第壱章 決戦その一
「いよいよ魔王とご対面だな……。みんな、準備は出来ているか?」
オシェットは、仲間たちに訊ねかける。
「大丈夫よ。それより貴方の方は大丈夫かしら? エレジアさんに会えるからって、浮足立ってないかしら?」
メロウは冷静に訊ね返してくる。
「だ、大丈夫だ。私情は捨てたつもりだ」
「つもり。ねえ?」
オシェットがメロウにいじられていると、怒気の含まれた少女の声が聞こえてきた。
「この先にお姉ちゃんを殺した奴らが……」
「やめなさい、ルーシア。私たちの任務は彼女たちを連れ帰ることです。分かっていますね」
興奮するルーシアを、ルシオルがなだめる。
「分かってる。分かってるわよ! でもっ……!」
「ルーシア。あいつ殺したら、オシェット悲しむ」
リュームがボソッとルーシアに呟く。
「そういえば、オシェットさんとエレジアさんって幼なじみだったんですよね?」
「そうだけど? それが何なんだよ?」
ユグドラは、重くなってしまった空気を変えようと、オシェットに質問をする。それに対し、オシェットは何を今さらといったように答える。
「いえ、今までの言動を見てきたところ、まるでエレジアさんの事が好きみたいでしたから」
「んなっ?! ばっ、バカ言うなよ! あんな人類を裏切った奴のことなんかっ、すっ、好きなわけねーよ!」
「オシェット、顔真っ赤。やっぱりエレジア、好き?」
「リュームまで……。くそっ……。ああ、そうだよっ! 俺はエレジア姉の事が好きだ! でも、姉ちゃんは人類を裏切った。俺には姉ちゃんが裏切った理由は分からなかった。だからその理由を聞くために俺は勇者になった。そして今、この先に姉ちゃんがいる。魔王ガングリヒトを倒して、人類を裏切った理由を姉ちゃんに聞くんだ。そして、姉ちゃんと一緒にオルギネ村に帰る。そう決めたんだ!」
「ねえ、オシェット」
「ん? 何だ?」
落着きを取り戻したらしいルーシアが、オシェットに話しかけてきた。
「もしもあたしが、正気を失ってエレジアさんを殺そうとしたら、絶対に止めて。あたしはあんたが悲しむところなんて見たくないからね」
「分かってるよ。まあ、お前に姉ちゃんは殺せねえとおもうけどな」
「ひどーい。まあ、オシェットより強いんだもんね。考えてみたら勝てるわけないや」
ルーシアは、気持ちの立て直しが早い。そこは良いところだろう。
「そういえば、ルーシアさんは、オシェットさんの事が~」
突然、ユグドラが二人の間に割り込みル―シアの秘密を話そうとする。ルーシアは、それをあわてて止めようとする。
「ま、待って! ストップ、ストップ~」
「ん? ルーシアが、俺に何なんだ?」
「はぁ、いつまで無駄話をしているのかしら? そろそろ行きましょう。あと、ルーシア。ルシオルが言ってたように、聖王様はエレジア・イシュタールらを殺さずに連れ帰れと言われたこと、覚えてるかしら?」
恋話に嫌気がしたらしいメロウが口を開いた。
「お、覚えてるわよ!オシェット早く行こっ」
「おう、そうだな。リューム、ルシオルいけるか?」
「うん。大丈夫。いつでも行ける」
「ええ。大丈夫です」
オシェットの問いかけに対し二人は揚々と答える。すると、メロウがオシェットに囁く。
「オシェット。魔族はここまで、ほとんど何も仕掛けて来なかった。もしかすると罠かもしれないわ」
「分かってるさ。これが罠だろうが正面突破してやるだけさ」
「そうね。それが私たちらしいわね」
メロウの疑問に対し、オシェットは真っ直ぐに答える。答えを聞いたメロウは、満足そうに微笑んだ。
「よし! それじゃあみんな、行くぞ!」
「「「「「おーっ!」」」」」
* * *
扉を開けると、そこは蝋燭の薄暗い明かりが灯され、紅い絨毯の敷かれた、不気味な雰囲気が広がる謁見の間であった。
「ようこそ、二代目勇者一行の諸君。お前たちが扉の前で雑談などしているから、待ちくたびれちまったぞ」
そこには玉座に座る魔王ガングリヒト。そして、黒ずくめの仮面の男とエレジア率いる元第一次魔王征伐隊三人の計五人がいた。
「エレジア姉!」
「あら。いらっしゃい、オシェット。久しぶりね。私がいなくても大丈夫だった?」
オシェットの呼びかけに対して、エレジアは普段通りに応えた。
「おい! ガングリヒトてめぇ! エレジア姉に何しやがった!」
「俺は何もしてないぞ。なあ、エレジア」
「ええ。そうだオシェット。昔、私が山賊に攫われた時のこと覚えてる?」
「覚えてるよ! 忘れるわけねえだろ! あの時どれだけ心配したか……」
「あの時、山賊たちは私を奴隷として売り払うために、魔族領のシワの街につれていったわ。そこに彼が。ガングリヒトが、黒馬に乗ってやって来たの。そして私を解放してくれたの。しかも長城の近くまで連れて行ってくれたのよ。とっても親切にしてくれたわ。そして、私は別れ際にこう言ったの。『また会おうね。そして、結婚しよう』って。ね、ガングリヒト」
「流石に人類の娘に結婚してと言われた時は子供の戯言かと思ったが……。まさか本気だったとはな。しかも、勇者になってやって来るとは思いもしなかったぞ。あのひ弱そうだった少女が、勇者になって結婚するために、大陸を横断してきたと聞いたときは驚いたぞ」
「あなたに会うためには、勇者になるのが一番だと思ったから。そのために、毎日訓練したんだよ」
エレジアが攫われたという知らせが届いて、村中が大騒ぎとなった。しかし、程なくして、長城の国境警備隊から、魔族領から歩いてきたエレジアを保護したと連絡があった。
大人たちが迎えに行き、帰ってきたエレジアは、何事もなかったかのように笑っていた。そして、エレジアは人類最強の戦士になると言って、オシェットとの剣の訓練を始めたのだった。
自分の記憶と、二人の証言は辻褄が合っている。
「嘘だよな、エレジア姉。ガングリヒトの奴に洗脳されてるんだよな!」
オシェットは信じたくなかった。自分との稽古は、ガングリヒトに会うためにしていたことで、オシェットは剣の技量を高めるための存在でしかなかったということを。
だが、エレジアは何も答えない。
「オシェットさん。落ち着いてください」
ユグドラが、なだめる様に語り掛ける。
「そうだ、オシェット。あなた、私と戦う為にここに来たんでしょう? それなら、私が洗脳されてようがされてなかろうが関係無いわよね?」
そう言って、彼女の持つ聖剣「フラムシュベルト」を鞘から抜き、オシェットの方へと、歩み寄ってくる。
「フラムシュベルト」は、代々聖王家に伝わる、二振りの剣の内、紅く輝く刃を持った長刀であった。
「くそっ! やってやろうじゃねえか!」
そう言って、オシェットはもう一振りの聖剣。光り輝く短剣「リヒトデーゲン」を構えた。
「きなさい、オシェット。あなたがどこまで強くなったか見てあげる」
そう言うと同時に、エレジアはオシェットに向かって跳びかかった。
* * *
「よし、マクマホン。お前が残り五人の相手をしてやれ」
ガングリヒトは、エレジアとオシェットの闘いが始まったのを確認し、マクマホンと呼ばれた、黒ずくめの仮面の男に向って語りかける。
「し、しかし」
「これがお前の初陣だ。マクマホン、お前の忠誠心見せてもらおうか」
「はい……」
マクマホンと呼ばれた男は、覚悟を決めた様に、五人に近づき語りかけてきた。
「……どうも初めまして、ですね。私の名前は……、マクマホン・リッテメルト。あなた方にはここで死んで頂きます」
「てめぇ、人間か? 裏切り者が。お前みてぇな裏切り者に、私たちを殺せる訳ねぇだろうグァッ……!」
【ダーク・ウェイブ】
マクマホンが人間だと気付いたルーシアは、モーニングスターを振り上げ突進しようとした。その瞬間、マクマホンが放った闇の波動によって、壁に叩き付けられた。ルーシアが失われつつある意識の中で最後に見たのは、自分の名を叫んだ直後にマクマホンに首を切り飛ばされ、崩れ落ちるルシオルの姿だった。
* * *
「トールモンドッ!」
ルシオルの叫び声を聞いたオシェットは、エレジアと剣を交えながら振り返る。するとそこには、首を飛ばされたルシオルと、壁にめり込んだルーシアの姿があった。
「お友達の心配もいいけれど、余所見してるとあなたの首も飛んじゃうわよ」
すると、ガングリヒトがにやけながら、エレジアに確認した。
「おいおい、そいつは殺さないって約束だろ?」
「わかってるわよ」
エレジアの本気のような冗談、それに対してのガングリヒトの発言に、オシェットは怒りを抑えられなかった。
「なんで俺だけなんだよ……。あいつらは殺して、俺だけは殺さないのは何でなんだよ!何か理由でもあるのかよ! 答えろよ、エレジア姉!」
「ええ、あなたにはこれから為すべきことがある。だから、ここで死んでもらう訳にはいかないの」
「為すべきことってなんだよ!」
「いずれ分かるわ。それにしても強くなったわね、オシェット。前とは比べものにならないわね」
「当たり前だろ。エレジア姉に会うために、毎日特訓したんだからな」
「会いたい人のために強くなる。私たちは似た者同士ってことね。でもね、オシェット。剣技は実戦で鍛えられるものよ。あなたは、誰かをその手で殺めたことはあるかしら?」
そう言って、エレジアはオシェットの剣を弾き飛ばす。
「んなっ!?」
【炎の舞曲】
エレジアの持つフラムシュベルトの切っ先から炎が噴き出し、それが鞭のようにしなってオシェットへと襲いかかる。
「くっ……」
初撃、二撃目はギリギリ回避したものの、三、四撃目は躱しきれなかった。
「ぐあぁっ」
「終わりよ。オシェット」
【炎の舞曲・終撃】
炎の鞭が球形に集まっていき、フラムシュベルトの切っ先に巨大な炎の塊が現れる。
フラムシュベルトが振り下ろされると同時に、炎の塊はオシェットに向かって投げ飛ばされ、オシェットの目の前で爆発した。
「ぐわぁっ……」
爆発に飲み込まれたオシェットを見て、ガングリヒトは心配そうにエレジアに訊ねた。
「おいおい、殺してないだろうな?」
「ええ。爆発の衝撃も気を失う程度の威力だし、炎の温度も火傷はしない温度よ。まあ、少しくらい皮膚が焦げるかもだけれど。でも、オシェットは強い子だから」
* * *
「ルーシアさん、ルシオルさん!あぁ……」
やられた二人を見て、ユグドラは悲痛に叫ぶ。
「ユグドラ様、リューム。戦いましょう。このままでは奴に一方的に殺られるだけです」
メロウが呆然としている二人に、声を掛ける。
「分かっています。メロウさん」
「お父さん、お母さん……。私、戦う」
【アイシクルバレット】
【ノーブルアロー】
【死者の誘い】
三人は同時に、マクマホンへと向かって魔法を放つ。
メロウは構えた杖から、氷弾を放ち、ユグドラの放った矢は、光を纏う。そして、リュームは自らの纏う影から手のようなものを繰り出した。
影と光の矢は共に、氷弾の周囲を回りだし、マクマホンに向かって突き進んで行く。
【破邪の闇】
三人の合体魔法は、マクマホンが剣から放った、闇のバリアーによって防がれてしまう。
【シャドウステップ】
マクマホンの前に、闇の空間が現れ、彼は、その中へと入った。と同時に、マクマホンはメロウの目の前にいた。
「・・・・」
「えっ?」
マクマホンが小声で、何かを呟いたと同時に、メロウは闇に飲まれていた。
「めっ、メロウさん! そんな……。許しませんよ!」
【スプラッシュアローレイン】
ユグドラの放った矢は、今度はマクマホンの頭上で弾ける。これにより、マクマホンの逃げ場は無くなる筈だった。
しかし、マクマホンは、着弾の瞬間に足元に現れた暗黒空間に沈み回避する。
「逃げてないで正々堂々と勝負しなさい!」
ユグドラが挑発する。しかし、その直後、オシェットの方から爆発音が響いた。
「な、何!? オシェットさん!?」
ユグドラは、音のした方へと振り向く。その瞬間、ユグドラの足元から、闇が隆起する。
闇は、ユグドラの体を脳天まで貫き通していた。
ユグドラを倒したマクマホンは、最後に生き残っている、リュームの前に現れた。
「あなたで最後です。リューム・カルティーニ」
「ねえ、あなたはもしかして……」
「そうだ」
リュームは、闇を纏った短刀を喉に突き刺され崩れ落ちた。
* * *
オシェットが意識を取り戻すと、彼の目の前には衝撃的な光景があった。
意識を失う前に見た光景に加え、ユグドラ、リュームの死体、そして、意識が戻ったらしいルーシアの前に立つマクマホンの姿があった。
オシェットの意識が戻ったことに気付いたルーシアが叫ぶ。
「オシェット!」
「ルーシア! 生きてたのか!」
そこに、ガングリヒトの退屈そうな声が響く。
「感動的な場面のところ申し訳ないが、お別れの時間だ。マクマホン、やれ」
「……はい」
マクマホンが短剣を手に、ルーシアの方へと歩み寄っていく。
「ま、待ってくれ! エレジア姉。ルーシアを助けてやってくれ! お願いだ!」
「駄目よ。これは彼にとっての大切な試練なのだから」
「エレジア姉。なんで……なんだよ……」
オシェットは、もうどうすればいいのか分からなくなっていた。
エレジアにとって自分は、ただの練習相手に過ぎなかったということ。仲間がみんな、殺されたということ。これらは、オシェットを絶望させるには十分すぎるものだった。
「もういいだろ。エレジア」
「ええ、そうね。シエナ、ミリィ。彼を独房へ」
「「はい」」
二人が出て来た事で、ルーシアの怒りが溢れ出した。
「エレジア・イシュタール、シエナ・レンハート、ミリィ・シュミット、マクマホン・リッテメルト! てめぇら……。てめぇら、絶対許さねえ! 姉ちゃんを、仲間たちをよくもっ! そして、エレジア・イシュタール! てめえ、オシェットを悲しませて、それで満足か? 絶対にゆるさねえからな! 呪ってやる。呪ってやる。呪ってやる!」
ルーシアは、呪いの言葉ともいえる遺言を吐き出す。それに対して、エレジアたちは何も答えない。
「おい、マクマホン。その五月蝿いコバエをさっさと始末しろ」
「……了解」
マクマホンの手が振り下ろされ、ルーシアの首が落とされる。その様子はシエナたちに抱えられ、謁見の間を連れ出されようとしていたオシェットの目に入る。
怒り、悲しみ。オシェットの負の感情が爆発した。
「う、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁっ!」
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