いつかの資源

笠虎黒蝶

いつかの資源

 それは魔法のようだった。悪魔の力を借りた黒魔術だ。黒い霧に覆われた瞬間、木材は溶けて黒い液体となった。動物の死骸もセメントのような塊になった。ゴミの山も一瞬で消え、そこには黒い池ができた。

 これは本当に生物なのだろうか。地球の歴史の中で、これほどまでに獰猛な生物がいただろうか―――装置の試運転をモニターで監視していたガウス所長は、かつて地上に生息していたピラニアという魚が動物を襲って一瞬で骨だけにする映像を思い浮かべていた。

「こいつは骨も噛み砕いてしまう……」

 ガウスの呟きに主任研究員のプリムが反応した。

「何度みても恐怖を感じます。ダークミストに歯はありませんが、集団で噛み砕いているようにも見えますね。厳密には、化学的な分解の作用が大きいのですが」

 あらゆる有機物を液化する黒い霧―――ダークミストと呼ばれる黒い微生物の集合体が発見されたのはおよそ一年前だが、その生態にはまだ謎が多い。ただ、彼らは自在に空中を浮遊して周囲の有機物を液化し、無機物を粉砕する。そして、周囲を破壊し尽くすと、彼らが唯一破壊できない物質―――黄金の周囲に留まる、という習性が知られている。現在、装置内にいる彼らは、試運転のために投入された材料の破壊を終え、髑髏マークの装飾が施された黄金の箱に大人しく収まっていた。

「三十トンのゴミが十秒で消えました。ダークミストの処理速度については、ほぼ想定通りです。問題は残った液体燃料の精製の方ですね。では所長、そろそろ下の精製所に移動しましょうか」

「ああ、そうしよう。金ピカの庫内をずっと見ていると目がおかしくなりそうだ」

「ずっと眺めていたいという人も多いらしいですよ。ゴールドラッシュが始まった頃、黄金の家を建てたというのがニュースになったでしょう?」

「そんなこともあったかな。私には理解できんよ。ゴールドラッシュで地下世界も変わったな」

「ゴールドラッシュで変わったのはごく一部の人間ですよ。我々も含めてね。でも、このエネルギープラントが変えるのは地下世界の全人類と言ってもいい。エネルギーとゴミの二大問題を一気に解決するのですから」

「相変わらず、君は自信家だな。そうなるといいのだが」

 ガウスは苦笑しながらモニター前の席を立った。

 放射能汚染と温暖化による環境の悪化が進むにつれ、人類は地底の奥深くへと安住の地を求めるようになった。地上と異なり、太陽エネルギーの恩恵を得られない地下では、人口の増加に伴い、エネルギー問題が深刻化しつつある。石油や水は乏しく、原子力は放射能汚染の進んだ地上の教訓から使えない。主力は地熱エネルギーだが、建設に時間を要するため、人口増加に伴う消費エネルギーの拡大をカバーするには、まだ何年もかかると思われていた。

 また、ゴミ処理も地下世界の深刻な問題の一つである。地上のような巨大な大気の層が無い地下では、空気を厳格に管理する必要があるが、ゴミ焼却で発生するガスから有毒物質を排除するには非常にコストがかかる。地上や、地下のさらに深い層へ捨てるという手段も取られたが、大半のゴミは、ゴミ置き場となった広大な敷地に放置されるだけとなっていた。

 これらの問題を解決する手段として密かに注目されているのがダークミストである。そして、ダークミストを利用した最初のエネルギープラントとなるのが、ガウスが所長を務めるダークミストエネルギープラントであった。このプラントの中央に設置された黄金塔にはダークミストが格納されており、搬送されてきたゴミはここで液体燃料に生まれ変わる。そして黄金塔の下層にある精製所で分留された後、それらは周囲の発電所や化学製品工場にパイプラインで送られる構造となっていた。

「所長のあなたがそんな弱気じゃ困ります。ダークミストは今や『黒い悪魔』じゃありませんよ。『黒い救世主』と呼んでもいい。地上の光合成に変わる地下世界の新たなエネルギーを、我々は手に入れたのです」

「いや、すまなかった。『黒い救世主』か……いいじゃないか。その言葉、開業式の挨拶で使わせてもらうよ」

 ダークミストが『黒い悪魔』と呼ばれていたのは、地下世界のゴールドラッシュが始まった頃である。

 地下世界では、各地で掘削が行われているが、そのうちの一箇所、チェリアで非常に純度の高い黄金の鉱脈が見つかった。その埋蔵量は、地上にあった黄金の何千倍とも推測されたが、さらに驚くべきはその純度であった。通常の金鉱であれば、黄金の含有量はトン当たり数十グラム程度であるが、この金鉱はほぼ百パーセントが黄金なのである。自然の黄金としてはあり得ない純度であるため、何者かが埋めたのではないかと噂する者もいたが、個人はもちろん、企業や国ですら、その莫大な埋蔵量を所有していたとは考えられないのであった。

 チェリアで非常に純度の高い黄金が発見されたという噂は瞬く間に広がった。それまでの地下世界では、黄金は希少金属であり、資産としての価値が高かったため、一攫千金を夢見る者たちがチェリアに殺到した。そして、その後の価値の急落を知らない彼らは必死で黄金の採掘を行った。

 そんな中、ある坑道で黄金の採掘に向かった者が帰ってこないという報告が相次いで発生した。最初は落盤事故と有毒ガスの発生が疑われた。だが、原因を調査するために入念な準備をして向かった者も誰一人として帰ってこないのである。それはいつしかチェリアに残る悪魔の伝説と結びつき、『黒い悪魔』の呪いと呼ばれるようになった。

 その『黒い悪魔』の正体を突き止めたのが、プリムがかつて教授を務めていたチェリア大学の地質学部であった。彼らは地層研究のために製作された、掘削装置と高解像度暗視カメラを備えるロボットを、救助犬とともに坑道へ送りこんだ。

 プリムは坑道の近くでロボットから送られてくる映像をモニターで確認しつつ、救助犬の後を追うようにロボットを操作していた。緩やかな傾斜が続く坑道を数十キロ進むと、坑道を横切るように広く水が流れている箇所に到達した。

「ここで事故が起きたとは考えられませんか?」

 モニターを見ていた助手の一人がプリムに話しかけた。

「どうかな。地底河川の話は聞いていたが、水深はたかだか数センチってところだ。幅は何メートルもあるけどね。地底湖に続いているんだろうが、ここで流されたとは、とても思えない」

 実際、救助犬もロボットも難なく川を渡り切った。そしてその先に現れたのは、辺り一面が黄金に覆われた、黄金の洞窟であった。

「すごい……」

 プリムと助手たちはロボットの照明で浮かび上がった黄金の輝きに感嘆の声を上げた。プリムも話には聞いていたものの、映像を見るのは初めてであった。とても天然に存在しているものとは思えなかった。

 すると突然、その陶酔を覚ますかのように、轟音とともに黒い霧が現れた。

 火事か? いや、違う―――それは一見すると不完全燃焼時に発生する黒煙のように見えた。だが、その発生源となる炎は見当たらず、小型の竜巻のようにうねりながら、空中を漂っていた。その姿は徐々に大きくなり、ゆっくりとカメラの方へ近付いている様子だったが、突然、突風に煽られたかのように向かってきたかと思うと、急降下し、瞬く間にカメラの先にいた救助犬を飲み込んだ。そして再び浮かび上がったとき、その下にいるはずの救助犬の姿は無かった。まもなくモニターは黒い霧で覆い尽くされ、そこで映像信号は途絶えた。

 プリムは一瞬で真っ暗になったモニターをしばらく呆然と見つめていた。

「……やっぱり、いた。『黒い悪魔』だ……」

 モニターを眺めていた助手の一人が呟いた。

「バカなことを言ってないで、映像を解析するんだ」

 そういうプリムも心の中では助手と同じことを考えていた。だが、あの悪魔はいったいどんな魔法で犬を消したのか……

 映像を詳細に解析した結果、黒い霧の実体は小刻みに振動する直径一ミリ未満の球体であることがわかった。小バエのようだ、と言ったものもいたが、昆虫のように体の部品が分かれておらず、完全な球体をしており、生物であるのかどうかもわからなかった。プリムはそれをダークミストと呼んだ。

 また、映像を拡大し、スロー再生することで、ダークミストに触れた救助犬の体が溶けるように黒い液体に変わっていく様子を確認することができた。黄金の洞窟内の地面にも同様の黒い液体が点在していたため、プリムたちは、行方不明となった者たちも同様に液化されたのではないか、という仮説を立てた。

「でも、これをどうやって確かめるんですか? また一瞬で破壊されるかもしれません。毎回新たにロボットを手配できるほど、うちの研究室に予算は無いでしょう?」

「ああ。だが、この映像を見せれば上の人間から予算を引き出せるかもしれない。それぐらいの価値はあるものだ。それでも、何か壊されないよう対策はしておかないと、上も納得しないだろうな」

 そう言って頭を抱えたプリムの傍で、助手たちが話を続けている。

「ここまで襲って来るということはないのかな」

「怖いことを言うね。でも、いつまでもあそこにいる保証は無いか」

「いきなりあの坑道から現れたら、俺たち、一瞬でドロドロにされるぜ」

「でも、最初の行方不明者が出たのって、もう随分前だよね。ダークミストに出て来るつもりがあるなら、とっくにみんなドロドロになってるんじゃない?」

「それもそうだな。じゃあ、黄金の洞窟にしか住めない理由があるのかな」

「うーん……黄金を餌にしているとか?」

「黄金が餌なら、犬やロボットをわざわざ襲わないだろう。他に理由があるんだよ」

 それを聞いていたプリムが口を開いた。

「地底河川だ」

「水ですか? ダークミストはずっと浮いているんだから濡れたりしないでしょう?」

「いや、そうじゃない。あれだけ大きい川なら気温に影響するはずだ」

 プリムはロボットに装着されていた温度計のログを確認した。推測通り、地底河川の中央付近は十二度、黄金洞窟内は三十五度とかなりの温度差があった。

「これも仮説に過ぎないが、検証してみようじゃないか。少なくとも上を説得する材料にはできる。冷却ガス発生装置を搭載したドローンを飛ばすんだ」

 そうして、プリムは学長の説得に成功し、ただちにラットとドローンを使った二回目の探索が行われることになった。十匹のラットと冷却ガス発生装置を搭載したドローンは黄金の洞窟内でラットを解放した。解放されたラットたちは黄金の床を好きなように駆けずり回っていたが、まもなくダークミストの襲撃を受け、次々と黒い液体に変わっていった。冷却ガス発生装置によって冷気をまとったドローンは、仮説の通りダークミストを寄せ付けず、黒い液体を回収後、無事帰還したのであった。

 回収された黒い液体はチェリア大学の工業化学科で分析されることになった。

「この匂いは……ベンゼンが混ざってますね。たまたま冷却して運んで来られたからよかったものの、熱で簡単に引火しますよ」

 液体を受け取った教授は、分析にかける前から燃料としての用途をプリムに示唆していた。黄金の洞窟の存在を知った鉱夫たちは、『黒い悪魔』を早く退治してくれ、と訴えていたが、プリムはダークミストを何とかエネルギー生成に活用したい、と考えるようになった。

「捕獲器を作ればいいんじゃないですか。餌を入れておくんです」

 そのアイデアを提案したのは、プリムの研究室に入って間もない学生であった。

「面白い冗談だな。お前もロボットがセメントみたいにされてたのは見ただろう? でっかい罠を作ったところで、冷却する前に粉々にされちまうよ」

 助手は苦笑を浮かべてそう言ったが、学生は真剣な表情で訴えた。

「黄金を使えばいいんですよ。黄金の洞窟が残っているのは、ダークミストが黄金を分解しないからではないでしょうか?」

 黄金の素材で捕獲器を作るという発想はこれまでに無いものであった。ゴールドラッシュ前であれば非現実的だが、今ならダークミストを丸ごと格納できるぐらいの黄金を集めることは不可能ではない。だが、価値が下がったとはいえ、まだまだ黄金が高価であることには変わりなく、大学の研究費用をすべてつぎ込んだとしても到底準備できるものではなかった。

 だが、他に捕獲する手段は無いと考えたプリムは、共同研究先の取締役であるガウスに相談をもちかけた。ガウスの企業は様々な産業機器の製造を行っており、プリムはそこから掘削ロボットやドローンの提供を受けていた。プリムはダークミストが燃料を生成することについてはまだ公表していなかったが、ガウスにはその事実を伝え、目の前でラットから生成された液体燃料を燃やして見せた。

「これがさっきの映像にあった液体か……まだ、信じられんよ。地下世界にはまだまだ我々の知らないものが眠っているものだな」

 ガウスは、興奮収まらぬ、といった様子で言った。

「ダークミストについてはまだわからないことばかりです。でも、この地下世界を大きく変える発見だと私は思っています」

「君はこれを制御できると思っているようだが、本当にそんなことが可能なのかね」

「なぜ不可能なのかもわかってはいませんよ。まずは捕獲することです。大学に連れてくれば、様々な分析が可能になります。ただ、それには、先程申し上げた通り、黄金の捕獲器が必要になるわけですが……」

「わかっておる。実は、ゴールドラッシュの騒ぎが始まってから、うちでも黄金の新たな使い道を探していてね。今、うちにある黄金をかき集めれば、この応接室ぐらいの罠を作ることは可能だろう」

「本当ですか! それだけあれば十分です。ダークミストがいる黄金の洞窟はこの何十倍もの広さがあります。一番乗りすれば、十分に元が取れると思いますよ」

 かくして、ダークミスト捕獲計画は実行に移された。ガウスが黄金の牢獄と名付けた純金の捕獲機は、エレベーターの一室程度の大きさで、キャタピラー式の台車と組み合わせて坑道を移動できるようになっていた。二週間足らずで黄金の牢獄を完成させ、それをプリムの大学に届けたガウスは、どこか誇らしげであった。

「ありがとうございます。まさか、こんな短期間でできるとは思っておりませんでした」

「いやいや、待たせてすまなかった。意外と台車の改造に時間がかかってしまってね」

「それにしても美しい……おや、あの髑髏マークは何ですか?」

「ああ、あれかね。台車が完成するまで時間があったもんだから、少し細工を施したんだよ。あれはチェリアの画家が描いた『黒い悪魔』のイラストを彫刻したものだ。ハザードシンボルにぴったりだろう?」

「なるほど。そんなところまで考えておられたとは、敬服するばかりです」

「そんな大げさな。半分シャレだよ、ワハハ」

 すっかり気をよくしたガウスが引き揚げると、残った技術者、鉱夫とプリムの研究室のメンバーは、トラックに乗り込み、さっそく坑道へ向かった。黄金の牢獄を載せた台車は技術者二名と鉱夫十名に付き添われる形で坑道を進んだ。プリムはいつものように、坑道の入り口で台車から送られてくる映像をモニターで確認しながら指示を出すことにした。キャタピラー式の台車はバランスを取りながらゆっくりと移動し、地底河川にたどり着いたときは翌日の昼頃になろうとしていた。仮眠を取ったとはいえ、さすがにメンバーにも疲労の色が見え始めてきていた。だが、黄金の洞窟がモニターに映し出された瞬間、疲れも眠気も忘れたように、みなが歓声を上げていた。

「ここでみなさんは待機です。映像はそちらのモニターでも確認できます。念のため冷却ガスがいつでも噴射できるようにスタンバイしておいてください」

 プリムは無線で地底河川のメンバーに指示を伝えると、台車に内蔵された冷却ガス発生装置のスイッチを入れ、黄金の洞窟内へ誘導した。そして台車を停め、黄金の牢獄の蓋を開くと、間もなくダークミストが現れ、黄金の牢獄内に串刺しとなっている動物の肉を次々と液化し始めた。

「やはり、前回より液化の速度が遅いですね。そう思いませんか?」

 モニターを見ていた助手が言った。

「ああ、うまく拡散できたようだ。すべて収まり次第、ドアを閉めるんだ」

 プリムは様々な角度から撮影されているダークミストの映像を素早く切り替え、指示を出すタイミングを計っていた。

 黄金の牢獄内に餌となる動物の肉を配置する際、迷路のように黄金の串を配置すれば、ダークミストは分断され、勢いを失うのではないか―――そう提案したのは、黄金で捕獲器を作ればいい、と言い出したのと同じ学生であった。そのアイデアを気に入ったプリムは早速ガウスに連絡を取り、黄金の串を迷路状に配置できるような内壁を作るように依頼したのであった。そして、その目論見は見事に当たり、現在黄金の牢獄内に収まっているダークミストには、かつでの竜巻のような勢いは見られず、モヤモヤと牢獄の迷路に閉じ込められているのであった。

「よし、もういいだろう」

 プリムの合図でドアが閉じられた。そのまましばらく黄金の牢獄を監視したが、ダークミストが出てくる気配は無い。

「奥にまだいるかもしれない。ドローンで確認するんだ」

 プリムの指示により地底河川で待機していた技術者がドローンを飛ばし、黄金の洞窟内を探索したが、新たなダークミストは確認されなかった。

「みんな、よくやってくれた。我々はついに悪魔を手中に収めることに成功した。だが、帰って来るのも一苦労だぞ。祝杯を挙げるのはそれからだ」

 プリムの言葉に呼応して歓声が上がった。待機していた鉱夫たちも黄金の洞窟に向かい、かつての恐怖も疲労も忘れたかのように採掘を始めた。

 それからさらに一日かけて坑道を引き返し、黄金の牢獄とともに大学に帰ったプリムを待ち受けていたのは、意外な人物であった。

「エネルギー庁長官がわざわざお見えになるとは……一体、どんなご用件でしょうか?」

 名刺を受け取ったプリムは、驚いた様子で、黒スーツ姿の男を大勢引き連れた長官なる人物に尋ねた。

「ハハハハハ。この状況でとぼけるとは君も面白い男だな。そのトラックの中にあるものだよ。大統領もそれには関心を示されていてね」

 学長が漏らしたな―――プリムは爬虫類に似た学長の長い舌を思い出していた。二回目の探索を行うための予算を申請した際、プリムは今後の活動について毎日報告を上げることを約束させられていた。他にダークミストのことを知っているのはガウスだが、黄金の洞窟一番乗りを狙っていたガウスが他所に漏らすとは考えられなかった。

「そんなに警戒しないでくれ。これでも君たちには敬意を払っているんだよ。悪いようにはしない。ただ、ダークミストはこの地下世界の財産だ。君たちが独り占めしていいものじゃない。いろいろ用途があるのはわかるだろう? エネルギー問題、環境問題、軍事問題……とにかくいろいろだ。どうだい、ダークミストと君たちの未来について話し合わないか」

 俺たちがどれだけ苦労してこれを手に入れたかわかっているのか、と言いたくなる気持ちをプリムは抑えた。ダークミストはこの地下世界の財産であり、独り占めしてよいものではない、という主張はもっともだ。それにプリムは公務員であり、長官、ましてや大統領に逆らえるわけがない。

 プリムは観念し、トラック内の黄金の牢獄へ長官たちを案内した。

 それからしばらく、プリムは毎日のようにエネルギー庁に通うこととなった。そして、その話し合いの中で生まれたのが、ダークミストエネルギープラントの構想であった。ゴミの蓄積場となっている地域の傍に、ダークミストを使ってゴミから液体燃料とその加工製品を生み出す巨大プラントを作るというのである。その長として選ばれたのが、ダークミストを知り、工業施設建設の経験も豊富なガウスであった。プリムも主任研究員としてプラントに移籍することになった。長官の言葉通り、大学教授時代とは比べものにならない高待遇によって迎えられたのであった。

 そうして、ダークミストエネルギープラント構想は実現化され、一年足らずで主エネルギープラントである黄金塔が完成した。その間、プリムは各種素材をダークミストによって分解する実験を重ね、ダークミストがエネルギーとゴミの問題を解決するという確信を深めていった。ダークミストの存在は世間には公表されないままであったが、プラントの開業式でようやく正式に発表されることとなった。大統領は事前に発表することで反対運動が盛り上がり、プラントの開業が遅れることを恐れた。それ程、エネルギーとゴミの問題は深刻化していたのである。


「お集まりのみなさん、私たちはここで新エネルギーを発表できることに非常に興奮しています。スクリーンをご覧ください。これこそが、エネルギーとゴミの二大問題を解決する、黒い救世主です」

 黄金塔下に設けられた開業式会場の壇上で、ガウスはダークミストの紹介を始めた。会場は各種メディアや政府関係者など、溢れんばかりの人だかりで賑わっていた。会場外には抗議活動を行っている団体もいた。プリムは会場の最前列で感慨深げにガウスの話を聞いていた。

 スクリーンに黄金塔内の映像が映し出されたときのことだった。会場内からはどよめくような歓声が上がったが、その観客の関心は一瞬で別の事象に奪われることになった。予想もしない、地殻の大きな振動が、突然会場を襲ったのである。

「地震だ!」

「椅子の下に隠れろ!」

「うわっ、何すんだよ!」

「痛っ!」

「きゃあああ!」

 会場内はたちまち叫び声に包まれた。壇上のガウスはしゃがみこんで揺れるスクリーンを呆然と眺めていた。

 揺れが収まったかと思った頃、再び地響きのような音と振動が近付いてきた。

「本震だ!」

「今度はデカイぞ!」

 まさか、こんなタイミングで―――プリムは大地震発生時のシミュレーションを思い返していた。黄金塔の強度は高くない。地盤を強化し、免振装置を設置する案もあったが、工事を急ぐために採用されなかった。

 そして、巨大な第二波が会場を襲った。

 人々は悲鳴を上げ、転げまわり、ぶつかり合い、所持品は散乱した。窓や壁、地下世界の天井部までが壊れ、破片が会場に降り注いだ。

 プリムはもみくちゃになりながら黄金塔を見上げた。明らかに変形している。今にも折れそうだった。シミュレーションでは黄金塔の先端部が落下してきた。中には黄金の牢獄に格納されたダークミストがいる。黄金の牢獄は簡単には開かないが、落下の衝撃に耐えられるだろうか。もし、ダークミストが出てきたら……

 やがて黄金塔は二つに折れ、その先端部が会場に落下した。

 

「ああ、暑苦しい! 地上に戻ったら海に飛び込みてぇ」

「また、そんなこと言って。今日はお宝があるんですからね。取材も来てるそうだし、戻ったら身動き取れませんよ」

「わかってるよ。でもこの海底エレベーター、暑いし、狭いし、長いし、毎日嫌になんねぇか? 冷房でも付けてくれりゃいいのによ。」

「めったに使わない想定だったんじゃないですかね。石油なら機械で吸い上げるだけですから。たまたま金塊が見つかったから、毎日採りに行くことになっちゃいましたけど」

 マリオとフィリップは海底油田のエレベーターにいた。石油の枯渇危機が深刻化しつつある中で発見されたこの海底油田は、その莫大な推定埋蔵量から世界のエネルギー事情を大きく改善すると見られていた。さらに最近になって、石油だけでなく大量の金塊が発見されたのである。金塊の一部には古代文字が刻まれており、遥か昔、大量の金塊を密輸していた船が沈没し、地殻変動で奥深くまで埋没したのだ、とする説が有力であった。マリオとフィリップが運んでいるのもその金塊の一つである。

「おい、フィリップ、ちょっとここ見てみろよ」

「何です?」

「石油を拭きとってみたんだが、これ、髑髏に見えねぇか?」

「たしかに……いったい、何なんでしょうね、これ。でかい冷蔵庫みたいですけど」

「蓋みたいになってんだけど、開かねぇんだよな」

「地上のクレーンを使えば開くでしょう。でも何が入っているんでしょうね」

「そりゃ、お前、黄金を箱にするぐらいだから、それより高価なものだろうよ」

「そうですよね……フフ、楽しみだなぁ」

 エレベーターはまもなく地上に到達しようとしていた。

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