第4話 魔王は仲人を妃にする

 ジュリアスはあどけなく眠るエリーを見下ろした。

 一日働いて疲れ切った彼女の眠りは深く、ちょっとやそっとでは起きない。

 彼女のセミロングの髪を、ジュリアスは不釣り合いなほど優しい手つきでなで、部屋を出た。

 一見分からないし、エリーは知らないが、ジュリアスの寝室に通じるドアがある。

 自分の寝室を抜け、居間へ行くとクレイが待っていた。

「どこへ行かれたのかと思いましたよ。エリー様のところでしたか」

「ああ」

 そっけない返事の中にうれしげな響があるのを、乳兄弟であるクレイは聞き逃さなかった。

「まっさか陛下がリー様をそこまで気に入るとは予想外でした」

「私にとってもな」

 ジュリアスは不機嫌面のままソファーに座る。

「失礼を承知でおたずねしますが……どこを気に入られたのです?」

「誰もかれもに恐れられるこの私を恐がらず、堂々と自分の意見を言うところだな」

「ああ、やっぱり」

 自分の意に反する者は即処刑しそうな面構えだが、ジュリアスは有能な君主である。良い意見ならちゃんと聞き入れるし、他種族・宗教を尊重する心もある。

 ただ単に見かけが非常に恐く、ぶっきらぼうな話かあたのため、実質以上に恐れられてしまっているだけなのだ。

 平気で毒舌を吐くクレイを側近にしているのも、乳兄弟だからという理由だけでは二。ジュリアスは身内だろうがなんだろうが厳しいし、乳兄弟でも手加減しない。

 ―――確かに。私は女などに興味はなかった。

 ジュリアスは思った。

 父は王子とはいえ、三男。王座が回ってくるはずもなかった。

 どうでもいい王族の端っこの子として扱われた幼少時代。

 父も母も自分には無関心だった。外見で気味悪がられ、乳母のところに押しつけたまま、ほとんど会ったこともない。

 乳母一家は大切に育ててくれたが、一歩外に出れば誰も私など気にも留めない。第三王子の子など、いてもいなくても同じという程度の存在だった。

 伯父である王やいとこには女が群がっている。端から見ているとなにが狙いか見え見えだ。

 男も同じ。甘い汁を吸おうとすりよっているだけなのに気づきもしないとは、王族とはなんて愚かなのだろう。

 現にルイはあっさり詐欺師にだまされた。

 それでも責任を取って譲位したのはまだましな奴だったということか。

 後を継いだ父の兄……次男はもっと愚かだった。王としての責務を何一つせず遊び惚けて、戦争が起きた。

 ろくな指揮官もいない状況で勝てるはずもない。あっという間に危機的状況となり、いい加減堪忍袋の緒を切らした私は軍を乗っ取った。そのまま伯父を退位させ、最高司令官になると各地を平定。

 これませの王国を一新するため、新しい帝国としてスタートをきった。

 意外なことだが、戦争中後方支援で活躍したのはルイだった。「服大好き」と豪語するあいつは貿易の才能があり、物資の調達が上手かったのだ。王であるうちにその才能を発揮していればよかったものを。

 この功績があったから、今も服屋なぞやっているのを許している。服を仕立てさせてやっているのも同じ理由だ。

 ……戦争中は役に立った二つ名が、平和になると邪魔になった。別に人に好かれようとは思っていないが、誰もかれも恐れおののいてただ従っているだけなのには閉口する。

 言うことをきくだけの人間など必要ない。もし主が間違っていたら、きちんと正せる家臣がいなければ駄目だ。だからこそ王国は崩壊したのだから。

 どいつもこいつも王族に群がっていた連中と同じ。うっとうしい。

 例外はクレイくらいのものだ。だが一人だけではいけない。多角的な意見を集めるため、複数そういう人材が欲しい。

 にもかかわらず、私の姿を見ると皆逃げる。

 恐い顔だという自覚はある。だが生まれつきだ、仕方ないだろう。瞳の色が違うのは私のせいではない。

 そこへ現れたのがエリーだった。

 そもそも異世界の者の召喚など、眉唾物だと思っていた。もし本当にできて、まったく価値観の違う人間と会うことができるなら意見をきいてみたいと許可してみただけだ。

 結果は想定以上で、逸材を手に入れた。

 物おじしない性格、意外性、異なる価値観。すばらしい人材だ。

 これを帰すのは惜しい。

 なんとかして手に入れたいとおもう女は初めてだった。

 どうすれば帰さずに済むか。そう考えて、『結婚相談役』にしてみた。だがそれだけでは物足りないと気づいた。

「決めたぞ、クレイ。私はエリーを妃にする」

 さらりと落とされた爆弾発言を、側近は冷静に受け止めた。

「そうですか」

「意外そうではないな」

「だろうと思ってましたので。あなたが女性を気に入るのは初めてのことですから」

 クレイはよかったと言いたげに長く息を吐いた。

「あなたにもまともな恋愛感情があってほっとしました」

「別にエリーが好きというわけではない。単に手放すには惜しい人材をつなぎとめるための策だ」

「はいはい。自覚がないんですね」

 乳兄弟は生暖かい目を向けた。

「やっと結婚してくださるなら、誰も反対しませんよ。ただ、エリー様が嫌だとおっしゃるのでは?」

 皇帝は仏頂面で、

「就任式典だと嘘をついて手配しろ。結婚してしまえばあきらめるだろう」

 妃にする。

 その考えをジュリアスは思ったより気に入っていた。

 そうすれば彼女は私のものになる。

 これがうれしいという感情か。

 冷めた子供だったジュリアスは喜怒哀楽の感情が薄かった。楽しい、うれしいといったことを感じたことがない。

 珍しくも口角があがった。クレイが驚く。

「ご機嫌ですね」

「かもれん。早く準備しろ」

「はいはい。まぁ、兵かが妃の間にエリー様を入れた時点で皆分かってますから、準備はスムーズにできますよ」

 皇帝の寝室とつながっている部屋で暮らしていると知らないのはエリー一人である。

 妃候補だからこそ、侍女も妃にふさわしい最上級のにんっざいが用意された。エリーが断るので減らしたが、残したのはクレイの妹で侍女長のフェイである。

「エリー様本人に教えなくて本当によろしいので? きちんと話しておくべきだと思いますよ。ああいう方ですから、だまし討ちにしたら怒るでしょう」

「構わん。いずれにしても帰すつもりはない」

 クレイはふと思いついてきいてみた。

「まさかと思いますが……陛下、エリー様を帰す魔法が作動しなかったのは、兵かが何かしたからですか?」

 ジュリアスは答えなかった。

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