監禁少女3

カトレア 花言葉は優美な貴婦人、魅惑的、魔力。和名はヒノデラン。

6月3日(金)

皇立コスモス女学院前


 桜の花が散り、梅雨の気配が感じられるようになってきた頃。かがりとあんずは4月よりも親交を深めていた。

 この日の授業が終わり、帰途についていた二人はあんずの家に向かうために女学園の正門から東京城桜田門前まで続く大通りを歩いていた。

「そういえば今度の演奏会、来てくれるのかしら?」

 あんずが、かがりに向かって話しかける。

「うん。予定は大丈夫だったから観に行くよ」

 結局、かがりは読書部、あんずが吹奏楽部にピアノ担当として入部したのであった。

 あんずがたまたま、音楽の授業でピアノを弾くことになり、クラスの吹奏楽部の生徒に勧誘され、それをあんずは拒否し続けたのだが、最終的にピアノ専門なら良いということで双方が合意し、それによってあんずはソフトテニス部に入るのを諦め、現在に至っていた。

「あれ、あんずちゃん。今日は部活無かったの?」

「ええ。今日は家で自主練なの」

 基本、あんずは合奏の時以外の練習の日は、自宅のピアノで練習をしているので、あまり部活には参加していない。かがりの読書部も、月に一回読んだ本の感想文を書けばいいので部活で集まることはほとんど無かった。

「でも、あんずちゃんやっぱりピアノ上手いよね。顧問の先生に絶賛されてたじゃない」

「そんなことないわよ。私よりも上手い人なんてそこら中にいるわよ」

 などと話しながら歩いていると、かがりと二人の女性を連れた男子学生の視線が合った。

「あ……」

「あっ」

 二人とその連れたちは立ち止まる。

「富太郎?富太郎だよね?」

「かがりか?中1以来だな」

 お互いの連れの少女たちは、どういうことか分からずに困惑していた。その様子に気付いたかがりが,あんずに紹介する。

「彼は梅野富太郎。家が隣の幼馴染で、中1の時に家の事情で東京に引っ越ししたんだけど、まさかこんな所で会うなんて」

 富太郎は、あんずに対してお辞儀をしてから語りかけた。

「あ、どうも梅野です。かがりがお世話になってます。こっらは、同じクラスの黄金こがね麻里亜と素馨茉莉花そけいジャスミン

「こんにちは。……黄金麻里亜です」

「ちわ~っす。素馨茉莉花で~っす。ちょっと富ちゃーん、「彼女の」が抜けてるよ~」

 茉莉花の発言に対して苦笑いをしながら、富太郎はあんずに問いかける。

「君はかがりの友達かい?」

 富太郎の問いかけに対して、あんずは少し複雑な表情を浮かべながら答える。

「ええ、親友とも言えるかもしれませんわね」

「し、親友だなんて。あ、あはは。照れちゃうなぁ」

 照れているかがりをよそに、あんずは富太郎に問いかける。

「ねえ、富太郎さん。こちらに来るまでの貴方とかがりさんの関係はどんなものだったのかしら?」

「そうだなあ。家が隣ってだけで別に付き合ってたわけじゃないぞ。まあ、小学4年だったか5年だった頃に、かがりが、これからも一緒に居ようとか言ってきて、OKしたっけなあ。まあ、子供の出来心みたいなもんだったし、な?」

 そう言って、富太郎がかがりに尋ねると、かがりは怒り出した。

「ひどーい。まだ私、富太郎と再会出来たら付き合っても良いと思ってたのに! 富太郎のバカ!」

「えっ!?マジだったのかよ?それは悪かった。しかし、あの人見知りのかがりに友達とはな~。正直、びっくりしたよ。あんずさん、これからもかがりのこと、よろしく頼むぜ」

 富太郎は悪気なさげに答え、すぐに話を切り替えあんずに話しかける。

「ええ、分かってるわ」

 と、素っ気なくあんずは答える。そしてあんずは、茉莉花に絡まれていたかがりに語りかける。

「ねえ、かがりさん。急用を思い出しまして、すぐに帰らないといけませんの。今日、家に来るという約束は無しにしていただけませんか?」

「え、うん。いいよ。別に明日でも大丈夫だし」

「ごめんなさいね。それではまた明日」

 そう言って、あんずは自分の家の方へと駆けて行った。それを見送った茉莉花は、再びかがりに話しかけた。

「ふーん。これが富ちゃんの元カノねぇ。こんな娘より私の方がいいよね~」

「だから、コイツは元カノでもないし、お前も彼女じゃねえ」

 すると、茉莉花は泣きそうな顔をしながら富太郎に語りかけた。

「じゃあ、麻里亜とはどういう関係なのさ?」

「ま、麻里亜はガールフレンドみたいなもんだ。あと、茉莉花。しつこい女は嫌われるぞ」

「む~~~っ。富ちゃんのバカバカ!」

 茉莉花が富太郎を、ぽかぽかと叩いて駄々をこねていると、今まで黙っていた麻里亜が突然口を開いた。

「ねえ、富太郎。かがりさんも一緒に行くの?」

「そうだな。かがり、東京駅の駅前に、良い雰囲気の喫茶店があるらしくて、今からそこに行くつもりだったんだが、お前も一緒に来るか?」

 すると、茉莉花が突然富太郎を叩くのを止めて、かがりに語りかけてきた。

「雰囲気だけじゃなくて、味も良かったし来てみることをオススメするよ」

 かがりは、少し考えた後に首を縦に振った。

「いいよ。久々に富太郎と話がしたいとも思ってたし」

 結局、かがりはこの日、8時頃まで富太郎たちと共に、東京駅周辺の散策をしたのだった。


東宮タワーハイツ あんずの自宅


 あんずは、電気も点けずにリビングのソファにうつぶせで寝込んでいた。

「かがりさんに彼氏が……」

 あんずは、かがりと出会って生まれ変わったような気持ちになった。

 あんずにとってかがりはまさに特別な存在であった。かがりは自分が千曲ビルディングの令嬢であると分かってもそれまでどおりに接してくれた。また、彼女と話をしていると自然と色々なことを話してしまう、心まで許せる存在であった。

 そんな彼女を富太郎とかいう男に奪われてしまう。そんな嫉妬のような気持ちを抱いてしまっていた。

「駄目よね、嫉妬なんて。男なんかに取られてしまうのだとしても、それがかがりさんの選んだ事なのなら応援してあげないといけないのに。……え?」

 突然あんずの頭にノイズのような音が響きだす。その音は音色を変えながらだんだん大きくなっていく。あんずはソファの上から動けないまま、次第に意識を失っていった。


コスモス 花言葉は乙女のまごころ、調和、謙虚。

あんずの精神世界


 気がつくとあんずは何もない空間を漂っていた。

「ここはどこなの?」

 誰に向けるでもなく問いかけると、どこかから声が聞こえてくる。

「お目覚めか。ここはお前の心の中さ」

 声が聞こえ終わると、あんずの目の前に黒い人影が現れる。人影に対してあんずは更に問いかける。

「あなたは誰なのですか?」

「私もお前だ。まあ、お前の反動人格。すなわち悪の部分。もっと細かく言えば欲望とでもいうべきものさ」

 あんずにはこの状況がわからなかった。ノイズ音が聞こえてきて、気が付いた自分の心の中で悪の自分と話しているのだ。訳がわかるわけがないだろう。

「どうしてこんな事に?」

「さあな。でも、これで私はお前から分かれることが出来たんだ」

「どういうことですの?」

「あの音のあと、別れきっていなかった千曲あんずの心の歪みは完全に善と悪、二つの心に分離したって訳だ」

 心の歪み。あんずにとっては、幼い頃からの言葉遣いなどの躾に対する反発からうまれたものだった。抑圧された環境から自由になりたい。好きに生きたい。そんな気持ちを持つ、内に秘めた獣であった。

 善のあんずのの顔が青ざめる。そんなものが表に出てしまえば、今の生活には戻れないだろう。

「ところで、お前がおねんねしてる間に肉体のほうは頂いたぞ。肉体を持たない精神は消えて無くなる。つまり、お前はこのまま肉体には戻れずに消えていくのさ。そして千曲あんずは完全に私のものとなる。当然、お前が望んだとおり牧野かがりは私のものにしてやるよ」

 止めて! 止めてちょうだい! それだけは……。

「ひゃはははは。せいぜい消えてなくなるまで、お前の大好きなかがりさんの様子でも指をくわえて見てな」

 逃げて。逃げてちょうだい。かがりさん。私の家に連れていかれたら……。

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