓声を上げた。それにあわせて、ヤンとユグドラは戦闘開始位置へと向かう。

「手加減しませんよ。本気で行かせてもらいます」

「望むところネ。王女様だからって手は抜かないからネ」

 言葉を交し合い、戦闘開始位置に着く。それを見計らって、マクシオルは大会最初の試合の始まりを宣言をする。

「それでは両者、位置に着きました。リンファンの格闘女王、ヤン・ホウチュウ対エルージャ王女、ユグドラ・ローグレス。勝つのはどちらでしょうか? それでは行きましょう。3・2・1。試合開始ぃ!」

マクシオルの声と同時に鳴り響いた鐘の音を合図に、ユグドラは矢を放った。

  【ラピッドアロー】

 放たれた矢は、ヤンの額に向かって飛んでいくが、ヤンはその場から動かずに左手を体の前に向けて出していた。

 そして当たるかに思われた矢は、ヤンの左薬指と小指の間に挟まれ、額の直前で止まっていた。

「んなっ……!?」

「ちなみに私の利き手は右手ネ」

 今のは余裕だとでも言うかのように挑発的発言をするヤン。対してユグドラは冷静さを保ちながら、次の必殺の一発を打ち込む。

  【スプラッシュアローレイン】

 空へ向かって打ち出された矢は、ヤンの上空ではじけ魔法の矢の雨を降らせる。まさに死の雨であるが、ヤンは微笑みながら平手を真上に向かって打ち出した。

  【衝々波】

 ヤンが打ち出した平手から放たれた衝撃波は、矢の雨を全て打ち消した。その光景にユグドラは茫然としていた。

「うそぉ……」

「それがあなたの本気ネ? それじゃ、次は私の番ネ!」

  【疾風拳】

 ヤンの姿が突然消えた。直後、ユグドラの目の前に現れ、腹部に拳を叩き込む。

 ユグドラは口から吐瀉物と血の混じったものを吐き出しながら、闘技場の壁に激突する。彼女の纏っていた優美な戦闘服の腹部は穴が開き、彼女の素肌が露わになっていた。

「どうですカ? 私の拳ハ?」

 ユグドラのもとまで歩み寄ってきたヤンは、相手の無事を確かめ話しかける。

「ふふっ、やるじゃないの。人間なのに」

エルフ族であるユグドラはそう簡単には死なないが、それでもかなりのダメージを負っていた。少し鍛錬しただけの人間なら彼女の拳でいとも容易く絶命するだろう。そんな拳を使う彼女に対して皮肉を言い弓に矢をつがえ、放った。

  【タービュランスアロー】

 放たれた矢は、ヤンの方へと向かって飛んでいくが、命中する寸前でヤンが回避した。

「残念だたネ。不意打ちなら勝てると思たかもしれないケド。それじゃ、これで終わりネ!」

 そう言って拳を振り上げた瞬間、ヤンは背後から殺気を感じ取る。

  【背拳衝】

 ヤンは振り向きざまに裏拳を放ち、そこから放たれた衝撃波で返ってきた矢を弾こうとするが、衝撃波が当たる前に矢は軌道を変え、ヤンの眼前に迫った。しかし矢は、そこでピタリと止まり地面に落ちた。

「これ、貴方の力ネ?」

 ヤンはユグドラの方を向き尋ねる。

「ええ。矢を風でコントロールしたわ」

 それを聞いたヤンは、納得したように下を向いてからマクシオルのいる祭壇を見上げて告げる。

「この勝負、私の負けネ。さっきの一撃、私は確実にやられてたネ」

「それでは予選第一試合。ヤン・ホウチュウさんの死亡確実判定! よって勝者、ユグドラ・ローグレス! 両者の健闘を称え、拍手をお願いします」


*   *   *


「それでは続いて予選第二試合、試合準備は完了したようです。それでは行きましょう。光の剣士、オシェット・レイバーン対精霊魔術師、メロウ・フェレット! 勝負の行方は? 3・2・1。試合開始ぃ!」

 鐘の音に合わせオシェットはメロウとの距離を詰める。メロウとは短くとも共に戦った仲間である。ある程度は手の内は読むことができる。精霊魔術という性質上、精霊との交信が必要となり、近づかれれば思うように動くことはできなくなる。

  【アクアスプレッド】

 思った通り、メロウは近づかれるのを嫌い、迎撃してくる。

  【フラッシュソード】

 飛んできた無数の水球を高速の剣撃で切り払いながらメロウ目がけて突き進んでいく。

「くそっ、来るな!」

  【ファイアウォール】

 メロウは、オシェットのこれ以上の接近を阻むべく自らの周囲を炎の壁で取り囲み、精霊との交信を始め、強力な魔法を放とうとした。

しかし、それはメロウの癖ともいえるもので、戦闘中に強力な魔法の発射準備に入るときに必ずする行為であることを知っているオシェットは、それを妨害するために炎に向かって突っ込み、目の前の炎を剣で切り裂く。

  【シャイニングステップ】

そして、切り裂いた炎の間に一瞬できた切れ目に加速魔法を使い飛び込んだ。

「そんなっ!」

炎の壁の中で精霊と交信中であったメロウは、突然炎の内側に現れたオシェットに対応する事は出来ず、驚きの顔と声を上げることしか出来なかった。

「終わりだ!」

 オシェットは飛び込んだ先にいたメロウに剣を振り下ろし、当たる寸前で静止させた。

 炎の壁が消え、状況を確認したマクシオルは審判が旗を上げているのを確認し結果を発表する。

「メロウ・フェレットさんに死亡確定判定! よって勝者、オシェット・レイバーン! まさに光の如き速さで勝利をつかみ取りました」

「……嘘だ。こんなところで終わりだなんて。私は……、私はあの人を探しに行かないといけないのに……」

 場内で膝を付いていたメロウが呟く。それを聞いたオシェットはメロウに尋ねる。

「あの人?」

 するとメロウは、ばっと立ち上がり怒鳴る。

「何? わたしに同情するの? よかったわね。あなたは魔族領に行くことが確定していて。先代勇者でも探しに行くのかしら? そうよね。あなたは私に勝って、私はあなたに負けたんですものね。しかも何? 私の頼みも聞いていい人ぶりたい訳? いいわね~。強い人って」

 そう言ってメロウは場外へと出て行った。その様子を見て、オシェットは不思議に思った。

『あの何時も冷静だったメロウが怒鳴るだなんて。これはかなり大変なことなんじゃないか?』

 『あの人』の意味を考えながら、オシェットは出場者控え室へと戻った。


*   *   *


「他人に怒鳴り上げるなど、貴女らしくも無いですね」

 試合を終えて控え室に戻ろうとしていたメロウは廊下で何者かに呼び止められる。

「ルシオル、聞いていたのね」

 ルシオル・レオーニ。帝国の国教、神聖教の総本山である中央教会の大神官であり、帝国三賢人の一人である。

「そりゃあね。あんなところで怒鳴るのだからそれは良く聞えたよ。で、『あの人』の事だけれども」

「忘れろっていうの? その話なら何度も聞いたわ」

 メロウも帝国宰相、テューゲル・グレインと共に三賢人の一角として数えられており、レオーニとは既に面識があった。

「いや、彼女の動向についての情報が入ったのだ」

「……どこに行ったの?」

 メロウはルシオルのその言葉を聞いて落ち着いた。

メロウの探し人。彼女がメロウの前を去ってからというもの、メロウは彼女が魔属領に連れて行かれたのだと考え、何とかして魔族領に行く方法を考えていた。しかしそれは推測に過ぎないことも分かっていた。だからこそ、その答えが分かったとあらば聞かない訳にはいかなかった。

「大方は君の予想どおり、彼女は魔族領にいる。しかし、連れて行かれたのではなく彼女自身の意志で向かったようだ。彼女が失踪する寸前に、我々には秘密でグリモンド島へ発っている。どうやらそのまま船で魔族領に入ったと考えられる。彼女が亡命する理由については私には分からん。しかし、彼女の実力であれば人類の魔法界は狭すぎたことは事実だろうな」

「そう……。ならなぜそれを今、負けた私に?」

 メロウは怒りをこらえながらルシオルに尋ねる。

「これは三賢人全体にかかわる事件だ。彼女を連れ戻さない限り我々そして我々を統括する皇帝陛下の面子に関わる。よって陛下はお前を特例的に魔王征伐隊に加えるおつもりだ」

「そういうことね。分かったわ。その任務、私に任せて頂戴。陛下によろしくね」

 そう言ってメロウは、これまでの様子とは打って変わって嬉々としながら控え室へと戻っていった。

「ふっ。元気になって何よりですよ、メロウさん」


*   *   *


 控え室に戻ったオシェットは、メロウの言う『あの人』について尋ねようとしたが、彼女はまだ帰っていなかった。そこで仕方なく、メロウの弟子だというリュームに尋ねてみることにした。

「リュームちゃん、ちょっといいかな?」

「……っ。あなたは確か……」

 リュームは突然声を掛けられて驚いた様子を見せたが、すぐに落ち着き、目の前の青年の名前を思い出そうとした。

「オシェットだ。よろしくな」

「……よろしく」

「質問したいんだけど、君の師匠の言う『あの人』って誰のことなの?」

 先ほどの場内でのやり取りを聞いていたからか、リュームは言っても良いのか考えるような素振りを見せた後、口を開いた。

「『あの人』、ザーラは私の元保護者で、メロウのいる魔導研究所の先輩にして元主席魔導士。そして元帝国三賢人。今のメロウの立ち位置は全ていなくなった彼女のもの」

 つまり、ザーラという人はメロウよりも凄い魔術師ということになるらしい。

「メロウはいなくなった彼女を……」

「あ、リュームも。丁度いいわ」

 リュームが説明しようとした時、メロウが帰ってきた。が、その表情は場内で見せた怒りの表情とは異なり喜びに満ちていた。

「オシェットさん。先ほどはいきなり怒鳴ったりしてごめんなさいね」

「い、いや。大丈夫です。気にしてませんので。……ところで何か良い事でもあったんですか? ザーラさんが見つかったとか?」

 ザーラの名を聞いたメロウは驚いた顔を浮かべるが、隣にいたリュームを見て納得したのか話を続ける。

「そう。リュームから聞いたのね。ザーラが魔族領にいることが確定したから、皇帝の特例で今回の勇者一行に加わることになったわ」

「良かったじゃないですか」

「ええ。だからオシェットさん、私もあなたと一緒に魔族領まで人探しに行くわ。そしてリューム。あなたも一緒に来なさい。あなたもザーラにもう一度会いたいでしょう? そのためにも今日の試合には勝たなくちゃね」

 勇者一行に選ばれる人数の都合上、今日の試合に勝てば勇者一行に内定したようなものなのである。だからこそ、今日の試合には絶対勝たなければならなかった。

「頑張ってくださいね。一緒にザーラさんを探しに行きましょう」

「……」

 リュームは何も答えなかった。


*   *   *


 昼休憩を挟んで午後の部。予選第三試合が始まろうとしていた。

「さあ、昼休憩を挟みまして、いよいよ予選も後半戦。第三試合が間もなく始まります。両者共に準備が整ったようなので、さっそく始めていきましょう。姉の仇を取るべく戦う僧侶、ルーシア・トールモンド対グレアの壁、ベンジャミン・ホワイトクリフ! 3・2・1。試合開始ぃ!」

  【エンハンス:ストレングス】

  【エンハンス:アジリティ】

 鐘の音と共にルーシアは強化魔法を使い身体能力を強化し、モーニングスターを振り上げながらベンジャミンへと突進していく。

  【グレートウォール】

 ベンジャミンは、ルーシアの突進を止めるべく自らの前に壁を出現させる。

「こんなもので立ち止まってなるものかぁーっ!」

 現れた壁はルーシアの体当たりで軽々と崩され、破片が背後にいるベンジャミンに降り注ぐ。

「私の壁がこれ程にも容易くっ!?」

 ベンジャミンは破片を盾で防ぎながら、突っ込んでくるルーシアに対して、槍を突き出すが、モーニングスターの一撃を受け、大きく逸らされた。

「ぐうぅっ……」

 筋力が強化されたルーシアの一撃は、モーニングスターの重さもあり非常に重たいものとなっており、歴戦の戦士であるベンジャミンであっても受け止めきれない程強烈なものであった。

 ルーシアの二撃目が放たれるが、ベンジャミンはバックステップで距離を取って躱し、壁によってルーシアを封じ込める。

  【ウォールプリズン】

 ベンジャミンは、ルーシアの四方を囲む高い壁によって動きを封じている間に、壁をも貫く槍の一突きを食らわせようと壁に向かって突進していくが、壁はルーシアのモーニングスターによってあえなく砕け散った。

「私はお姉ちゃんを殺した奴らを殺らないといけないんだよぉっ!」

 突き出されていたベンジャミンの愛槍は、モーニングスターの横合いからの一撃で折れ、弾き飛ばされる。ベンジャミンは盾を構えようとするが、その前にルーシアの一撃を腹部に受け、吹き飛ばされた。

「ベンジャミン・ホワイトクリフさん。戦闘不能。よって勝者、ルーシア・トールモンド! 歴戦の戦士に手も足も出させない見事な戦いぶりでした。……どうやら、ベンジャミンさん腹部の鎧は破壊されていますが、無事なようです。救護班によると一日程度で治療はできるそうです。いやぁ、無事で何よりです」


*   *   *


「さあ、本日最後の予選第四試合。両者、準備が完了したようですが……。オドアデルさん。あなたの後ろにいる方々は何者ですか? 参加者以外の場内連れ込みは禁止ですが……」

 マクシオルの質問に対して、オドアデルは後ろの者たちを親指で指し説明する。

「ああ、こいつらは俺の能力で集めた死霊の戦士たちだ。これは、俺の能力。亡霊を使役する能力を使ったものだから違反にはならないだろ」

「そういうことなら大丈夫です。リュームさんも大丈夫ですか?」

 リュームはなにも言わず、戦闘開始線上に立っていた。

「ええと、よろしいようなので行きましょう。詳細不明の謎の少女、リューム・カルティーニ対海を統べる若き海賊王、オドアデル・リッチモンド! 3・2・1。試合開始ぃ!」

  【ザ・デス】

 試合開始と同時に、突然オドアデルが胸を押さえ苦しみ始めた。

「ぐっ、な……何しやがった」

 胸を抑えながら、オドアデルはリュームに問いかける。

「……死者を奴隷のように扱う。そんなの許せない」

「死神気取りか? 化け物めが……」

 そう言い残し、オドアデルは倒れ込む。会場からの彼の名を呼ぶ声は彼の耳に届くことはなかった。

「オ、オドアデルさんが倒れました。現在、彼の安否を救護班が確認中です。観客の皆様はもうしばらくお待ちください」

 試合開始の宣言からすぐに、戦闘することもなく倒れたオドアデルを見て、マクシオルは騒ぎ出した会場を落ち着かせるべく案内を行った。

 一方、主を失った亡霊の戦士は、一瞬の混乱を経た後、周囲に溢れるほどいる生者たちに、向かう先の分からなくなった暴力の矛先を向けた。

 しかし、亡霊戦士たちが最も近くにいたリュームに襲い掛かろうとした瞬間、戦士たちは塵になって消え去った。

 亡霊戦士が消えたことで、救急隊が場内に入り、オドアデルを担架に乗せて医務室へと運んでいった。その様子を見て、彼の部下であろう男たちが場内に飛び込もうとするが、警備員に抑えられるといった事が会場の至る所で起きていた。

 そんな中、マクシオルが試合の結果発表を行うべく壇上に現れた。

「只今の予選第四試合は、オドアデルさんの死亡が確認されたため、勝者はリューム・カルティーニとなります。なお、オドアデルさんの死因は心臓が止まったためと考えられますが、それが能力によるものなのかどうかはわからないとのことです」

 会場からは、泣き声や場内のリュームに対して責め立てる声などが上がっている中、マクシオルは、予選の終了と大会二日目の案内を始める。

「これで本日予定されていました予選四試合は終了しました。よって、本大会一日目を終了し、続く準決勝及び決勝戦は翌日の大会二日目にて行われます。大会二日目の開会式は午前9時より開始の予定です。それでは皆様、また明日お会いしましょう。司会はマクシオル・マーティンがお送りしました」

 そうして闘技大会初日は終了した。会場ではしばらくの間、海賊たちの騒ぐ声が響いていた。


*   *   *


 試合を終えて控え室へと戻ってきたリュームをメロウとオシェットが迎え入れるが、他の参加者からは未知の力を使う彼女への畏怖と、この大会初の死者を出した彼女への蔑みの混じった視線が送られていた。

「メロウ、私……」

「リューム、気にするな。お前はよくやった」

リュームの能力は彼女自身では制御することが出来ず、今回のように怒りで能力が暴走するということが起きていた。

「でも、これで俺たちと一緒に来ることが出きる。そうだろ?」

「うん。そうだね」

 リュームは俯きながらそう答えた。

「それじゃあ、私たちは宿舎へと帰らせてもらうよ。また明日会いましょう」

「はい。それでは」

 そう言って、オシェットたちは街の中に設けられた闘技大会参加者用の個人宿舎へと帰り、明日の試合に備えて休息や特訓を行った。

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裏切りの勇者たち アハレイト・カーク @ahratkirk83

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