第3話仲人は城に住み込みだそうです
「ところで、お前名は何という?」
皇帝が藪から棒にたずねた。
「今さら言う?」
「すぐ帰る人間の名など覚えても仕方なかろう。が、臣下になるなら覚えてやってもいい」
だれが臣下だ。
「ちょっと待って。確かに私は役職もらったけど、家来になったわけじゃないから。まったく別の世界の人間なんだからね。あくまで外部のアドバイザー。立ち位置はしっかりさせてもらうわ」
「ますます面白い女だ」
面白くなくて結構。
「で、名は何という?」
「鷹橋絵梨よ」
日本人の名前は分かりにくかったみたいだ。
「どこからどこまでが名字だ?」
「タカハシが名字。エリが名前」
「エリーか」
「絵梨」
「エリーだな。その名で辞令を出しておく」
だから人の話を聞きなさいよ。最後伸ばすな。
きいてはくれず、私の名前は「エリー」になってしまった。発音しにくかったのかもしれない。
もういいや。どうせ長くはいないんだしとあきらめた。
「ではエリー、ついて来い」
「え、どこへ?」
急な話に頭がついていかない。慌ててると神官が補足してくれた。
「あなたの住居を手配します。宮殿の方におこしください」
「え 衣食住の保証してとは言ったけど、住み込みまんて聞いてませんよ?」
詳細な勤務形態は募集要項に書いておけと。
「警備上もそのほうが都合がいいのです。異世界から来たあなたはみなに注目されています。中にはよからぬことを企てている者もいるかもしれません。そういう連中から守るため、宮殿内のほうが安全です」
納得しました。
「こっちの世界も色々あるんですね」
「平和は平和ですよ。陛下がにらみをきかせてますから。ただ異世界から来た人間というのは非常に珍しいので、余計なトラブルに巻き込まれぬようにと思いまして」
「分かりました。お言葉に甘えさせていただきます」
神殿から宮殿までは車ですぐだった。
車といっても自動車じゃない。この世界に機械はない。ドラゴン車だ。
「ど、ドラゴン?!」
真っ黒い竜は本気で恐かった。こんなの野生と遭遇したら、捕獲して素材とって武器作るぜなんて思わず速攻逃げるわ。
だって象より大きいし、東洋の竜じゃなく西洋のドラゴンだ。しかもこれで小型種だという。
大型だと街中では使えないというしごくまっとうな理由で小型ドラゴンが車を引いている。どう見ても魔王の乗り物だ。
「これに乗ってるせいもあるんじゃないの? みんなから恐れられてるのは」
「有事の際にそのまま戦車として使えるからちょうどいい」
まず意識改革が必要なようだ。
「戦争は終わったんでしょ? もう常に武器を傍に置く必要ないんじゃない?」
「ではドラゴンはどうする。野に放つか?」
「……あ、そうか。なら、観光事業か輸送に転用したら? ドラゴンに乗って周遊ツアーとか……ん、これ楽しそう」
まさに異世界って感じだ。
「もしかして、この世界じゃドラゴンは普通の交通手段?」
「まさか、一部の特権階級しか使えませんよ。扱いが難しいですし、基本的に戦争時の兵器って扱いですから」
「じゃあ平和利用しないと」
皇帝は考えてから、
「観光事業か。収入増が見込めるし、いいだろう。だが王族がドラゴンを利用するのは習慣だ」
そういう文化なのね。それなら尊重しましょう。
「ならいいけど、もう少し装飾を明るめにした方がいいと思う。今のままじゃドラゴンも車も黒で、どう見ても死神の馬車だって。子供が見たら泣くよ」
「実際、通りすがりの子供が泣いてます」
ほら。というか、分かってるならもっと早く改造しなさいよ。
「カラフルにしろとは言わない。文化や風習、品位には配慮したうえで、人を怖がらせないデザインにしろって言ってるだけよ」
「そういうものか」
そういうものです。
戦争時は見ただけで兵をビビらす装飾が必要だっただろうが、平和な時代には必要ない。
今日はどうしようもないから、そのまま黒塗り魔王の車に乗った。さすが王族用だけあって中のクッションはふかふかだし、質がいいのは分かるけど、全部真っ黒じゃテンション上がらない。
しかも目の前には強面の魔王ときた。
神官はどこ行ったのかと思えば、別のに乗っている。これは皇帝専用なので乗れないそうだ。あっちは聖職者用でペガサス。私もそっちに乗せてくれ。
黒以外の色を見たくて窓の外を見た。
……ほんとに異世界だ。
建築様式は中世ヨーロッパが主だけど、アラブも混じってる。シンデレラや白雪姫の世界とアラビアンナイトがごっちゃになってる感じだ。
空には見たことがない鳥や獣が飛び、モンスターを狩るゲームもかくやという風景。狩り放題なのだろうが私は遠慮する。
植物も見たことのない種がちらほらあり、地球温暖化とは無縁らしく緑は多い。
ここでしばらく暮らすのか……。
不安がないと言えばウソになる。知ってる人はだれもいない、何も知らない世界なのだ。私の常識は通用しない。
でもどうしようもないし。
私は景色を眺めながら腹をくくった。
言葉が通じて、衣食住が保証されてるだけよかったじゃないか。
帰れるようになるまでの間、休暇のつもりでこの世界を楽しむのも一興だろう。
なるべくプラスに考えてると、城へ着いた。
城は中世ヨーロッパスタイルだった。これは今の皇帝が建てたわけではなく、戦争前の王国時代からあったものだから石造りの荘厳な城である。
中は程よく美術品が並び、品のいいインテリア。完全にヒストリカルの世界に迷い込んだようだ。
城内の一室に私は案内された。
……客間って言ったよね。ケタが違うんだけど。
どこのホテルの高級スイートルーム化と思った。アンティーク家具の数々。高そうな絨毯。この部屋だけで私のアパートの部屋どころか一棟丸々入る。
と思ったらここは居間で、寝室や他にも部屋があった。そんなに何に使うのか。
バスルームもバスタブだけでこれまた大きい。水道光熱費が恐い。
そこらに無造作に置かれてる美術品も、何かあったら弁償できない。一切触らず、近寄らずひっそり暮らそう。
金持ちヒーローのお屋敷に連れてこられたヒロインはこんな心境だったんだろうな。やはり体験するとすごい。これは貴重な資料として今後の捜索活動に生かさせてもらおう。
「えーと……間違いではなくて、本当に私ここで暮らしていいんですか?」
「はい。来賓ですから。それからもちろん侍女もつけます」
ずらっとお仕着せ姿の女性たちが出てきた。正統派の上品なメイド服。
「いえあの、それはけっこうです」
「でも一人もつけないわけにはいきませんよ? 城内の地理も分からないでしょうし」
それはそうだ。一人だけというところで妥協した。
何人かつけたかったようだが、そんな生活には慣れていないと押し通した。
私につけられたのは神官の妹フェイというベテラン侍女だった。なんと私とそう
代わらない年なのに筆頭女官だという。そんな人材を私なんかにつけていいのか。皇帝の世話は。
「よろしくお願いします」
頭を下げたら、敬語はやめてくれと言われた。立場上私のほうが上だからと。
でも役職は便宜上で一時的なものなので、私に敬語を使うのもやめてくれと言ったら、仕事だからそれはできないと言われた。
フェイはさっそくきびきびと動いた。
「日常生活に必要なものはたいていそろっております。ただ、服だけはまだです」
ああ、そうか。サイズがあるものね。
私は今着ているドレスをつまみ、
「サイズが分からないなら、これはどうしたんですか?」
「お召しになっていた異世界の服を計り、着られそうなものを急きょ持ってきたと聞いております」
着ていた服はきれいに選択され、クローゼットにしまわれていた。
「最低限数着は用意しておきましたが……好みもあるかと思うので。どうします? 仕立て屋を呼んで作らせますか?」
「そうしろ」
答えたのは私じゃなく皇帝だった。ちょっと、本人の意見ガン無視か。
私は急いで首を振る。
「いいって。私はこの国のお金を持ってないんだし、元々質素な生活が好きなんだから。そんなにお金かけたくない」
このドレスだって贅沢すぎると思ってる。
「お前にみすぼらしい服を着せるわけにはいかん。国の威信に関わるからな。金のことなら心配ない。昨日の礼金として払っておこう」
侍従が包みを持ってきた。中には金貨が山盛り入っている。
え、ええー……これ本物の金?
貨幣価値がどれくらいだか分からないから一概には言えないけど、地球の感覚で言ったらかなりの金額だ。
「こっちの世界だと金って価値低いの?」
「そんなことはありません。希少価値が高いですよ。この量だとざっと四百エンくらいですか」
この国でもお金の単位はエンと言うらしい。ただし漢字ではなくカタカナ。マークは『¥』で、これは同じ。
そういえば言語も日本と同じだ。文化は外国なのに、これいかに。
しかし日本の一円=こっちの1エンかどうか分からないから、貨幣価値を確認しておく必要がある。
「あの……できれば街の洋服屋で買ってみたいのだけど」
神官兄妹は首をかしげた。
「貴族は仕立て屋を呼んで作らせるものですが」
「私は貴族じゃないわ。それに、庶民の結婚率を上げたいなら、一般人の暮らしを知って奥必要があるでしょう? それには実際街中に出て買い物してみるのが一番手っ取り早い」
価値がわかってからこの礼金は受け取るかどうするか決めよう。
なるほどと皇帝がうなずいた。
「分かった。ならば行くか」
「えっ? あなたも行くの?」
皇帝でしょ。公務とかあるんじゃないの?
「部下に任せておける。それに視察は大事だ」
「あら……結構真面目にやってるのね」
「私をなんだと思っているんだ」
「極悪非道、傲岸不遜の魔王に見えた」
正直に言ってみたら、不快そうに顔をしかめられた。さらに凶悪そうな面構えになる。
でもそれだけだった。
意外と根はいい人なのかもしれない。
見かけが恐いだけで。戦争を終わらせて国を一つにまとめあげるには、必要以上に強く恐い王が必要だったのかもしれない。それが抜けないのだろう。
「街中に出るなら、もう少し動きやすい服がいいんだけど……」
ようするに地味なのがほしい。
クローゼットを見たら、今着てるのが一番地味だった。これで地味って。
服を買いに行くのに服を用意してもらうのは気が引ける。これで行くことにした。
神官は仕事があると帰り、残りは同行するという皇帝の服装だ。
「黒以外のを着なさい」
「持っていない」
本気か。
本気だと分かったのは、皇帝用の服がしまわれている部屋に連れて行って見せてもらった時だった。
部屋一つがクローゼット替わりという点には触れないでおくことにする。もうツッコミが追いつかない。
ずらっと並んでいたのは黒一色。一瞬「明かりつけて。暗い」と言いそうになったらちゃんとついていた。
黒のマント、上着、ボトムス、靴。剣、鞭。
唯一白なのはシャツだけだ。
つ、使えない……。
こんなアイテムでどうやって着まわしていたんだ? みんな同じにしか見えない。と思ったら本当に同じものばかりだった。
「せ、せめて上は白のワイシャツっぽいのにアウターって組み合わせにできない?」
体の上からあててみた。あまり変わらない。魔王がヤクザの若頭になっただけである。
「と、とりあえず着替えて。あんまり変わらないけど、少しはマシだと思う。庶民にはまったく見えないけどね……」
というか、カタギに見えないというか……。
「やっぱり仕立て屋呼んで、色味のあるもの作ってよ……」
「お前がそこまで言うなら作ってやってもいい」
フェイが驚いてた。
彼女は乳兄弟である神官の妹のはずだ。小さい頃の皇帝を知っているのにこうということは、昔から黒しか着なかったのだろう。
皇帝が大人しく上を取り換えたから、さらに仰天していた。
私と並ぶとヤクザの若頭を連れて街歩きに出た感じになった。
私は姐さんか。
☆
幸いなことに城下町は城の正門前から始まっていて、ドラゴン馬車は使わずにすんだ。
警備上の問題はどうしたのか、仰々しい警護はなく、数人の兵がついてきただけだった。
「陛下がいらっしゃれば安全なので」
フェイが絶対の自信をもって言う。そんなに強いのかときいてみたら、戦争中のおどろおどろしいエピソードを聞かされそうになったのでやめてもらった。
スプラッタは苦手だ。
少なくとも見かけだけでたいていの悪人は寄ってこないだろうし、問題ないだろう。
フェイの道案内で大通りを歩く。
街はにぎわっていて、物も豊富だ。豊かで平和な国と分かる。
野菜も果物も新鮮で、ほぼ地球と同じものだった。
さりげなくリンゴ一個の値段を見てみたら、日本と同程度の金額だった。一応珍しい果物でないことも確認した。
どうやらこっちの世界のエンと日本の円は大体同価値らしい。
……ってことは、あの金貨、四百万円?!
ちょ、私の貯金額いくらだっけ?
「あの礼金すごく高いんじゃないの? やっぱり返す!」
「もう渡したんだからお前のものだ。元の世界へ帰れなくなった賠償金の意味もある」
「そのうち帰れるんでしょ。食費と光熱費がかからないなら、そんなに使わないわよ」
帰る時はトラブル防止のため、この世界のものを持って帰るつもりはない。
「いいからもらっておけ」
返金は無理らしい。まぁ、帰る時に置いていけばいいか。
「まず一番人気の服屋へ行きましょう。こちらです」
そこは大きな服屋だった。カジュアルで安価、庶民も気軽に着られる服を売っている、はやりの洋服屋だそうだ。
さすがにTシャツやジーパンは置いていない。せいぜいワンピース。それも現代風ではなく中世風のものだ。
私はファッションセンスが皆無である。シンプルでスタンダード、可もなく不可もなく、たいていの人に合う普通のものでいい。
店員さんにきこうと思ったら……あれ、いない。
気づけば他の客と隅に逃げてた。
原因は言うまでもなく背後の男だ。
「あのね、周りを威圧するのやめてもらえない?」
「していない」
「無意識か。笑えとは言わないから、せめてにらむのはやめて」
「にらんでいない」
思い切りにらんでるよ。
応急処置として手近にあった男性用の帽子を取り、深くかぶらせた。凶相を少しでも隠す。そうするとだいぶ見た目が楽になった。
「よし、これかぶってて。すみません、これ買うんで、お会計の時一緒に清算してください」
「は、はい、分かりました」
店員さんも助かったようで、必死にうなずく。
ここまで恐がられると逆にかわいそうだ。
騒ぎを聞きつけ、オーナーが出てきた。
「おーっ、ジュリアスじゃないか!」
親し気に皇帝に話しかけるのは半裸の男性だった。
上半身はインナーなし。ジャケットひっかけてるだけ。腹筋がきれいに割れてるマッスルボディだ。
動きもなんだか情熱的。というかマラカス持って踊ってる。
チャカポコチャカポコうるさい。
フェイがそっとささやいた。
「店のオーナー兼デザイナーのルイ様です。陛下のいとこで、前は王様でいらっしゃいました」
「え?!」
どういうこと?
「帝国は陛下が戦争を終わらせて作った新しい国です。その前は王国でした。ルイ様はその最後から数えて二番目の王様です」
「ああ、君がうわさの異世界の人か。初めまして、セニョリータ」
前の王様が近づいてきて、優雅にあいさつする。
全然似ていない親戚だ。
「その通り。僕が二代前の王様さ。服が大好きで、政務をほったらかしにして服集めしてたバチがあたって、二人組の詐欺師にだまされちゃってさー。バカには見えない服を作れるって言っててね」
ん? それはもしや。
「パンイチで城下をパレードして、『裸の王様』って大笑いされたよ」
やっぱり『裸の王様』だった。
え、『裸の王様』ってこんなラテンな人だったのか。そして若い。
華麗にフラメンコを踊っている。そして皇帝はいとこを無視している。
「責任感じて王位をおじに譲ったんだよ。父の弟、ジュリアスの父親の兄。僕らの父親は三兄弟でね」
父の弟、皇帝の父親の兄……ちょっと待って、家系図をかくのが間に合わない。
「でもこの人が、言っちゃ悪いけど無能だった。たちまち周辺諸国に攻め込まれて戦争になって。見かねてひきずりおろして権力握ったのがジュリアスさ」
マラカスをくるりと回して皇帝を指す。
「そこからは快進撃。あっという間に逆転して併合、帝国のできあがりさ。その鬼神のような戦いぶりからついたあだ名が『魔王』ってわけ」
ぴったりだと思う。
「退位後の僕は、元々興味のあった服を自分で作るようになった。自分で作ればだまされることもないし? ブランド名はだまされたことを逆手にとって『裸の王様』さ」
「はあ……すごいですね」
見た目も。黒ずくめの魔王の隣にラテンの陽気なカラフル半裸男ってすごい構図だ。
皇帝はいとこをゴミでも見るような目で眺めてる。
「セニョリータには異世界のファッションについてききたかったんだ! ぜひ教えてほしい」
「いや、あの……私、ファッションは興味なくて全然詳しくないから……」
差し出された手を荒っぽく振り払ったのは皇帝だった。
「ルイ」
一言。
一言がこんなに重いの初めて聞いた。
『裸の王様』はぎょっとしてターンし、すばやく下がった。
「そ、そういうことか」
? なんのことだろう?
ルイさんは慌てて両手をブンブン振ってる。
「僕は服以外興味ないから! 安心してよジュリアス!」
「それならいい」
二人的には話が通じているらしい。
「と、とにかく奥の個室へ来なよ。採寸もするんだろう?」
ルイさんは私達を奥の個室へ案内した。
☆
「それで、セニョリータはどんな服を探しに来たのかな?」
「シンプルなものでいいんです。簡単に着回しがきくのを数着」
ストップをかけたのはフェイだった。
「お待ちください、エリー様。まさかそれだけしか用意なさらないおつもりで?」
「え? ええ、だってそれで十分でしょう」
会社は制服だったし、通勤時も数着を使いまわしていた。普段着はTシャツジーパンという女子力ゼロなものばかり。それで事足りていた。
が、こっちの世界では勝手が違うらしい。フェイの侍女魂に火をつけてしまったようだ。
「いけません! ルイ様、プロの目から見てエリー様にふさわしい最新流行のドレスを最低三十は用意してください!」
「さ、三十?!」
三の間違いじゃなくて? 桁がおかしい。
「一日一着として、全部着るのに一か月かかるじゃない。……あ、こっちでも一か月は三十日か三十一日で、一年は365日でいいのかしら」
「貴婦人としては少ないほうです。こちらでも一か月と一年はそうです」
両方の質問にすばやく答えるとはさすが有能侍女。
偉そうにふんぞりかえった皇帝が言った。
「三十着今買っていく。用意しろ。あと柔は作れ」
「作る?!」
「まいどあり~♪」
私の抗議は受け付けず、さっさと採寸されてオーダーされてしまった。
しかも皇帝がなんだが注文つけまくっている。ここはこうしろだの、ああいう生地を使えだの。
人に服になにをこだわってるのか。いとこだけあって、彼も服に興味があるのだろうか?
いや、ないな。
すぐ打ち消した。そうだったらいつも同じようなのばっかり着てないはずだ。
「なんで人の服に細かく注文つけてるのよ」
「お前は相談役の仕事があるだろう。その時にふさわしい格好でないと、見くびられるぞ」
……あ、なるほど、仕事着か。
つまり制服。国家の威信をかけたプロジェクトにふさわしい格好でないと恥をかくのは自分という訳だ。
「分かった。仕事着ね」
「…………。とにかく黙って着てろ。代金はこちらで負担する」
「支給された制服なら着るわよ。ただし黒ずくめはお断りだからね」
ささっと『裸の王様』が描いたデザイン画を見せてもらうと、黒ではなかった。むしろ白や赤、青などカラフルなものばかりだ。
なんだ、ちゃんと黒以外も使えるんじゃない。
ルイさんにきいた。
「あの、男物も作れます?」
「作れるけど?」
「じゃ、皇帝用のも作ってください。ただし黒以外で」
『裸の王様』はヒュウと口笛を吹いた。
「おっ! いいねえ! ずっと前からジュリアスには黒以外も着てもらいたかったんだー」
「おい」
「ジュリアスって強面だから分かりづらいけどイケメンだから、着せたい服はいっぱいあるんだよ。デザイナーとしてはいい素材だよね! 実は描きためてきたのがあるんだよ、断られっぱなしで実現しなかったけど」
瞬間移動したのかってくらいすばやくスケッチブックを持ってきた。
「これとかこれとかこれとか……あああ、インスピレーション爆発! 燃えてきたァ―――!」
メラメラ燃えがってる。消火器どこかな。
天才って概して変人だときくが、その通りだと思う。
皇帝は絶対零度の視線を向けてたけど、腕は買ってるんだろう。「派手にするな」「落ち着いたデザインにしろ」と言うくらいだった。
そんなわけで私のドレスと皇帝の服の注文はすんだ。
インナーに関してはさすがに恥ずかしいので、フェイが手配してくれることになった。
バッグや宝飾店はと言われたけど断り、代わりに本屋へ連れて行ってもらった。
「うわあ、すごい」
こっちの世界にも印刷技術はあって、紙の本が普及していた。魔法によるいわば電子書籍もはやりらしい。
マンガはないものの、小説なら現代日本と遜色なかった。
「変な女だな。装飾品も宝飾品もいらないのか」
「どうして必要なのよ? 私は美人じゃないし、合わないの知ってるもの。それより本がいい。これだけ小説が存在するなら、私がネタ出しして、文章の上手い作家さんに書いてもらうことができるかも。私、元の世界ではお話を作って、それをプロに渡して描いてもらってたのよね」
「そういう仕事をされてたんですか。こちらの世界でもできると思いますよ。ご自分で書かれないので?」
私はきまり悪そうに、
「下手でね。せっかくだから、売れ筋の小説いくつか買っていこうかな。研究材料として。こっちの世界の女子が好きなパターンが分かれば、仲人の仕事に使えるでしょ」
「参考資料なら経費だな。こちらで出す」
いやいや、いいよ。と言ったのに皇帝が支払った。
そして疲れたから休憩と言って、カフェに連れてかれた。今、城下で一番人気のスイーツ店だそうだ。
先に予約を入れていたらしく、席が確保されていた。皇帝だから権力使ったのかな。
でも女性ばっかり集まってるスイーツ店に魔王がいるって微妙……。
なんでこんなかわいいお店選んだんだろう?
ものすごい違和感ぶりで、周りからチラチラ見られてる。それでも大っぴらでないのは、皇帝が恐いからだろう。
「好きなだけ注文しろ」
「いや……うん。いいのかな……」
迷ったものの、他のお客さんが食べてるのがおいしそうで、つい色々頼んでしまった。
山盛りのスイーツが運ばれてくる。ショートケーキ、タルト、マカロン、チーズケーキ、チョコケーキ、etc。地球と同じだ。
「おいしーい♡」
素材も味付けも似ている。懐かしい。
本当に食文化は変わらなくてよかった。比較的素直に環境に順応できてるのはこれが大きいだろう。
いやいや、食事って大切よ?
一人暮らしだったから、普段は適当かつ節約の自炊だったけどね。たまに自分へのご褒美として奮発してスイーツを買ってきていた。それでもこんなには食べられなかったから、幸せ。
もぐもぐ食べてたら、皇帝はなにも食べてないのに気付いた。
コーヒーを飲んでるだけ。もちろんブラック。
自分は食べないなら、なんでこの店に連れてきたんだろう? てっきり実は甘党の乙女男子かと思った。
「……食べないの?」
「食べない」
照れくさくて我慢しているというふうではない。
「甘いものは好きじゃないんだ? 辛党?」
「特に好き嫌いはない。が、そういう女子供が好きそうな形のものは好きではない」
ますますなぜ来たのだ。
嫌なのは見かけの問題か。確かに魔王がスイーツ食べる図って想像できない。血の滴るなにか食べてそう。
「味は平気なんでしょ? なら、食べてみなよ」
まだ手をつけていない一皿を押しやった。
「こういうもの食べてるって知ったら、少しはみんな恐がらなくなると思うよ」
不良が猫に優しくしてるの見て、「いいやつじゃん」って思うのと同じ原理だ。
皇帝は相変わらず眉間にしわをよせている。
「……食べさせろ」
「はあ?」
よく分からない要求に?マークが浮かぶ。
「お前が食べさせるなら食べてやってもいい」
なぜいちいち偉そうなのだ。
ようするに自分で食べるのは恥ずかしい。でも私が無理やり食べさせてる体なら仕方ない食ってやろうというわけか。
まったくめんどくさい男だ。
ただ恥ずかしいのは分からなくもないので、使っていないフォークで小さく切り、差し出した。
「はい、あーん」
特に意識して言ったわけではない。小さい子供に食べさせるつもりで言っただけだ。
ガブリと噛みついたのは皇帝。大型肉食獣だな。
周囲がぎょっとしてるのが分かる。声にならない悲鳴が聞こえた気がした。
そりゃそうだろう。だれもが恐れる魔王が、かわいいケーキを子供みたいに食べさせられてるとか。
フェイすら唖然としている。
よしよし、イメチェン計画進行中。
「どう? おいしいでしょ?」
「……食えなくはない」
「素直においしいって言いなさいよ。ほら、もう一口」
ガブリ、ガブリ。ライオンに餌付けしてる飼育員の心境だ。
ライオン……じゃなかった、皇帝は結局一皿完食した。
パチパチ。拍手して褒める。
「よくできました」
「私は子供か」
「みたいなもんじゃないの。図体だけは大きい子供。ライオンかトラみたい」
「ライオン型の魔獣ならペットにいるが、見るか?」
謹んで辞退した。
「見なくていい。ていうか、魔獣をペットにするのやめなさいよ。だから恐がられるのよ」
「野放しにしておくわけにはいかんだろう」
「今飼育できてるってことは、世話できる人がいるってことよね? どこかに動物園を作って、そこで飼えば? オリの中に入れるんじゃなくて、こう、のびのびと暮らしてる解法的な感じにするの」
日本にはそういう動物園がある。
「火を吹いたりするから客が危ないぞ」
「周囲をバリアで覆えば? そういう魔法ないの? 気性が荒くなくて安全な魔獣は、ふれあいコーナーとか作ってさ。芸を仕込めそうなのにはショーをやってもらう。魔獣が何を食べてるか知らないけど、餌代だってタダじゃないでしょ。税金で食べさせてるんだとしたら、不満が出るわよ。自分たちで食い扶持くらい稼がせたら」
働かざるもの食うべからず。
「ふむ……つくづく面白い発想が出てくる女だな。お前の世界ではそれが当たり前だったのか?」
「私の世界には魔法はないし、魔獣もいないわよ」
さすがの皇帝も驚いたらしく、わずかに目を見張った。
そう言えば、そんなこと一度もきかれなかったな。むしろ魔法に驚くことに驚かれた。
この世界の人にしてみれば、魔法はあって当然のもの。ない世界という発想がないに違いない。
私達の感覚で言うなら機械。機械が一切ない生活は考えられないのと同じだ。
「魔法がないだと? そんな世界があるのか。どうやって暮らしていけるのだ?」
「機械が代わりをしてるのよ。機械って言って分かるかな」
「この世界にもあることはあるが、ほとんど使われていない。魔法で事足りるからな」
「ああ、そうなんだ。地球では機械が高度に発達してて、人々の生活を支えてるのよ」
「ふむ。お前がこの世界にあまり違和感を覚えていないようだったから、さほど変わらないのだと思っていた」
「ある程度は共通点があるからだと思う。服装や文化は『古い』って感じかな。私が暮らしてたのより千年前はこういうのがあったって歴史の授業で習ったし」
ドレスをつまんでみせる。
「千年……」
「私の時代は全然違うわよ。もっと機械化された文明。服装もドレスじゃなく、機能性特化。機械じかけの車や電車が街中を走り、空は飛行機が飛んでる。魔獣はいないし、ペットは犬か猫よ」
「平和な世界なのだな」
私は皮肉に笑った。
「そうでもないかも。絶えず世界のどこかで戦争は起きてるわ。機会が発達してる分、大量破壊兵器も存在するしね。今の日本は平和だと思うけど」
マカロンを口に放り込んだ。
「まぁそんなわけだから、魔法がない世界から来た私は魔法が使えない。それは覚えておいて」
「そういうことならおいおい教えてやろう」
「え、私でも使えるの?」
魔法って生まれつきの才能じゃないのか。
「もちろん使えるかどうかは生まれつきだ。この世界でも全ての人が使えるわけではない。一部の人間だけだ。だが、あらかじめ魔法を組みこんである魔具なら使えるだろう」
「ほんと?!」
やった、うれしい。
魔法が使えるなんて。これで私も魔法少……女じゃなかった、年齢的にアウト。魔法おばさん。ああ、いや、魔女でいいや。長い鼻で怪しげな液体煮詰めて「イーヒヒヒ」って言ってるイメージのあれ。
「食べ終わったか? 行くぞ」
私が食べ終わったのを見て、皇帝が立ち上がった。
「他に見てみたい店はあるか?」
「んー、食料品店は見たから、あとは雑貨屋と手芸材料店に行きたい」
「行ってどうするんだ」
「うるさいわね。雑貨屋さんをブラブラ見て回るのは、女性は好きなの。手芸材料店は単に私の趣味」
才能はまったくないが、ちょっとしたものを作るのが好きなのだ。人にあげたりするわけではなく、あくまで使うのは自分なので、出来が悪くても問題ない。
「そうか」
雑貨屋めぐりをした後、手芸材料店に連れてってもらった。
その頃には歩き回って、足が疲れてきた。
しかも履きなれてないし、ハイヒールは大変だし、靴擦れができててかかとが痛い。
けどショッピングしたいと我儘いったのは私。皇帝にビビった店長が自ら案内しててくれて、悪いしなぁ。
「―――おい、エリー」
ふいに声をかけられたかと思うと、抱き上げられた。
「ぎゃああああああっ?!」
思わず女子らしからぬ悲鳴が出る。
はい、そうだよね。女子なら「キャー」だよね。思いっきり濁音でした。
「うるさい」
「うるさいじゃないでしょ?! いきなりなにするの!」
「足」
皇帝は端的に言って、器用に靴を脱がせた。
「靴擦れができてるな」
「う……ハイヒールは慣れなくて」
通勤時も仕事中もはいていたのはローヒール。私はハイヒールが苦手なのだ。
フェイがあわてて頭を下げる。
「申し訳ありません! こちらの不手際です」
「いやいや、ハイヒール履けない私のせいだし」
「そんなわけにはいきません。急いで替えの靴を……」
「あのう……」
おずおずと店員さんらしき女性がメジャーを手に進み出てきた。
「サイズを計らせて頂いてもよろしいですか?」
ぼさぼさの髪を両サイドでみつあみにした、地味な女性。服はところどころほつれを直した跡がある。
なんだか親近感。地味女子の共鳴か。
「はあ、どうぞ」
私はまぬけにも皇帝に抱えられたままうなずいた。
「失礼します」
女性は素早く私の足を計測すると、すぐ鞄から材料を出し、作り始めた。
ものすごい速さ。
この世界に機械はない。すべて手縫いだ。針を持つ手が速すぎて見えない。
「おお、すごい……。こっちの世界では手芸材料店の店員さんが靴も作れるんだ」
「いえ、違いますよ」
店長が首を振った。
「彼女は知り合いで、うちの常連です。近所の靴屋に内職した靴を卸してる子ですよ。とても腕が良くて」
「できました」
「早っ!」
驚くことに、もうできあがった。白くてローヒール、上品な質感。
ワンポイントの花の刺繍がかわいらしい。
「元々途中まで作ってあったものを改良しただけですから。どうぞ、履いてみてください」
「じゃあ、遠慮なく……」
って、そのためには皇帝、放しなさいよ。下ろせと言えば、不機嫌そうな顔を向けられた。
もうデフォルトだと理解してるので、無視して下り、履いてみた。
足にぴったり合う。
「すごい、ぴったり。ありがとうございます。お代はいくらかしら?」
彼女が提示した金額は低すぎるものだった。
物価が日本と同程度と分かった以上、これはおかしい。皇帝と一緒にいるからだろうか。それは駄目だ。
「いつもそれくらいの値段で卸してるんですか?」
「はい……」
店長が説明する。
「正直に言うと、靴屋にだいぶ買いたたかれてるんですよ。この子の腕ならもっと高く買ってやるべきだって注意してるんですが」
「そうですよね。……あなた、名前は?」
女性は悲しそうに笑った。
「今はもう本名で呼んでくれる人はいません。みんなにはシンデレラと呼ばれてます」
「シンデレラ?!」
私が驚きの声をあげたから、知り合いかと思われた。
「知ってるのか?」
「というか、『シンデレラ』ってタイトルの童話があるのよ。知らない?」
話してみせても、知らないとのことだった。
「私もそのお話は存じませんが……継母と義理の姉は二人います」
「そうそう、二人とも意地悪でね! この子を女中みたいに使ってるんですよ。抜けだそうと一人立ちのための資金を貯めてるのに、買いたたかれて……」
「店長、お義母さまたちのことは言わないで……」
どう見てもこの子にしてる仕打ちは虐待だろう。格好がそれを物語っている。
「よし」
私はむんずとシンデレラさんの手を取った。
「今すぐ家を出なさい。当座必要なお金は貸してあげるから。職と住居も心当たりがあるわ。靴を作るのが好きなのよね?」
「え? はい。靴を作ってる時だけはとっても楽しいです」
私は皇帝に向かって、
「ルイさんのお店で優秀な職人は欲しいはずよね? 連れて戻るわよ」
「は? おい」
有無を言わさず、シンデレラを連れて店へとって返した。
ルイさんのオフィスのドアを開けるや否や、
「ルイさん! 凄腕の靴職人を見つけました! いりません? いりますよね!」
ルイさんは突然のことにあっけにとられてたけど、私が指す靴を見るや、床にへばりついて鑑賞し出した。
「おおお……! この縫い目の繊細さ、この造形! すばらしい!」
「いやあの、見たいなら脱ぐんで、床にへばりつかなくても……」
ルイさんはがばっと飛び起き、シンデレラに迫って、
「セニョリータ! どこかの工房に勤めてた?」
「いいえ、街の靴屋に内職したのを買い取ってもらってただけで……」
「なんだって? こんなに腕がいいのに、なんて宝の持ち腐れだ、アミーゴ!」
マラカスでジャグリングしてる。意味はあるのか。
相当興奮してることは分かる。
「この形はどうやって作ったんだい?」
「ああ、それはですね」
靴のことになるとシンデレラさんの目が輝いてきた。饒舌になり、ルイさんと二人でいつしかファッションについて熱く語り合っていた。
「セニョリータ、今日からうちの店で働きたまえ! 給料はこれだけ出す!」
ルイさんが電卓たたいて表示した金額はけっこうなものだった。
あ、電気仕掛けじゃないから電卓じゃないか。なんて言えばいいの? 魔法計算機?
「えっ、そんな、こんな金額……」
「よかったじゃないですか、シンデレラさん! これで一人でも暮らしていける……あ、ルイさん、彼女住むところがないんですよ。どこか紹介してくれません?」
「OH,心配ないよセニョリータ。うちには田舎から出てきている住み込みスタッフが何人もいて、従業員専用宿舎がある。もちろん女性のみだから安心していい。家賃はいらない。水道光熱費は各自払い。食費は三食ついてて、実費」
おお、好条件じゃないか。
それよりいつまでジャグリングしてるの?
「ありがとうございます、チーフ! 憧れのお店で働けるなんて夢みたいです!」
「こちらこそ。セニョリータのような同士と会えてうれしいよ。ときに完成してる靴は他にある?」
「あ、ちょうどあります」
シンデレラさんが出した靴に、ルイさんはジャグリングしながらフラメンコ踊り出した。
「アミーゴオォォ! すごい、インスピレーションが怒涛のようにわいてくるううう! セニョリータ、こんなデザインの靴作れるかい?」
「はい、できます! ここはこうしてもいいですか?」
「むっ、さらにすばらしい! こっちはどうだい?」
「美しいですね、特にここの曲線が!」
「分かるかい?! そう、こだわったんだよ、すばらしい審美眼を持ってるね! エクセレント――――おおおおお!」
ヒートアップして二人とも訳分かんなくなってる。大丈夫じゃないな。
そうか、シンデレラさんは靴に目がない職人・芸術家だったのか……。
ファッション探究者たちは風のように走り去った。
皇帝はいとこを完全に虫けらを見る目で眺めていた。
「あ、あのー、ルイさん! 近いうちにヘラ姫とアテナ嬢とアフロディテ嬢の合同結婚式するつもりなんで、ウエディングドレス作って頂けると助かりますー!」
私はなんとか背に叫んだが、聞こえていただろうか。
「あのー……エリー様、合同結婚式ってどういうことですか?」
「残る二人の縁談をなんとか成功させて、結婚式に持ち込みたいの。バラバラにやると絶対自分のほうが上だって張り合うでしょ。そうなったら、元の木阿弥じゃない。だからこっちで一括手配して、三組とも同じ内容にしちゃうの」
「確かに張り合いそうですね」
「……あ、三組じゃなかった。四組だわ」
私は訂正した。
「え?」
「パリスさんカップルもいるじゃない」
「……はあ」
「え、法律的に問題?」
「いえ、同性でも問題ありませんが、式を行うカップルは少ないですよ」
「じゃあいいじゃない、なおさらやりましょ」
同性でもOKとは、ずいぶん進んだ憲法だ。
「ヘラ姫のカップルだけは外国人だから、早めに来賓の手配しておいて。同盟締結の調印とかあると思うし。それから三組には式のことは黙っておいて、サプライズにする。パリスさんはいいわよ、張り合ったりしないだろうから。それと、合同結婚式は皇帝の命令ってことにしておいてくれる?」
そうすれば反対意見が出ない。
「文句が出ないようにか」
「そういうこと」
また式中にトラブルを起こされないための措置だ。
「分かった。手配しよう」
こんな次第で皇帝命令の合同結婚式が行われることになった。
☆
すでに縁談の成立しているヘラ姫は楽だった。各国へ使者を送り、来賓の調整、同盟締結の文書も作成される。この国で縁談が成立したことで、三国での友好条約締結となった。
アフロディテ嬢の縁談は想定通り上手くいった。
視聴者に注目され、大勝利の後のスタープレイヤーのプロポーズに、歓喜して指輪を受け取る。
「人気女優、スター選手と結婚!」
新聞の第一面にそんな文字が躍った。
その新聞が尚樹の娘の手に入るよう仕組んだら、娘はそれをアテナ嬢の目につくところに置いておいた。
ビリビリに破いてくやしがるアテナ嬢。娘は何食わぬ顔で、
「もうお勉強の時間終わりかあ。つまんないな、先生が私のお母さんだったら、ずっと一緒にいられるのに」
「そ……そうね。でもそれは無理よ」
「どうして? 先生はお父様が嫌い?」
「そんなことはないわ! 大好きよ。とても尊敬できるお方だし……」
娘は父親が聞いているよう裏工作していた。教授が出てきて、
「本当ですか? 先生、私の妻になってくれますか?」
アテナ嬢は真っ赤になって否定する。でも教授の熱烈な不器用アプローチと娘の泣き落とし(ウソ泣き)、ヘラ姫・アフロディテ嬢の結婚がとどめでプロポーズを承諾した。
監視カメラ的な役目をする魔法の小鳥で見ていた私達は思わずガッツポーズした。
「やったー、成功ー!」
皇帝だけはいつもの仏頂面だった。
皇帝はどうでもいい。それより結婚式の準備だ。
当日それぞれ理由をつけて呼び出しておいた三組と、事情を説明して呼んだパリスさんカップルをつかまえ、着付け&ヘアメイクスタッフに押しつけた。
プロの手で完璧に仕上がったところで、はい、式場へドーン。
あっけにとられているすきに神官が結婚式を執り行い、済ませてしまう。
そしてそのままどんちゃん騒ぎに突入だ!
☆
「……いやー、終わったあ……」
夜、私はぐったりしてベッドに倒れこむ。
主要スタッフであった私は、今日ろくに食べもせず走り回っていた。疲れ切って風呂に入ったら、エネルギーきれてもう限界。
眠い。けどお腹すいた。
まぁ、大仕事が片付いたんだからよしとしよう。
あー、疲れた、お腹すいた……。
ぐーきゅるるるるる……。
腹の虫が音量マックス。
ううむ、女子にあるまじき大音量。でも抑える気力すらない。だれも聞いてなくてよかった。
と、ドアがノックされた。
フェイかな?
「はーい、どうぞ」
入ってきたのは皇帝だった。
「げっ」
思わず叫んだ私は悪くなかろう。
「なんだその声は。さっきもすごい音が腹から鳴っていたようだな」
聞こえてたのか。
「う。悪い? だって今日ろくに食べてないんだもん」
「だと思って持ってきてやった」
皇帝の手にはごちそう山盛りのワゴンがあった。
やったー、ごはん!
「食べていいのっ?!」
「お前の分だ。好きなだけ食え」
「わーい、ありがとう!」
空腹すぎて、なぜ皇帝がわざわざ食事を持ってきてくれたのかという疑問は浮かばなかった。
「うーん、おいしい。さすが城の料理人はプロだよねえ」
「お前のおかげで三組上手く片付いた。いや、四組だな。あやかって結婚する者も大量に出た。しばらく結婚ブームは続くだろう」
「そうね。よかったじゃない。結婚許可拝謁制度も廃止発表したし」
私は食べながら、
「ルイさんのウエディングドレスもシンデレラさんの靴も好評だったわね。注文がいっぱい入ったって。シンデレラさんの継母たちはくやしがってたそうよ」
「ルイの話はするな」
皇帝が苦虫をかみつぶした顔をする。
「あはは。いとこでも全然似てないのね」
「あんな変人と一緒にするな」
極端な方向に突っ走るっていう点は同じだと思うけど。
グビグビと祝杯がわりのお酒を飲んでたら、皇帝がきく。
「お前はこれからどうする気だ?」
「どうするって……私の仕事は仲人なんでしょ。結婚ブームは一過性のものかもしれないし、どうせ帰れないからしばらく手伝うけど」
「帰れなかったらどうする?」
帰れなかったら?
不吉なこと言うわね。
「嫌なこと言うもんね」
「帰りたいか?」
「そりゃね。両親とか家族も、少ないけど友達もいるし」
私は自分の酒の許容量は知っているが、飲みなれない上に空腹だったから酔いが回るのが早い。口が軽くなってきた。
「一人暮らしが長いから一人は慣れてるけど、たまには家族の顔くらいみたいものでしょ。……あなたは親は?」
「もう死んでる」
「……それはごめん
素直に謝った。
今後きかないでおこう。
「お前、元の世界に好きな男がいるのか?」
「いないわよ。付き合った人もいないし。私はブスで会話も下手、特筆すべき才能もない。その他大勢、そこらへんの隅っこにいる存在感もない奴。女子力もゼロ、かわいくもない。はっきり言ってモテないのよ」
ヤケクソで料理をほおばる。
「どうしても帰れなかったらどうする?」
「どうしても帰れなかったら? ……そうねー……仕方ないから、ここに骨をうずめるかぁ。長期出張と思えばいいし」
何事もプラスに考えるのが私の数少ない長所である。
ふああ……とあくびが出た。
お腹いっぱいで余計眠くなってきた。
「……でも、家族に手紙くらいは届けたいかな。無事でやってるって」
「そうか」
ああ、もう瞼も開けられないくらい眠い。疲れた。
気づいた皇帝が抱え上げ、ベッドに寝かせてくれる。
やたら親切だ。これ夢じゃなかろうか。
「……エリー」
名前を呼ばれた。
いつも「お前」って呼ばれてるから、やっぱりこれ夢だな。
「……ん……? もうねむい……」
「エリー、私の妃になってこの世界にいろ」
唇になにか柔らかいものが触れた気がした。
その意味も言葉の内容も理解することなく、私は眠りに落ちた。
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