第2話魔王の結婚相談役(なんだそれ)に任命されました

 あの後、私の提案で三人の女性が主に費用を負担して結婚式のやり直しが行われることになった。

 途中まで参戦していた女性たちも責任を感じ、一部費用の負担や準備の手伝いを申し出た。

 ちょうど当時と同じメンバーがそろっている上に神殿だったから、そのまま行われることに。

 私は解決してくれた恩人ということで、色んな人からお礼を言われた。

 ひとしきり人の波がきれた頃、皇帝が言った。

「なかなか面白い決着だったな」

 どうやら一応合格らしい。

「それはどうも。けど、これで終わりじゃないわ」

 神官が驚いて、

「えっ? 十分丸くおさまったじゃないですか」

 私は首を振った。

「あれじゃ中途半端。ちゃんとハッピーエンドにならないと、シナリオとしては失格だわ」

 私が原案を作るうえで心掛けていることは、ハッピーエンド。なるべく登場人物みんなが。

「ハッピーエンドですか。あれは違うと?」

「違いますよ。三人の女性もパリスさんもハッピーじゃないでしょ? 特に三人の女性は反省を促すために強い口調で責めましたが、おかげで確実に男性から敬遠されることになった」

「ふむ、それはそうだな。あれほどの騒ぎを起こしたバカ女を妻にとの事務男はそういないだろう。自業自得だな」

 そりゃそうだけど、キツイな。

「おかげで一生独身なんてことになったらかわいそうじゃない」

「身から出た錆だろう。責任を取ってもらわねばな」

「まあまあ、それより大事なのは今後も同じことを起こさないようにすること。つまりそれぞれ結婚させちゃえばいいのよ。合う人とね」

「まさか三人とも夫を見つけてあげる気ですか?!」

 そうだけど?

 首をかしげる。

「ぴったり合う人と結婚させれば、少し落ち着くでしょう。このままじゃまたパリスさんをめぐってだれかが争わないとも限りませんし、パリスさんのほうも結婚してもらいましょう」

「わ、分かりました……。でも誰とです?」

「それならさっき来た人たちの中からみつくろっておきました」

 ただ受け答えしていただけではなかったのだ。ちゃんと意図があって相手していた。

「まず一人目。ヘラ姫は王女ですからね。夫が王になるってことは、男兄弟はいないんですか? それとも長子相続性?」

「長子相続性ですが、どちらにせよ一人っ子です」

「ヘラ姫の性格は嫉妬深いですよね」

 ギリシャ神話においてのヘラは嫉妬の女神でもある。夫ゼウスの浮気相手やその子供にけっこうすごいことやってる。

「はい、お察しの通り」

「浮気しない誠実な男性、真面目で王にふさわしい人物。ちょうどよさそうな人がいましたよ」

 別の国の第二王子の名前をあげる。さっき話した。

「本人に王位を狙う気はないのに周囲が勝手に派閥争いしてて、嫌気がさして逃げてきたんでしょう? 他の国の王になるから国を出るなら言い訳も立つし、両国の同盟もできるしいいでしょう」

「なるほど」

「二人目、アテナ嬢。彼女より頭の悪い男はコンプレックスを刺激されて嫌でしょうから、頭のいい男性。少し年上で再婚になりますが、教授なんかどうですか?」

 有名な学者だという年配の教授をあげる。感じのいい男性だった。

「四十代でもアテナ嬢ならそれくらい年上の落ち着いた男性がいいと思います。お子さんは娘さんでしたね? ちょっと話しましたけど、利発な子でした。天才児だそうで、彼女ときっと話が合うでしょう」

「はあ」

「三人目、アフロディテ嬢。彼女を賛美し、わがままに付き合える男性でないと。メンクイでしょうし。金持ちでスポーツマンかなんか、と思ってたらいました」

 アフロディテ嬢もファンだというイケメンスポーツマンが。

「これらの男性とひとまず会わせてみましょう。ただし、普通に会わせたんじゃだめです。一工夫しなきゃ」

 私は指を一本立てて振った。

「一工夫?」

「女性はロマンスを求める生き物です。なんだかんだでロマンティックなものに弱いんですよ。つまり出会いを演出するんです」

「ほう」

 皇帝があからさまに馬鹿らしいといった声を出した。

「アホらしいって言いたいみたいだけど、大事なのよ」

 私はそういう話でかせいでるんだから。

「僕はバカにしませんが……そう上手くいくでしょうか?」

 原案製作者歴五年以上をなめないでもらいたい。読者が好むパターンは把握している。

「上手くいく計画を立てます。大丈夫、私そういうシナリオを考えるのは得意ですから」

 皇帝が偉そうに言った。

「面白い。やってみろ」

 仏頂面で、全然面白いって顔してないけど?


   ☆


 三人の女性はそれはそれは居心地が悪そうだった。

 あちこちでヒソヒソささやかれ、かといって逃げることもできない。きちんとお祝いすることが詫びだからだ。

 ヘラ姫は周囲に八つ当たりして、人々は遠ざかっていった。

 独りぼっちになったヘラ姫が、それすら人のせいにして怒鳴り散らしていると、向こうで同じように一人ぽつんとしている男性に気づく。

 なかなかのイケメンで独りぼっちなのを見て、ヘラ姫はさっそうと近づいた。

「ご一緒してよろしいかしら?」

 嫌とは言わせない声音である。青年は柔和な笑みを浮かべ、どうぞと示した。

「ヘラ姫ですよね。実は以前お会いしたことがありまして」

 遠方の国の第二王子だと自己紹介する。ヘラ姫はどう見ても覚えていないようだったが、記憶にあったふりをした。

「ええ、覚えていてよ。あら? 第二王子ともあろうお方がなぜ一人で?」

 王子は苦笑して、

「遠い国なのでヘラ姫はご存じないですよね。私の国は今、家臣たちが勝手に派閥争いをやってまして。王位争いの形でね。でも私は王座など興味はないのです。私より兄のほうが優れた人物ですし。だから私がいなくなりさえすればと、外国へ逃げてここにいます」

「まあ、そうだったの」

「以来腰抜けとして、誰からも相手にされなくなりましてね。この通り一人というわけです」

 それでも王子は悲しそうではなかった。

「が、これでいいんですよ。もし私に親しい女性などできれば、やはり王座を狙っていると勘違いされます。兄上の敵にならないためなら、私は腰抜けでかまいません」

 誠実で真面目な青年。ヘラ姫も興味をひかれたようだった。

「……あなた、わたくしと結婚しない?」

 直で逆プロポーズきたー!

 え、マジで?

「はい?」

 さすがに王子もあぜんとしてる。

「同じように独りぼっち同士、気が合うと思うの。それにわたくしは婿がほしい。王にふさわしい器のね。あなたは兄と敵対したくない、国外へ出たい。お互いにとってこの結婚はメリットだわ」

「それはそうですが……」

「わたくしと結婚すれば、あなたも一生国の王位争いから逃れられる。だってわたくしの国の王になるんですもの、そちらの王にはなれないでしょ」

「まあ、確かに。でもいいんですか、そんな大事なことをあっさり決めて」

「こちらとしても、婿が他国の皇子なら文句は出ないわ。ましてこれまであまり付き合いのなかった国。新たな交流が生まれ、貿易もでき、同盟も組めるとなれば、国家戦略として悪くない話よ」」

 やはりヘラ姫も一国の王女。そこまでバカではなかった。

「お互いの利益の一致。国家戦略としてもいい話。王族の婚姻で大事なのはそこではなくて?」

「おっしゃる通りです。分かりました。私にはもったいないお話、つつしんでお受けします」

 王子はひざまずき、ヘラ姫の手にキスした。

「ただし一つだけ条件があるわ。わたくし、浮気は許さないの。愛妾は認めなくてよ」

「ええ、婿と愛人の子ではそちらの王族の血は一滴も入っていませんからね。もとよりそのつもりはありません、ご安心を。そんなことをすれば、今度は自分の子を王位につける気かと兄上の派閥に思われかねませんので」

「決まりね」

 ヘラ姫は艶然と微笑んだ。


   ☆


「おおー、ここまでうまくいくとは」

 物陰から見ていた私はコメントした。

 ちょっといい雰囲気になればいいくらいのつもりだったのに、まさか逆プロポーズするとは。

「すごいです。ヘラ姫もやるもんですね」

「とりあえずこれで一人目は片付いた。では、次いきましょう」


   ☆


 アテナ嬢も一人だった。

 こちらは周囲に八つ当たりはしていないが、みな遠巻きだ。

 多分元々お堅いからだろう。融通がきかないというか。研究一筋で他にめをくれず、自分より頭の悪い人間をバカにしてきたから友達もいないとみえる。

 真面目なお堅い勉強家がなにかの拍子でイケメンプレイボーイにほれてしまった典型的パターンだ。

 とうとう視線にたえかね、アテナ嬢は人のいない庭に逃げてしまった。

 冷静になれば頭がいいだけに、自分がバカなことをしたと理解できる。たぶんなんて愚かな男にほれたと勘違いしたのかと自分を罵倒していることだろう。

 ところが、庭には先客がいた。十歳くらいの少女がノートを広げてなにやら書いている。

 絵を描いているというわけではなく、難しい数式を解いていた。一心不乱に。

 でも上手くいかないのか、何度も消してはやり直している。

 アテナ嬢は数式と見てのぞきこんだ。

 少女が不快そうに顔を上げる。

「なに? 忙しいんだけど」

 子供がなにを難しいことをしてるのかと笑われると思ったのだろう。だがアテナ嬢は笑わなかった。

「使う公式を間違えてるわよ。この問題には別のを使うの。ちょっと貸してくれる?」

 少女は意外そうにノートとペンを貸した。アテナ嬢は隣に座り、さらさらと解法をかく。

「これをこうしてこうすれば……ほら解けた」

「すごい! そうか、こうすればよかったのね。この問題、だれにきいても答え分からなくて。あなた学者?」

「ええ。よく分かったわね」

「見るからにそうだもの。それなら、こっちは分かる?」

 次のページを見せる。アテナ嬢はこれもあっさり解いた。

 少女がどんな質問をしても全部解いてしまうので、彼女はすごくうれしそうになった。

 時間を忘れて二人で勉強に夢中になる。

 そこへ少女の父親が探しにやって来た。

 アテナ嬢はそれがだれか気づき、慌てた。尊敬する教授だったからだ。

「ああ、こんなところにいたのか。探したよ」

「あ、お父様! あのね、今この先生とお勉強してたの!」

 父親は渋面を作って、

「こんな時までお勉強かい? 勉強はいいことだが、時と場合は考えなさい」

「だって、つまらないんだもん。それより、この先生すごいのよ! どんな難問も解いちゃうんだもの」

 父親もアテナ嬢がだれか気づいた。

「おお、かの有名なアテナ先生ではないですか。数学の分野では並ぶ者がいないという」

「そんな、褒めすぎですわ」

 アテナ嬢の頬がほんのり染まっている。

「教授こそ、私などおよびもつかない物理学の大家ではありませんか」

「おや、私のような小物をご存じとはうれしいかぎりだ。私はただの男やもめですよ。……そうだ、先生、これも何かの縁と思ってお頼みしたい。娘の家庭教師をしていただけませんか」

 アテナ嬢は目をみはった。

「そんな、教授の娘さんの教師だなんてとんでもない、畏れ多い」

「週に一時間でかまいません。正直な話、娘は私に似ず頭が良くて、どんな教師も付き合いきれないんです。ところが先生は大丈夫なようだ。どうかお願いします」

憧れの教授に頭を下げられては断れない。アテナ嬢は頬を染めてうなずいた。

「わ、私でよければ……」


   ☆


「こちらもなんとかなりそうですね」

「娘さんの家庭教師ですか」

「頻繁に会う機会があれば問題ありません。娘さんが気にいったようですから、そのうち彼女がくっつけてくれますよ。アテナ嬢としても年上で落ち着いた紳士、知的な会話のできる憧れの教授となればまんざらでもない。……では、最後の一人いきましょう」


   ☆


 実はアフロディテ嬢が一番簡単だった。

 スポーツ選手何人かに余興でゲームをやってもらったら、速攻くいついたのだ。

 アフロディテ嬢はパリスさんが好きだったわけではなく、「世界一美しい女性」の称号がほしかっただけ。パリスさんより優良物件がいればあっさり乗り換えても当然である。

 選手たちもアフロディテ嬢のファンらしく、賛美の言葉を述べている。

 複数のイケメンに囲まれ、美人女優はご満悦だ。

「あっさり片付きましたね」

「うーん、予想はしてたけどなんだかなって感じは否めませんね」

 ま、上手くいったんだからいいか。

「最後はパリスさんです」

「え、彼もやるんですか? ほんとに」

「もちろん。元凶もどうにかしておかないと」

「彼はだれとくっつけるんです?」

「正直迷いましたよ。下手な選択すると、ファンにその女性が恨まれますから。でもね、すごいこと気づいちゃったんです……」

 こめかみを押さえた。

 いやあ、まさかこういうオチとはね。そりゃギリシャ神話の世界ではアリなんだけど……。

「私、ガイアみたいな女性がいないかと思ってたんですよ」

「ガイア?」

「こっちの世界、ギリシャ神話における大地の女神です。ほとんどの神の祖先で、もちろんヘラもアテナもアフロディテも彼女の子孫。彼女がいなければ、三人ともこの世にいなかった。だからそういう三人とも頭の上がらない女性がいればと探してたんですが……」

「いなかったんですか」

「というか、そのー……ああまぁ、本人に言ってもらいましょう」

 私はさっきの打ち合わせ通りにパリスさんに合図した。

「皆様、ここでお知らせがあります」

 パリスさんがマイク的なものを持って壇上に上がった。なんだなんだとみんなが注目する。

 パリスさんは覚悟を決めたように正面を向いた。

「このたびは私の下手な対応のせいでご迷惑おかけしました。そのお詫びとして、恥を忍んで告白いたします」

 隣に同じくらいの年頃の美青年が上がる。けっこうなイケメンだ。

 二人並ぶとすごい絵面。何人かの女性が「キャー」と叫んでる。

 パリスさんは大きく息を吸い込むと、青年の肩を抱いた。

「彼は私の恋人です! 私は同性愛者です!」

 別の意味で「キャー」という叫びがあがった。悲痛の悲鳴と歓喜の悲鳴。

 おう……。

 異世界でもBLは人気ですか……。

 歓喜の叫びあげたのはまぎれもなく腐女子だな。この世界にもBLってあるんですね。

 ふっきれたらしいパリスさんは恋人(男性)とキスしてる。ちなみに彼の名前はアドニスさんというらしい。

 私は複雑な表情でこめかみを押さえていた。

 あっけにとられていた神官が、

「あのう、これ本気ですか?」

「本気らしいです。なんとなく女性より男性を気にかけてたんで、まさかときいてみたら白状しました」

「……そ、そうですか……。まぁ、嗜好は人それぞれですからね」

 ほう、神官も許すのか。ま、ギリシャ神話じゃ同性愛はアリアリだもんね。アドニスも太陽と予言の神アポロンの恋人だったし。

 ともあれ、平和的解決でよかった!

 イケメン同士なら女性陣は文句言うまい。「これはこれでイイ」となるのが女性の考えだ。ほら、さっそく妄想に突入してるのがちらほら……。

「まさかこういう決着とはな。曲がりなりにも全て丸く収めるとは、少しは役に立つようだ。認識を改めよう」

 皇帝陛下が一段上からお言葉くださった。

「別に褒めてもらわなくて結構よ。あなたに認めてもらおうとおもってやったわけじゃない」

「面白い女だ」

「そんなことより、私を帰してくれません?」

 皇帝を無視して神官に言った。

 私の役目は終わったんだから、もう帰ってもいいだろう。

「クレイには敬語なのに私には違うんだな」

「言ったでしょ。敬語使ってほしかったら、尊敬できる人間になれば? さ、早く帰してください」

 これ以上この傲慢大王にからまれるのは勘弁だ。

「あ、はい。ありがとうございます。では用意を」

 最初この国に連れてこられた時現れた場所に案内される。あの時はろくに気が回らなかったけど、今見ると神殿の中心で祭壇があった。大きな円盤状の岩が祭壇にあたるらしい。その上に乗る。

 周りは魔法陣がびっしり書かれている。まったく読めない。何教なのかも分からない。

 なにやら神官が何人も集まって呪文を唱え始めた。ドーム状の屋根に反響してすごい音になる。

 ワァーンワァーンワァーン。

 足元の岩が光り出す。私はものすごい光に包まれた。

 ―――でもそれだけだった。

「……あれ?」

 神官たちも目をぱちくりさせている。

「すみません、失敗したようです。もう一回」

 もう一度やってみた。

 さっきと同じ呪文に聞こえる。言い間違いではないんだろう。

 やっぱり私は帰れない。

 もう一回。もう一回。もう一回。

 いくらやっても私が元の世界へ帰れることはなかった。

「どうすんのよ」

 さすがの私も神官に詰め寄った。

「そっちの事情で勝手に連れてきといて、帰れませんって。なんとかしてよ!」

「す、すみません。呪文は間違えてませんし、もしかしたら特定の日時でないと作動しない魔法だったのかも。つまり来年の今日あの時間とか」

「……一年間ここにいろっていうの?」

 知ってる人はだれもいない、暮らしてたとことは常識も違う異世界で?

「大変だな」

 皇帝がのんびり言った。

「他人事か」

 そりゃあんたには他人事でしょうけど! 私にとっては大ごとなのよ。

「あ、明日もう一度やってみましょう。本当にすみません」

 お詫びということで、その日は神殿の宿泊施設に泊めてもらった。一番いい部屋に。

 食事も豪勢。食文化も色々混じってるらしく、色んな国の料理が食べ放題だった。食材も地球と大差なく、普通に食べられた。

 食事が似てるのは助かった。ものすごい色や形のが出てきたらどうしようかと。でも一人じゃ食べ切れない量だわ。

 デザートまでがっつりいただき、明日体重計に乗るのが恐くなる。

 まただだっぴろい風呂に入れてもらったら、湯船にバラが浮いてた。どこのマンガだ。

 私が作った話にもそんなんあったわ。

 マッサージにパック、エステまで完備。至れり尽くせりだ。まるでシークもののヒロイン状態。

 そうか、あのヒロインたちってこういう体験してたのねー。うーん、贅沢。

 寝る頃には酒も入っててほろ酔い加減だった。

 私は元々酒は飲まない。飲めないのではない。飲もうと思えば普通に飲める。といって強いわけでもなく、一般人レベルだ。自分の許容量も知ってる。単に甘党でスイーツのほうが食べたいから、酒買うお金があるならスイーツを買うだけの話である。

 でも今日ばかりはキャパオーバーしてもいいやと飲んだ。やけ酒だ。

 だってそうでしょ。酒でも入れなきゃやってられないわよ。

「あーもー、つっかれた」

 私はばふっとベッドにつっぷした。

 大きいしフカフカ。何製の高級布団だろ。うちのはぺらっぺらのせんべい布団ですよ。

「……なんていうかな。目が覚めたら全部夢でした、みたいなことにならないかな」

 ぜひとも夢オチ希望します。

「あーあ、上手いオチじゃないけど、自分だったらそうするよ……。シナリオ考えんのは得意だし……。うん、でも今日はもう考えるのやめよう。寝る」

 ふて寝、ヤケクソともいう。

 私は頭まで布団にくるまり、酒の勢いを借りて無理やり眠った。


   ☆


 ……チュンチュンチュン。

 ピチチチチ。

 ズゴゴゴギャオースあんぎゃーぐひーぼひーあへー。

「朝ですよ~。おはようござます、奥さん。今日もいい天気ですね」

「ほんとに、。しばらくはこの過ごしやすい陽気が続くらしいですよ」

 ……なんか鳥の鳴き声らしからぬ音混じってなかった? 途中から副音声聞こえるし。

 朝一で私がしたのはツッコミだった。

 泣けてくるわ。なんだこれ。

 窓の外、庭木にとまった鳥が会話してる。聞こえてきたのはその鳥の声らしい。色も紫とか青、翼の形状もおかしいし、それ以前に副音声が聞こえてくるとか地球の鳥じゃない。

「……夢じゃなかった……」

 ここまで夢オチでないのをガッカリしたことはない。

「えー……本気でほんとに? 頼むよ。夢なら覚めてー」

 ほっぺたをこれでもかとつねってみたけど、痛いだけだった。

「はあああああ……」

 盛大なため息ついたら、ドアがノックされた。

「巫女様、お目覚めですか?」

「ああ、はい」

 巫女様というのはやめてくれないかな。

 昨日とは代わって豪華なドレスを着せられた。白基調なのは変わらないが、レースやフリルの量が格段に増えている。触り心地もとてもいい。絹だろうか、それとも地球上には存在しない材質だろうか。

 間違いじゃないのときいたら、これもお詫びだそうだ。

 朝食もまた部屋まで運ばれてきた。

「朝からこんなに入らないんですが……」

 またすごい量。私はどれだけ大食漢なんだ。フードファイターじゃない。

「神官長の命令ですので」

 これもお詫びってことか。でも食べ残しては申し訳ないから、量は減らしてもらう。

 一息ついてから神殿に向かった。

「もう一回試させてください」

 神官たちは本気でがんばった。

 でもだめだった。

 一晩経って冷静になってきたし、なんか気の毒になってきた。

 必死で何度もトライする神官団。だんだん声もかれてきてる。

「あの……もういいですよ」

 私はこう言うしかなかった。

 だってまだ続けろって鬼じゃない? 中にはおじいさんもいて、錫杖持つ手がプルプルしてんのよ。

「いえ……こちらの勝手で召喚してしまったんですし、責任があります」

 クレイさん、声出てないよ。

 一回やるだけでも相当疲れるらしく、おじいちゃん何人かは魂抜けかけてる。ああっ、天国逝っちゃだめー!

「失敗するのは何か原因があるんでしょう? 私、しばらくこっちに滞在してもいいですから、ゆっくり解決してください」

 実際問題、神官団も限界なようだった。

「あ、ありがとうございます……」

 神官全員錫杖にすがってプルプルしてる。MPもHPも残り少なそう。だれか回復してあげて。

「いや、まぁ、ね……。うん。不測の事態ですから……」

 ああよかった、おじいちゃんたち魂戻ってきた。

 でもなるべく早く私帰してね……。

「はああ……」

 ガックリ肩を落とす。

 見かねたとはいえ、言うんじゃなかったかな。

 これからどうしよ……。

「あ、ご心配なく! 帰るまでの間。衣食住はこちらで全て負担しますから!」

 それはどうも。でもどれくらいの期間かかるのやら。一年だとしたら、一年間何もせず贅沢させてもらうわけにはいかない。

 はっきり言って、ロマンスもののお姫様扱いは一日で懲りた。

 もういい。分不相応な生活はいかん。体験できただけで満足だ。

 だって何するにもメイドがついてくるし、着替えやってもらうとか慣れない。自分で着ようにも、昨日と違って構造が複雑だから無理だし。

 そもそも費用はどこから出してるのだ。国庫からだとしたら税金。国民の血税で私が贅沢するわけにはいかない。

「最低限の衣食住は保証してもらいたいですけど、何もせずお世話になるわけにはいきません。なにかお手伝いできることはありますか?」

「ええっ? そんなわけには」

 神官団には止められたけど、タダメシ食らいはいけない。

「でも、はっきり言ってすることなくて暇ですし」

「そうか。ではやってもらおうかな」

 背後で低い声がした。

 ひいい、なんか出たああああ!

 とっさに振り返って身構えたら、あら、皇帝だった。

「なんだ、その反応は」

「いきなり人の背後に気配消して立たないでよ。あげく、ドスのきいた声出さないの」

「これは地声だ」

 ああそう。

「で、今度は何を押しつけようっての?」

「人聞きの悪い。暇だというから仕事を与えようというだけだ」

 仕事。頭の中でよく分からない巨大な機械をぶっとい棒押してぐるぐる回して動かす図が出る。

「力仕事はできないわよ。あと、一日の労働時間は八時間以内で休憩あり。週休二日って最低ラインは守ってよね」

 この男が紹介する仕事とか、ブラックなにおいがぷんぷんするわ。

「簡単な話だ。我が国の結婚相談役になってもらう」

「………………」

 たっぷり五分沈黙してたと思う。

 はい?

「相談役っていう役職名は分かる。分かるんだけど、その前に謎の二文字がついてなかった?」

「結婚か?」

 そう! それだよ!

 同じく止まってた神官が理解したらしく、

「あ、なるほど、そういうことですか」

「あのー、意味分かってるんなら説明してもらえます?」

 皇帝は説明する気なさそうだから神官にきいた。

 仕事内容くらい募集要項に書いときなさい。

「つまりですね。今、わが国には重大な問題があるのです」

「昨日の件じゃなくてですか?」

「あれなどかわいいものです。もっと困ります。結婚数がガクンと落ちてて、出生率も下がりっぱなしなんです」

 それは困るね。少子高齢化の日本にいたから分かる。子供の数が減り続けたら国はたちいかなくなる。

「原因は何なんですか? 戦争……とか?」

 見た感じ平和に見えるけど、よそでやってる可能性はある。

 神官は否定した。

「言え。陛下が即位する前は宗教や種族の争いが絶えませんでしたが。なにしろこれだけ多くの文化が違うものたちが集まってるんですからね」

 確かに昨日見ただけでもギリシャ+アラブ+ヨーロッパ+童話+アジアのしっちゃかめっちゃかだった。

 これだけ混ざっててよく争いが起きないものだと思ったよ。

「そもそもは宗教・種族ごとに小さい国がいくつもあって、お互い争いが絶えませんでした。悪化して戦争になってしまって。それをおさめ、統一したのが陛下です」

 へえ、そんなすごい君主だったのか。だから傲岸不遜なのかな?

「宗教も種族も分け隔てなく平等に、みなが仲良く暮らせる国を作りたいとおっしゃられて。お互いの文化を尊重し、譲り合い、トラブルがあれば第三者調停のもと話し合いで解決する。そうやって徐々に平和になりました」

「よかったですね」

「ところが問題があったのですよ。どういうわけか結婚率が落ちてしまった。戦争中のほうがむしろ高かったとは、一体どういうことでしょう」

「異種族間の結婚が認められていないとか?」

「まさか。むしろ友好のために推奨しています。それに、だとしたら同種族間での結婚数も減っている説明がつきません」

「結婚式にものすごくお金をかけるのが常識とか。式の時に神父・牧師・神官に払う礼金が高額すぎる?」

「それは盛大にやる種族もいますが、そればかりではありませんよ。結婚式の時に聖職者が金をとることは法律で禁じられています。腐敗防止のために

「結婚許可証や登録にお金がかかるとか」

「一切かかりません」

「さっきから聞いていれば、金の話ばかりだな」

 私はぐるっと皇帝のほうを向いて、

「人間の動機の根本はたいてい金ですよ

「否定はしないがな」

「なぜかしら。結婚相手に求める条件が変わったとか? 金持ち志向とか、美男美女の基準が劇的に変わったとか」

「そういうこともないです」

「式の衣装に金がかかるとか。招待客のもてなしが大変とか」

「それも変わりません」

「結婚後同居しなきゃだめ、でも姑や舅のイビリがひどい」

「あまり同居ということはありませんよ。結婚したら別の家庭なので、よそに新しく家を建てる風習です」

 それは嫁姑問題に苦しむ地球のお嫁さんに聞かせてあげたい話だ。

「一般的なのでいいんですが、この世界では異性と付き合うときどうするんです? お見合いとか、家の事情で結婚するのが当たり前?」

「というばかりでもないですよ。普通に恋愛結婚してる人もいますし。お互い結婚を承諾したら式を挙げて、国への申請を済ませ、法律的にも夫婦となります」

「承諾って詳しくはどうやるんです?」

「え? 普通に結婚してください、はい、的に。種族によって指輪を渡す、儀式をする、とかありますけど」

 そのあたりは同じか。

「式は?」

「神殿や教会でやる種族もいますし、一族集めてっていうパターンもあります。人それぞれで、中にはやらない人もいますよ」

 ふむ。ここらへんには問題点を感じられない。

「その後、国への申請ですが、偽装結婚を防ぐため陛下への拝謁があります」

「…………」

 ちょっと待とうか。まさか原因、それじゃなかろうな。

「戦争中は結婚を装った人身売買が横行していました。戦争終結後もしばらくはあって、それを防ぐためでもあったんです。わざと申請せず子供の戸籍を作らなければ税を収めず済んでいいと噂が広がったこともありました。しかしそうすると子供が無戸籍になり、社会サービスが受けられなくなります。もちろん教育も。ですからこれに関してはかなり厳しくしました」

「……あの、まさか毎日結婚するカップルに会わなきゃならないの? 皇帝ってそんな暇なんですか?」

「暇なものか」

 当の本人から返事があった。

「一か月や数か月にまとめてですよ。毎日はやってられません」

 …………。

 なんとなくだけどさ、原因はこの凶相男じゃなかろうか。

「あのー……この人って基本的に恐れられてるんですよね?」

 皇帝を指す。

「はい。この顔と態度ですから、誤解を招きますよ」

「その拝謁制度と違反者への処罰が厳しすぎるのが原因だと思うから、いっそなくしたらどうですか。偽装結婚防止策は他のを取ってください。子供の戸籍を作らなければ税金を納めなくていいっていうのは本当に無戸籍の子供を作るだけでよくないので、子供へ税金課すのをやめたらどうです? そしたら戸籍作らない意味はないから、そんなことしなくなるでしょ。今から一か月間ならそうやって無戸籍にしてた子供の戸籍作るのを特例として認めるからちゃんと作れって言って」

 生まれてきた子供がかわいそうだ。

「それからイメージアップです。皇帝は恐くないよーっていうのをアピールしましょう」

「皇帝は恐くない……」

 神官は皇帝を見た。

「どう見ても恐いですよね」

 乳兄弟、遠慮ないな。知ってるよ。

 私は手をのばして皇帝の眉間のしわをぐりぐりやった。

「まず、そのしわ! なんとかしなさいよ。ただでさえ恐いその顔がより不機嫌に見える」

「しわを寄せているつもりはない」

「現に寄ってるの。次は服。真っ黒をどうにかして。もう少し色味あるものを増やしなさい。とにかく悪役大魔王みたいな見てくれを変えるの」

「私は個人的に黒が好きだ」

「全部黒以外にしろとは言ってないわよ。ベースは黒でもいいから、差し色で取り入れなさいって言ってるの。小物とか、刺繍の色とか」

「さっそく仕立て屋に伝えておきます」

 神官がメモした。

「あとは、こう……ちょっと抜けてるところとか、意外とこんな面もあるよ、みたいなのはありませんか?」

「ない」

「ありませんね」

 即答か。

「えー……実はかわいいもの好きとかが定番なんですけど。小動物を飼ってるとか」

「飼ってるのはキメラだな」

 かわいくもなんともない! ていうか飼っちゃやばいもんじゃないの?!

「恐そうに見えるけど、シャイなだけで優しいとか……」

「全然違います」

「だれがシャイだ」

 全部だめかい。頭を抱えた。

「あー……じゃあ、もう地道にイメージアップしてよ。結婚数のほうもさっき言ったところ見直せば持ち直すでしょ」

「少しづつじゃだめなんですよ。ですからこう、すぐガツンと上がるような名案をお願いしたくてですね」

 そういうのは専門家にきけよ。この場合の専門家はなんだ。

「……なら、あと一押しすれば結婚しそうなカップルの手助けして広告して、結婚キャンペーンとかすればいいんじゃないですか? 結婚数は減ったけど、人の恋愛する数なんてそう減らないでしょ。付き合ってるカップル自体はそれなりにいるのでは?」

「あ、そうですよね。どうやって手助けすればいいんです?」

 そこまできくのか。考えろ。

 ギリシャ神話の要素入ってるなら、愛の神エロスに弓矢で射抜いてもらったらどうだ。

「ですからこう……まずは、見本になるように、高位貴族の中から何組か選んで結婚させたら。ちょうど今、三組いるでしょう? あの人たちを使って大々的に宣伝するんです。あの三人だって迷惑かけたって負い目がある以上、国家主導のキャンペーンなら協力するでしょ」

「なるほど」

「ヘラ姫のカップルは二人とも他国の人だから、どれだけ影響力があるか分かりませんが。アテナ嬢はせめて数日置いたほうがいいな。アフロディテ嬢は意外と早いかも」

「そうですね。電撃結婚しそう」

 アフロディテ嬢を取り巻いてた中で一番有望株な選手は明日試合があるそうだ。ずっと彼女のファンで本当に好きらしいし。

「それとなく彼に、今がチャンスと吹き込んでください。チームメイトでも知人でも使って。アフロディテ嬢は美人だから、うかうかしてるとほんとにすぐ恋人ができるでしょう。それに、ヘラ姫が結婚を決めたことはすぐアフロディテ嬢も知るはず。負けじと電撃結婚を狙ってるはずなので、鉄は熱いうちに打ってください」

 スピード大事。

「彼女にも彼が好意を抱いてるとそれとなく耳に入るようにしておいたほうがいいでしょう。なんとかして明日彼に試合に勝ってもらい……っていうか、何のスポーツだか私知らないんですけど……その場でプロポーズしてもらう。この勝利を君に捧げるとか、君のために勝ったとか、いくらでも甘いセリフ吐かせる。ああ、バラ百本用意しといてください。もちろんテレビでその模様を放送……テレビってあるんですか? こう、ニュースやなんかを多くの人に配信するもの」

「魔法ですがあります。こちらの世界でもテレビと言ってますよ」

 ああそうか、地球じゃ機械がやってることをこっちでは魔法がやってるのね。

「こういうものです」

 神官が出したのは小さい球体。ポチっとボタンを押すと空中にスクリーンが現れて画像が写る。天気や全国のニュースなんかをやっていて、地球と遜色ない。

「ああ、あるんですね。そうやって人の注目を集めてると分かれば、アフロディテ嬢は大喜びで受けるでしょう」

「目に見えますね」

「そうすればアテナ嬢にも効きます。他二人が結婚を決めてしまえば、自分だけ取り残されてなるものかと焦る。そこで教授に今がチャンスと吹き込む」

「しかし、教授は自分みたいな年上で男やもめと結婚してくれとは言えないと言い出しそうですよ」

「でしょうね。だから娘さんに協力を依頼します。というか、あの子なら自分で動いて二人をくっつけようとするでしょう」

「その調子」

 言われてハッとした。

 しまった。完全にのせられた。

 皇帝を見れば、してやったりと言いたげだ。

 つい仕事モードでシナリオ作ってしまった。

「そうやって結婚率を上げてくれればいい」

「あのね。私は恋愛もののお話を作る仕事をしてただけなの。お話と現実は違うでしょ。昨日はたまたま上手くいっただけで、毎回上手くいくとはかぎらないのよ」

 このお話はフィクションですってどの本にも書いてあるでしょ。

 皇帝は聞く耳持たなかった。

「お前をわが国の結婚相談役に任命する」

 だから人の話ききなさいよ!

 言ってやりたかったけど、神官が期待に満ちたまなざしで見てる。

 プロポーズ計画立てちゃったし……ここで後はお任せします、ではさよなら!ってわけにはいかないよなぁ……。

 断れないじゃないか。

 かくして私、レディコミ原案製作者鷹橋絵梨は異世界に勝手に召喚されたあげく帰れなくなり、結婚相談所に就職させられてしまったのだった。

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