人形少女2

リンドウ 花言葉は悲しんでいるあなたを愛する、正義、誠実。えやみぐさとも。

4月13日(水)

皇立コスモス女学院 体育館


 6限目の体育の授業が終わり、教師の解散の号令を受け、1‐Sの生徒たちは帰りたい気持ちを抑え、挨拶をして更衣室へと向かっていた。

 コスモス女学院における体育の授業では,バレーボールやバドミントンなどの一般的なスポーツのほかにも、自立した女性になるためには、戦える女性である必要があるといった理由で剣道や柔道、空手といった武道もカリキュラムに含まれている。

 また、それら様々な種目を教える教師はカーネーションと呼ばれる教師、蛇絞じゃこう撫子一人が全学年を担当しており、生徒からは手加減の無い授業スタイルから鬼教師と呼ばれ恐れられていた。

 初めて彼女の洗礼を受けた生徒の中には、恐怖からか失禁し泣き崩れるものも出るほどだったが、三度目の彼女の授業にもなると少女たちの顔つきも戦場に向かう兵士のようなものとなっていた。

 一年次では基礎体力を付けることが目標とされており、今日の授業内容は10分間線から線の間をひたすら往復ダッシュし、休憩を挟みながら授業時間内ひたすら行う地獄のランニングと呼ばれているものであった。

 しかしさすがはS組というだけあって、音を上げるものはおらず、体力にはそこまで自信のなかったなずなも、死にそうになりながらも汗だくになりながらなんとか完走していた。

 へとへとになり更衣室へと向かっていたなずなに、ほのかに汗をかきながらも凛とした佇まいを崩していないあずさが声を掛けた。

「ねえ、松村さん。今日、うちに寄っていかないかしら?」


シオン 花言葉は追憶、君を忘れない、遠方にある人を思う。

皇立コスモス女学院前


 クラス担任であるアマリリスによる学活と終礼が終わり、なずなたちは下校することになった。

 なずなはあずさに言われるがまま彼女の家に行くことになり、あずさについていく形で下校しようとしていたが、正門を出たところで門の陰から出てきた女性にぶつかってしまった。

「あっ。すみません!」

 ぶつかった相手は、赤いぼさぼさの髪をした男装の麗人ともいえるような女性であった。

「ああ。君の方こそ大丈夫かい?」

 女性はなずなの頭をポンポンと叩きながら、なずなの安全を確認していた。そこに、事に気付いたあずさが戻ってきた。

「ああ、気にしなくていいよ。今回は私の方の不注意でもあったのだから。しかし、ここは来る度に景色が変わるねぇ」

 女学院に訪れる一般人はほとんどおらず、あずさは彼女の物言いから女学院に用があって訪れた人だと踏み、問いかける。

「貴女は卒業生か何かですか? よければ案内させていただきますが」

「まあ、卒業生と言えば卒業生みたいなものだけれど。この土地の関係者という方が正しいわね。ところで、学園長室か職員室はどこにあるのかな?」

 彼女の言っていることをあずさは理解できなかったが、彼女を地図まで連れていき学園長室と職員室の場所を教えた。

「ありがとうね。あなた、名前は?」

「え? 紫陽あずさです」

 なぜ名前を聞かれたのかは分からなかったが、学園の関係者で自分を狙うような人はいないだろうと踏み、名を名乗った。

「ふーん。そうか。紫陽建設の……。私は飛雁ひがん萬寿まんじゅ。あずささん、またいつか会いましょう」

 萬寿と名乗った女性はそう言ってそのまま学園長室の方へと向かって歩いていった。置いて行かれたあずさは仕方なく振り返り、後ろから見ていたなずなの元へと帰り、自宅のある都内一の超高層ビル、東宮タワーハイツへと向かって歩いて行った。


コスモス 花言葉は乙女のまごころ、調和、謙虚。秋桜あきざくらとも。

東宮タワーハイツ前


「しかし何だったのかしら。あの飛雁って女。また会いましょうって何よ。それに卒業生みたいなものだとか、学園の土地の関係者って」

 あずさが先ほど会った飛雁という女に対して文句を言っているうちに、タワーハイツの下に着いており、あずさが持っているカードキーをカードリーダーにかざすと、自動ドアが開き、マンションの中に入れるようになった。

「遠くから見ていても凄かったけれど、下から見るともっと凄いわね。これを貴女のお母さんの会社が建てたのね」

「ええそうよ。お母様は本当に凄い。私なんかじゃ比べものにならないくらいにね」

 高速エレベーターに乗り込み、80階のボタンを押す。扉が閉まり動き出すと同時に、見えないはずの外の様子がエレベーターの内部に映像として再生される。そこにはもの凄い速さで東京の街が小さくなっていく様子が映し出されていた。

「すごいわね。これ」

 なずなは目を輝かせてあずさに話し掛けるが、あずさは冷めたように答える。

「感動するのは最初の数回だけよ。住んでる人には無駄な機能ね」

「あ、そういえば、飛雁さんの話だけどコス女の敷地はもともと近衛軍の基地があった所みたいよ。そこに秋桜しゅうおう学院っていう士官学校が併設されていたみたい」

「へえ。そうなのね」

 あずさは飛雁の話はもう忘れようとしていたため、なずながスマホを使って調べた話に対して素っ気無く答えた。そんなことをしていると、エレベーター内の映像が止まり、扉が開き地上80階のフロアの様子が見えてくる。

 そこは、東京城の改修で培った技術を用いて、造られた日菊城郭風の豪華な廊下があった。

 あずさは8009と書かれた部屋のカードリーダーにカードキーをかざし、ロックを解除し部屋に入るとともになずなを自宅に招き入れた。

「松村さん。今日は貴女に見てもらいたいものがあってきてもらったの。きっと貴女ならホントの私を見てもらってもらえると思ったから」

彼女に導かれるままに入った部屋は、電気が付けられておらず何があるのかよく分からなかった。しかしそれは、あずさが電気をつけたことで姿を現した。

棚には日菊人形、イーリス人形にリサちゃん人形などの着せ替え人形などが所狭しと並べられていた。

「これが私の秘密よ。なずなさん。私、人形が大好きなの。集めるのも、作るのも。この部屋もお母様に頼んで作ってもらったのよ。私みたいな才色兼備の優等生が、可愛いお人形さんが好きだなんておかしくないかしら」

「それをどうして私に……?」

 なずなは今の状況を全く理解出来ずにいた。入学式の日以来、ほとんど話したことのないあずさに、突然自宅に連れていかれ、彼女の秘密をカミングアウトされたのだ。訳の分かる人などいないだろう。

「貴女はわたしのお気に入りなの。だからこそ私のすべてを知っておいてもらいたかった。だから、貴女にはこの秘密を守る代わりに、私の友人になってほしいの」

「え、ええ。良いですよ。あっ」

 この状況で断るのは悪手だろうと思い、なずなは条件を受け入れた。その時、なずなの携帯から着信音が鳴り、彼女はメールを確認した。

「どなたから?」

「お母さんよ。そろそろ帰るから夕食の支度をしておいてって」

 松村家の家事はなずなが中心になって行っており、基本的に母親より先に帰って夕飯の準備をしておく必要があった。

「そうなの。お茶でも出そうかと思っていたのですけど。それなら仕方ないですわね。それではなずなさん、また明日」

「ええ。また明日」

 そう言ってなずなは部屋を出て、安堵の息を吐きながら、再びエレベーターに乗り込んだ。映像は東京の西に沈む夕日を映し出していた。

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