第5話 魔王教育中(もとい改造中)
翌朝、もはや慣れてしまった謎生物の鳴き声で起きた私はしばらくぼんやりしていた。
ゆうべ何か夢を見たきがするけど……なんだっけ。
よく思い出せない。
まぁいいか。
フェイに着替えを手伝ってもらい、食事をとりにいく。最初の日こそ運んでもらったけど、手間がかかるだろうし、皆と一緒に食堂かなにかで食べるのでいいと言ったら、なぜか皇帝と一緒の食事にされた。
なんでも彼はずっと一人で食べているのだという。恐くて給仕もセッティングするや否や逃げ、誰もいない室内でぽつんと食事をしていたそうだ。
それを聞いたらあまりにかわいそうで、嫌とは言えなくなった。
なんて気の毒な。皇帝なのに給仕もしてもらえず、独りぼっちって。
そんなかわいそうな皇帝は今日も見事な黒一色だった。
「まーたそんな黒ずくめで。少しは他の色使いなさいって言ったでしょ。しかも平時まで軍服って」
苦言を呈したら、
「なら食後に付き合え。ルイに注文していた服が届いた」
あら。本当に注文してるとは思わなかった。
「お前のも最低限届いている。それからお前の就任式典をやることにした。式典用の服も作る」
「就任式? そんなのしなくていいわよ。新しい部下が配属されるたびにそんなことしてるの?」
「仕事だ。結婚推進キャンペーンをやると言っていただろう。お前の任命式もその一環だ」
ああ、なるほど。
「分かったわ」
私がいる以上、給仕は仕事をしなければならない。しかし皇帝が恐くて近づきたくないらしいので、私は「給仕とか慣れていない」のを口実に、ドア付近まで下がらせてあげた。感謝された。
食後、皇帝の私室へ行った。
いつも思うのだが、城内は迷路のようだ。フェイの案内がなければいまだに迷ってしまう。防犯上の理由でわざとそういう構造にしているそうだ。
部屋にはいくつもの服が届けられていた。全部黒以外。
「どういうのがお前はいいと思うんだ」
「え、私が選ぶの? そういうのはプロの侍女に決めてもらったほうがいいと思うけど」
しきたりとかあると思うし。
「しきたりや常識は守ったうえで作らせた。どれでも問題ない」
「いやでも、私センスないわよ」
「ルイはどれもフルセットで作った。組み合わせを考える必要はない。ただどのセットにするかというだけだ。それにお前がイメージアップしろと言ったんだろう」
まぁ確かに。
私は皇帝のオッドアイをのぞきこんだ。ヘテロクロミアと言うべきなんだろうけど、どうも大型ネコ科動物のような気がしてオッドアイと言ってしまう。
「とりあえず瞳の色に合わせて紫にしてみたら? 濃い紫のやつ」
ルイさんもいきなり黒以外は着づらいのが分かっていたようで、黒ではないが濃い色のを用意してくれていた。そのうち淡い色に順々と慣れていけばいい。
「……前から思っていたが、お前はこの目が不気味ではないのか?」
「え?」
私は小首をかしげる。
不気味だと言われたことがあるんだろうか。こちらの世界でも左右対称の目は珍しいらしい。
「そうやって差別された経験でも?」
「小さい頃はよく悪魔の子と言われた」
口調からして、身内……おそらく両親にも言われたのだろう。
「紫や金の瞳自体珍しいの?」
「そうだな。赤・青・緑・黄・黒はよくいるが、紫は少ない。まして金色など、歴史上でもわずかしかいない」
「ふーん。そんな希少価値の瞳でよかったじゃない」
「よかった?」
皇帝の眉間のしわが深くなる。
こら、とぐりぐりやった。
「しわ。伸ばしなさい」
「お前が妙なことを言うからだろう」
「何が? だって珍しい容姿なんでしょ? ラッキーって思わなきゃ。せっかくそんなふうに生まれたんなら活用しなきゃ損よ」
「損……」
そういう発想はなかったらしい。
「実は私、元は左利きでね。いまだに左利きは駄目だっていう考え方の人も世の中にはいるから、色々言われたことがあるのよ」
手をひらひら振る。
「左利き? そこまで注意して見なかったが……というか、右手も使っていなかったか?」
「今は両利きなの。十歳くらいの頃から自主的に訓練して両利きになっただけ。日常生活の色んなものが意外と右利き用でね、どっちも使えたほうが何かと便利なのよ。そうやって両利きになる左利きは多いわ」
ドアノブ一つでも、気づかないかもしれないが右利き仕様である。右利きの人は左でやってごらん。やりにくい作りの結構多いよ。
有名なのは改札機や自販機。自販機とかさ、左手でお金入れたら一歩左に動かないとボタン押せないし。
固定電話なんか、左で受話器とったらどうメモとればいいのよ?
あと一番めんどくさいのが携帯ゲーム機のタッチペン。右側についてるじゃない。いちいち本体持ったまま、ペンを左に持ちかえるのがどれだけ面倒か。開発者に一言言ってやりたい。間を取って真ん中につけてくれないかな。
そんなふうに、生活してくにあたって右手も使えないと不便なのだ。
「それでもサウスポーのスポーツ選手はかっこいいって言うんだから分かんない。左利きはスポーツできなきゃ差別対象っておかしいでしょ。ま、今の時代はそんな考えの人は減ってるけど……一定数いるからね。だから生まれつきなことであれこれ言われる嫌さは多少分かってるつもりよ」
「……そうか」
「綺麗な瞳なんだから、ほんとにもったいない」
皇帝はわずかに目を大きくした。本人的には目を見開いたつもりだろう。
「綺麗?」
「うん。宝石みたいで。こうして見ると、大きなオッドアイのネコ科の生き物って感じ。獰猛だけど」
猫をなでるみたいに髪をくしゃくしゃにしてやった。
「ふふ。これくらいラフなほうがいいかも」
「……やめろ」
「髪の毛、邪魔なら切ればいいのに」
「魔力を貯めている」
「ああ、そういう仕組みなのね? じゃあ、仕方ない。短髪へのイメチェンはなしね」
平気で皇帝の頭を撫でまわす相談役と、大人しい魔王にフェイが失神しそうになってた。
大丈夫よ、この人見かけは恐いけど、話せばちゃんとわかってくれるから。そういう人だっていうのはもう理解した。
「……やはり面白い女だ」
「ん? 皇帝さんと平然と会話してるから? だって中身はいい人だって分かってるもの。皆にもそこを理解してもらおうよ」
「何だその呼び方は」
「え? 皇帝って呼び捨てはまずいかと。じゃあ、陛下」
「お前は臣下じゃない。名前でいい」
「名前……」
えーと……。
私は正直にきいた。
「名前何だっけ?」
「おい」
皇帝の声が1オクターブ下がった。
うん、さすがにちょっと恐い。
あ、フェイが逃げた。
「ごめんって! だって名前で呼ぶ機会なんかないし、一度聞いただけだから」
「私の名前は忘れていて、クレイの名前は憶えているなんてことはないだろうな」
「ああ、神官さんの名前はクレイさんね。忘れないようにする」
なぜか少し皇帝の機嫌が直ったらしい。
「で、ええと、名前何ていうんだっけ?」
「ジュリアスだ」
ジュリアス、ジュリアス……。
心の中で繰り返し、覚える。
「分かった。ジュリアス様? 一応皇帝だから」
「一応とはなんだ」
「ジュリアスさん? ジュリアス君? それともいっそあだ名がいい?」
「はあ?」
ものすごく嫌そうな顔をされた。
「親近感を持たせるには、あだ名作戦いいと思うのよ。何がいいかな。ジュリー? ジュリ君? アスさん? あっくんとかよくない?」
さらに眉間のしわが深くなる。
えー、駄目?
「名前が駄目なら見た目で……。黒はなし。イメージ払しょくしたいんだから」
「クロって私はペットか」
ペットにするには獰猛すぎるね。
「紫……金……あっ、金ちゃんは?」
ぽんと手を打った。
「はあ?!」
「いいじゃない、可愛くて。ちょっと間抜けな響きがあるところがよし」
「ふざけるな」
「ふざけれないわよ。大真面目に考えてるわ。これも駄目ならいっそオッドアイでアイちゃんに……」
「普通に名前で呼べ」
とうとうしびれを切らしたように決断された。
「ジュリアスさん?」
「呼び捨てでいい」
「……ジュリアス?」
呼び捨てにしていいのかと首をかしげながら言ってみれば、顔を背けられた。
「なんでそっぽ向くの。そっちが呼び捨てにしろって言ったんでしょ」
顔をつかんで戻そうとすれば、体ごと反対を向かれた。
「ジュリアス」
「……服はどうするんだ。早く選べ」
ぶっきらぼうな言い方だ。まったく訳が分からない。
でも多忙な皇帝を服選びだけで長時間拘束するわけにはいかないので、濃い紫のを指した。「軍服っぽくないものを」と指定したため、色は濃いが正統派王子様スタイルの服である。
着替えのため侍女を呼んで来ようとしたら、ジュリアスはおもむろに脱ぎ始めた。
「ちょ、ちょっと! 侍女を呼んでくるから待っててよ!」
「必要ない」
「私は着せ方なんて分からない。手伝えないわよ」
「お前に手伝えとは言っていない。一人で着られる」
おや? 奇妙な物言いだ。
そういえば食事中も、給仕が必要になることはなかった。もし必要なら、いくら給仕が恐がっても逃げてそのまま放置なんてことにはなってないはずだ。
「王侯貴族は召使いに手伝わせるものなんじゃないの?」
「ルイが言っていただろう。私の父は第三王子だ。その息子など、さらにどうでもいい存在。しかも生まれてすぐ、乳母一家に預けられた。預けたというより押しつけたといったほうが正しいな」
結構重いことをさらっと言うな。
「王族としての扱いはされてなかったってこと?」
「この目のせいで、捨てられたわけだ。乳母一家にわずかな金で押しつけた。彼らは私を疎まず育ててくれたが、使用人など置く余裕はない。大抵のことは自分でできるようになった。よって今もあまり周囲に使用人は置かない」
魔王の世話なんて恐くて無理って皆考えてるからお互いよかったね……と言うのはやめた。
本当に気の毒な人だ。見た目で多分に誤解されてるだけだと思う。
「何かかわいそう……。じゃあ、尚更イメージアップがんばらないとね!」
残念ながら私は美女じゃないが、野獣の呪いを解くわけじゃないから勘弁してもらおう。
―――って、それどころじゃなかった!
「だから私がいるのに普通に着替えようとしないでよ!」
慌てて飛び出そうとしたら、止められた。
「そこにいろ。いちいち呼ぶのが面倒くさい」
「羞恥心とかないわけ?」
とりあえず後ろを向くことにした。
終わったというので振り向くと、だいぶイメージの変わった魔王がそこにいた。
うん、服装が人に与える印象って大きいな。
うんうんとうなずく。
ましてこれまで黒しか着なかったジュリアスだ。皆驚くだろう。
「……何か言ったらどうだ」
「いやあ、人って服装でかなり印象が変わるわよね。濃い色ではあるけど黒じゃないから、想定より違うわ。あとは、顔の作りはいいんだから、仏頂面をやめて」
「顔の作りがいい?」
また意外そうだ。
「そうよ? ちゃんとしてれば、美形の域に入ると思う」
「美形……」
すーっとそっぽを向く。
だから何なのだ。
今度こそ逃さず頭を固定し、口の端をぐにっと押し上げる。
「ほら、笑ってみて」
「なぜ笑わねばならんのだ」
「練習よ。イケメンの笑顔は破壊力がすごいの。不機嫌面以外もしなさい」
ジュリアスは不承不承口角をあげた。
だめだ。瞬時に後悔した。
魔王の極悪な笑みにしか見えない。ナチュラルに「お前、処刑」とか言いそうだ。
「あ、うん、ごめん。いいわ。かえって恐い」
「なんなんだ」
「……もうちょっと自然な笑顔作れない?」
「笑ったことがないから分からない」
さらっと言われた。
「え……それは本気で?」
冗談じゃなくてですか。
「冗談を言うように見えるか?」
見えない。これっぽっちも。髪の毛一本ほども。
「いやその、子供のころでもいいから、楽しかったこと、うれしかったことない? そういう幸せな記憶を思い出すと、自然と笑えるんだけど」
「思い浮かばないな」
……本当に気の毒すぎて号泣しそう。
かわいそうすぎる魔王をどうにかして幸せにしてあげよう。私は決意した。
仲人として、お妃を見つけてあげよう。そうすればきっと人生楽しくなるはず。
「うん、無理に笑わなくていい。まずは不機嫌面をやめよう。眉間のしわを伸ばすところから始めようね」
「だから寄せているつもりはない」
「無意識にやってるの。意識して目から力を抜いて。ずっと力入れてたら疲れちゃうわよ。それから剣呑な光も消す」
「そんな光は出していない」
「出してます。少なくとも、姿だけで人を恐がらせるのはやめようね」
だんだん猛獣の調教師みたいな気分になってきた。
「あと、いちいち上から目線の偉そうな物言いも改善が必要。戦争中は厳しい命令口調が当たり前だったんでしょうけど、今やると恐すぎる。もう少しこう、フレンドリーにね?」
「フレンドリー……」
フレンドリーな魔王ってそれはそれで恐いなと自分でも思う。
「ええと、柔らかい口調。ちゃんと相手の話を聞きますよ、相手を尊重してますよって。軽蔑したり、見下したりしない。なんでも頭ごなしに否定するのは駄目よ」
私だって会話は下手だ。だが、それだけに婚活で会話教室とか受講して、知識だけはある。
自分の実践は駄目だったけど……。
その私が人に指導するなんておかしな話だ。でも会社では新人教育係もやらされている。そろそろ三十、そういう立場だからだ。同じようにやってみよう。
うん、新人を教えているんだと思えば気が楽だ。
ジュリアスは意外と真面目に私の話を聞いていた。
「……大体分かったが、実践は無理なものもある」
「全部やれとは言ってないわ。少しづつ改善していきましょ」
「なら、次はお前の方だな」
「私?」
私は何すればいいの?
「任命式の準備があるだろう」
あ、そうか。
「他にもこちらの文化や作法を学んでもらう。今後必要だ」
「それはそうね。新人研修ってことよね。私も必要だわ。だれか詳しい人に教えてもらえると助かるんだけど」
「すでに何人か教師を手配した。早速学んでもらう」
え、今から?
私は勉強部屋のようなところに連れて行かれた。見るからにエキスパートがずらっと並んでいる。逃げてたフェイも戻ってきていた。
「では、後でな」
ジュリアスはさっさと行ってしまった。
新人研修も完全人任せか。
ため息ついてると、エキスパートたちが騒がしい。黒じゃないジュリアスの衝撃が大きすぎるようだ。フェイまで信じられないものを見たという顔をしている。
「……あのー、色々思うところはあると思うんですが、研修お願いします……」
私が頭を下げれば、皆慌てて背筋を伸ばした。
☆
一日中みっちりしごかれ、夜はぐったりしてベッドに倒れこむ日々が続いた。
この新人研修、結構ハードだわ……。
貴族のお姫様って大変なんだな……。彼女たちが何年もかかって学ぶことを短期間で詰め込んでるから、何倍も大変なのだが。
言語に関しては、こちらの世界はどの国でも共通の言葉を使っているということで楽だった。
歴史も地球のと似通っている部分が多く、原案製作の仕事で前知識があった私はさほど苦労せずに済んだ。
マナーはちょっと大変。食事のマナーが特にそうだが、これも右利き用に考えられている。左利きにはやりづらい場合もあるのだ。
つくづく両利きになっておいてよかったと思う。
これが最大の力を発揮したのは刺繍の授業の時だった。貴族令嬢は刺繍が嗜みと言われてやったが、私は箇所によって使う手を変えられるのでどんな模様でも楽にできる。
どちらの手も使ってやる様は驚かれ、「器用ですね」と言われた。自分としては無自覚にやっているから逆にこっちが驚いた。そういえば中学時代も言われた気がする。
反対にやりにくかったのは音楽だった。歌はまだどうにかなっても、楽器が駄目。
だってさ、やっぱり右手を使うにはそれなりの集中力が必要なのよ。ピアノのメインパートである右を弾いていると、そっちに必死で左が動かないのだ。
ヴァイオリンも右で弾くもの。左利き用の楽器があるのか逆にきいてみたい。
……という言い訳で、はい、無理です!
ダンスも先生の足をさんざん踏みまくり、平謝りした。
報告を受けたのか、夕食の時ジュリアスにきかれた。
ちなみに食事だけはどんなに忙しくても一緒にとっている。私にとってはテーブルマナーを覚えたかの実践で、ジュリアスにとっては一人寂しい食卓にならないと利害が一致している。彼本人は独りでも構わないらしいが。
「あうう……誰だって苦手分野はあるじゃない。何でもできる超人なんていないわよ。ジュリアスだってあるでしょ?」
「ない」
できる超人、ここにいた。
「嘘おっしゃい。人との接し方は苦手じゃない」
「……ああそうか。もう一つ不得手なことはあるしな」
「もう一つ? 女性との接し方?」
「…………」
「大丈夫よ。あなたのことを分かってくれる女性はきっといるから。結婚相談役として、ジュリアスのお妃問題は最も取り組まねばならない問題だと思ってるの。きっとお妃を探してあげるから!」
ジュリアスは微妙な顔でコーヒーをすすった。
「あ。その顔は信じてないわね」
「……別に。ところでダンスは私が相手をしてやろう」
「ええ?」
眉を跳ね上げた。
「絶対やめておいたほうがいい。それに暇じゃないでしょ」
「任命の後、ダンスをする必要がある。主君として私はお前と踊る義務がある」
「慣れておかないといけないってこと? ……後で後悔しても知らないわよ」
予想通り、ステップを間違えて魔王の顔を苦悶で歪ませるという前代未聞の事態を引き起こした。
「だから言ったでしょー!」
私はちゃんと警告したではないか。
「ごめんね。アザになってない?」
足見せて、と言ったら平気と返されたが無傷なわけはない。
「私の体重が重いのは分かってる。いいから見せて」
シンデレラさんにローヒールの靴を作ってもらったからハイヒールほどのダメージはないはずだが、それでも私の体重をもろに受けるのはきついはず。
無理やりソファーに座らせ、聞き分けのない子の面倒をみるように靴を脱がせる。
「やっぱり赤くなってるじゃない」
フェイに薬や包帯を持ってきてもらおうとすると、
「これくらい自分で治せる」
ジュリアスが何やら呪文を唱えると、すうっと赤みが引いた。
ああ、回復魔法か。
「すごい。本当に魔法なんてあるのね」
「これくらい大した魔法ではない」
「いやいや、十分すごいわよ。こっちの世界だって、全部の人が使えるわけじゃないんでしょ?」
「まぁそうだな」
羨ましい。
ジュリアスが何やらボールみたいなものを出した。白熱電球くらいの大きさで白い。
「何これ?」
「魔法を使ってみたいと言っていただろう。あらかじめ術式を組みこんであるアイテムならだれでも使える」
「これがそうなの?」
手の中で転がしてみた。ガラスのようで、まん丸い。
「それはただの明かりだ。やってみろ。『明かりよ、ともれ』と言えばつく」
「明かりよ、ともれ」
ボールはぱっと光を放ち、宙に浮かんだ。
「ついた!」
私は子供みたいにはしゃいだ。
スイッチをひねって明かりをつけるのと同じだけど、楽しい。
「放っておけば、封入してある魔色が切れるまで光り続ける。消したいときは消えろと言えばいい」
「消えろ」
しゅんっと光は消え、ボールが落ちてきた。
「へえー、面白い。どういう構造になってるんだろ」
「こんなもので喜ぶのは子供くらいのものだがな」
「いいじゃない。私の世界には魔法がなかったんだもの。他にはどんなものがあるの?」
「大きなものでは公共交通手段としては小型の乗り物をつなげた列車がある」
「こっちの世界でいう電車ね」
「冷蔵庫や洗濯機、照明、テレビ、通信機といったふうに人々の生活を支えている」
通信機はスマホみたいなものかしら。
ジュリアスは今度は小箱を取り出した。
「フェイが言うには、これは今ちまたで女にはやっているものだそうだ」
ピンクで可愛い花柄。大きさは五センチ四方くらい。
「これはどうするの?」
「『開け』と言えばいいのです、エリー様」
壁際に控えていたフェイが言う。その通りに言ってみたら、フタが開き、中からたくさんの花が飛び出した。香りも広がる。
「綺麗……!」
部屋中に花びらが舞う。一枚つかもうとしたら、すり抜けた。
あれ?
「それは幻なのです。でもとても綺麗ですよね」
「ええ。それに、すごくいい香り」
「アロマなんです。色んな種類がありますよ。リラックス効果があるもの、眠気覚まし」
「へえ、素敵ね」
眠気覚ましは欲しいな。遅くまで残業してる時に……って、あっちの世界には持ちかえれないけど。
花びらも幻なら片付けもいらないし、これは売れるの分かる気がする。
「『親指姫』の人気商品なんですよ」
「……親指姫?」
というとあの『親指姫』か。
「はい。花の妖精の王妃なので調合が上手くて、アロマや香水のお店をやっているんです」
あの話の親指姫で間違いなさそうだ。
箱の中にはハート型のフラワーアレンジメントが残っていた。
「香りは数日で消えてしまいますが、中のフラワーアレンジメントは消臭剤として一か月くらいもちますよ」
「本当? 部屋に飾っておこうかしら。見た目も可愛いし」
ジュリアスは「好きにしろ」と言っただけだった。
部屋に置きに戻ったら、ついでだと式典用ドレスの仮縫いをさせられた。
白くてレースがふんだんに使われ、品のいいデザイン。どこかウエディングドレスを彷彿とさせるが、これがこちらの流行りだそうで、ルイさん一押しの品だという。
持ってきたお店のメンバーにはシンデレラさんもいて、デザインについて力説していた。半分も理解できなかったが、適職が見つかってよかったと思う。
なお、ドレスが白なのは最初巫女として扱われたことから聖職者に準ずる扱いということで、聖職者のカラーである白になったという。
「―――でですね。私、結婚することになったんです」
「そう。――――――って、え?!」
機械的に相槌うってた私はものすごい勢いで振り向き、「針が刺さりますよ!」と怒られた。
舞踏会で靴を落としてないし、カボチャの馬車も出てきてないけど?
「相手は?」
「いやだ、今言ったじゃないですか。チーフですよ」
「ルイさん?!」
『裸の王様』と『シンデレラ』がくっついちゃった?!
まさかのオチ、パート2。
シンデレラさんは目をキラキラ輝かせている。
「チーフはやっぱりすごいです! ファッションへの愛が世界一! デザインもすばらしくて。尊敬します。そんな方のお嫁さんになれるなんて、夢みたいです。エリー様には本当に感謝しかありません!」
ルイさんからという手紙を渡されたので開けてみたら、「セニョリータに最上級フラメンコ。サンバカーニバル」という訳分からないことが書いてあった。感謝という意味だろうとどうにか解釈した。
「ありがとうございました!}
がしっと手を握られる。
……ああ、私、魔法使いのおばあさんの役どころだったのね。
落としてないけど靴がきっかけなのは同じだったか。
「ほう。ルイが結婚か」
ジュリアスの声がしたので驚いて見れば、ソファーにいた。
ちょっと、いつからいた?! 着替えるからと外に追い出したはずだ。
睨みつけてみても無視された。
「陛下にもチーフから手紙です」
「いらん。どうせ意味不明なことが書いてあるに決まっている」
ジュリアスはいとこの手紙を受け取り拒否した。
「早速相談役としての仕事が上手くいったようで何よりだな」
「いや……私、そのつもりでやったわけじゃないし」
「結果が出ればいい。ルイは色々あったが、仮にもかつて王だった男だ。盛大な式にしろ。エリーの手柄と知らしめる狙いもある」
「はいっ! もちろんやらせて頂きます」
シンデレラさんは幸せそうな顔で笑っていた。
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