人形少女

アハレイト・カーク

人形少女1

アジサイ 花言葉は移り気、冷酷、傲慢、無情、強い愛情。あずさいがなまったものとされる。

皇歴こうれき148年4月1日(金)

皇立おうりつコスモス女学院前


「ここがコスモス女学院……。面白そうな所ね」

 紫陽しようあずさは、新入生で溢れかえる校門を前に呟いた。

 人込みの中には、見覚えのある金髪ツインドリルを携えた少女に代表されるお嬢さま。そして、地方から上京してきたばかりであろう田舎臭さの残る少女など、様々な出身地・家柄の少女が、ここ皇立コスモス女学院に集っており、まさに女子高生の見本市とも言える場所であった。

 彼女はと言うと、生れも育ちも東京。母親は女皇御用達であり、東宮あずまのみや特別区の建設事業を一手に担い、東京城の改修や東宮特別区の第二の目玉、東宮タワーハイツの建設なども行っている紫陽建設の女社長、紫陽蕾羅らいらの一人娘というお嬢様であった。

 彼女自身も、コスモス女学院の入学試験で一位を取っており、学力も高い。さらに、中学時代には剣道全国大会優勝。健康診断の結果も最上級のSクラス。そのうえ、美貌も持ち合わせているといったような感じで、周囲からは常に、文武両道・才色兼備の完璧な人間と言われ続けてきており、彼女もそれについては別に嫌な気持ちは抱いていなかった。

 しかし、彼女には一つだけ悩みがあるのだった。


ナズナ 花言葉はあなたに私の全てを捧げます。別名、ぺんぺん草。

講堂


松村なずなは、入学式の最中考えに耽っていた。

なずな自身は、茨城県の北東部にある高萩市出身で、友人も進学する地元の高校に行こうと考えていた。しかし、国会議員である母親の和佐かずさに、自身の出身校でもあるコスモス女学院に入学するように勧められ、健康診断の結果でSクラスに入学する事となった。結果としては良かったのかもしれないが、母親の言いなりで進学先を決めても良かったのだろうか?

そんなことを考えていると、学園長である三坂さざんかが壇上から降りて、舞台袖から赤・白・黒の三色の着物を纏った小さな女性が現れた。

「コスモス女学院69期生の皆さん、初めまして。そして、ご入学おめでとうございます。私が当学園の理事長にして、日菊皇国女皇。黒松百合栄よ」

 百合栄の生声と姿を前にしてなずなを含む他の生徒や保護者達は、感動や驚きの顔をうかべ、中には感涙を流している者さえいた。

 幕末の英傑、第二次世界大戦終戦の立役者として持て囃された後、天皇家に代わって皇制を取ることになった黒松女皇家は、声明を出す時は音声のみ、テレビの撮影も禁止とメディアに露出する事無く、実際には存在せず国が都合よく使うだけの道具なのではないかという噂までもが流れるほどに、誰も女皇の姿を見たことがなかったのだ。

 抱いていたイメージとは異なる姿ではあったが、日菊人女性にとってはまさに憧れの象徴。それが今、まさに目の前にいるのだ。涙を流すのも無理はないだろう。

「あなたたちには、我が校が掲げる自立した立派な女性を目指してもらい、そこから得た知見を基に将来、日菊に貢献出来る女性になってもらえることを期待しています。我が校には、厳しくも優しい教師たちと、あなた方と同じく様々な出身・出自の個性的な先輩が大勢います。是非とも、彼女たちにも頼って、立派な女性になって下さい。私からは以上よ」

 話を終えた女皇は、三坂学園長と入れ替わるように壇上を降りた。再び学園長の話が始まったが、多くの人はその話をまともに聞けていない状況であった。そしてそれらの人々中には、なずなも含まれていた。

 なずなは女皇の姿を見た後再び考え、悩みに答えを出した。こんな凄い学校なのだ。しばらく通って様子を見てみるのもいいかもしれない。と。

 そして、なずなが悩んでいた間に入学式は終わり、クラスごとに分かれてホームルームをすることになり、新入生たちはそれぞれの担任に連れられて教室へと向かった。


アマリリス 花言葉は誇り、お喋り、輝くばかりの美しさ、虚栄心。

1‐S教室


「それでは改めまして、1年S組の皆さん。皇立コスモス女学院へようこそ。私はこれから一年間あなたたちの担任をやらせていただきます、国語・古文担当の高星貴子です。アマリリスって呼んでもらってもいいですよ。よろしくお願いしますね。……ということで、これから皆さんには、出席確認代わりの自己紹介をしてもらいます」担任のいきなりの提言に、生徒からは不満げな声が上がったが、それを無視して彼女は続ける。

「別に自分の名前だけで結構ですよ。出席確認がてらですから。それじゃあ、そっち。私から見て右端の一番前。出席番号1番の方からお願いしますね」


     *   *   *


 自己紹介をした後、今後についての説明をおしゃべりな担任から聞いてホームルームは終了した。これから私はタワーハイツにある自宅へと帰るのだが、その前にやっておきたいことがあった。私は席を立ち、一人の少女のところまで歩いていき彼女に話し掛けた。

「初めまして、松村なずなさん。私は紫陽あずさよ」


     *   *   *


 ホームルームが終わり、私は帰るための支度をしていた。学園から自宅まで特急を使っても2時間ほどかかるため、早くここから出て電車に乗ってしまいたかった。しかし、それを邪魔するように私に話し掛けてきたのは、とても美しい少女であった。

「いきなりでごめんなさいね、驚かせてしまったかしら。それとも……私に見とれちゃったかしら?」

 初めて出会った女性に対して、いきなり自分に見とれたかなど聞く女性ほど愚かな人間はいないだろうが、彼女はそれを言っても不快に思われないだけの美貌を持っていた。かく言う私も彼女に見とれてしまっていた。しかし、私の意識は彼女の言葉によって引き戻される。

「図星だったみたいね。いいわ、松村さん。私、貴女の事気に入ったわ。明日からよろしくお願いするわよ」

 そう言って、彼女は困惑する私をよそに彼女は笑いながら去っていった。彼女の後ろには、他のクラスメイトたちが取り巻きのようにぞろぞろと付いていた。


ルリミゾカクシ 花言葉は悪意、謙遜。別名はロベリア、ルリチョウソウ、ルリチョウチョウ。

中央合同庁舎第2号館 警察庁長官室


「わざわざ来てもらってすまないね。君たち」

 呼び出した者たちが全員そろったのを確認して、この部屋の主である警察庁長官、蝶谷璃隠りおは口を開いた。

長官室には蝶谷のほかに、東京警視庁から呼び出された二人の女性がいた。

「で、話というのは何なのですか? 蝶谷長官」

 呼び出されたうちの一人、警視総監の竜胆恵弥美が尋ねる。

「まあ分かっているだろうがMLF関係の依頼だ。規定通り、盗聴対策のために直接来てもらった訳だが……」

 蝶谷はそう言って、呼び出したもう一人の女性に目を向けてから、竜胆に資料を手渡した。

「先日、情報省から連絡があってな。8年前のコスモス女学院爆破テロ事件後の一斉検挙以降ほとんど動きの見られなかったMLFだが、近頃新たにカラスノエンドウがリーダー就任してからは活動が活発化しているようだ」

 コスモス女学院爆破テロ事件という単語を聞いて、もう一人の女性は眉をひそめた。

「それで、今回はMLF絡みの可能性がある少女連続失踪事件の捜査依頼よ。あくまで可能性ということで情報省は行動を起こせないらしいから、こちらに。そして、事件は東京府内のみで発生しているということで警視庁にお鉢が回ってきたみたいだ。一応、可能性がある以上捜査協力はしてくれるらしい」

 情報省には、テロリストに対する強制捜査権限があるが、今回のように関係が不明瞭な場合は警察に主導権を渡して操作をすることになっていた。

「その件については了解しました。それではなぜ紫苑を?」

 竜胆は隣に立っている、もう一人の女性を一瞥いちべつしてから蝶谷に問いかけた。

「ああ、紫苑係長の噂は聞いている。MLFのことになると命令違反も厭わない特別捜査官がいるってね」

「だったらなぜ?」

 竜胆からすれば紫苑は命令違反の常習者であり、いつも後始末に追われていたため、厄介者でしかなかったのだ。

「どうせ放っておいても、命令違反して捜査に出ちゃうんでしょう? 遺体が出るかもしれないのだから、前もって捜査に当たらせた方があなたの負担も減るでしょ? 竜胆警視総監?」

「それはそうですが……」

 竜胆が言い返せないと確認した蝶谷は、ニヤリと微笑み、呼びだした二人に確認を取る。

「それでは、この東京府内少女連続失踪事件の捜査は東京警視庁に移管。紫苑特別捜査官に本事件の捜査を主導してもらう。それでいいな」

「「了解しました」」

 二人は敬礼をし、了承の意を示した。

「話は以上だ。後は君達に任せる」

「「はっ!」」

 二人は、改めて敬礼をし、部屋を後にした。

 二人が部屋を出たのを確認した蝶谷は、机の引き出しの中に入れていた紫苑について書かれた資料を見て呟いた。

「コス女爆破テロ事件の被害者……か。まあ、MLF対してあそこまで執着するのも分かるわね」

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