17-1. 帰還

 水の精霊に先導されて、緑水に囲まれた細い回廊を進む。横幅も狭く低い天井に囲まれたこの回廊は、歩くとパシャリ、パシャリ、と水溜まりの上を歩くような音がするけれど、足が濡れる感覚は無い。この不思議な水の神域の全てが水の精霊の魔法で作られているのだとすると、その魔力は計り知れない。


 言われるままに、もう着ることはないと思っていた星族の衣装を着た。護身用の剣を腰に下げているので少し違和感があるものの、この衣装はオレの身体にしっくりと馴染んでしまう。


 所詮、オレは星族なんだと――どこに行って何をしようとも、星族であることは変わらないのだと――痛感する。星族として生まれ、星族として生きてきたオレには、他の生き方など知るはずもなく、できるわけがない。きっとこの先もずっと、それは変わらないのだろう。


 回廊を抜けて広い部屋に入ると、奥にルーセス王子とアイキの姿があった。二人並んで、不思議な形の椅子に座っている。水の精霊と部屋の奥に進むと、二人が話すのをやめてこちらを見た。


「おはよ! おっ、今日は星族らしい格好してるじゃん!」

「おはよう……アイキ」


 アイキが機嫌のいい挨拶をするけれど、オレは無表情で、無愛想な挨拶をしてしまった。星族の衣装を着ると、星族らしい振る舞いをしなければならない気がしてしまう。ルーセス王子はアイキとオレを交互に見て、首をひねった。


「随分と仲良くなったんだな」

「んー? そう思う?」


 挨拶だけでそんなことを言うのだから、ルーセス王子にはオレが良い返事をしているように思えたのだろうか。いや、変わったのはアイキのほうだ。はじめにアイキがオレの部屋にやってきたときに比べると、随分と気さくに話しかけてくれるようになった気がする。


「さてと……。二人も準備万端のようだね」


 水の精霊が語りかけると、アイキがルーセス王子を覗き込み、目を細めて微笑んだ。


「お城に帰るのは、久しぶりだね。ルーセス」

「そうだな……どんな顔をしたらいいんだろうな」

「……覚悟は出来てるの? 王子様・・・


 アイキの問いに、ルーセス王子はゆっくりと表情を変えて、冷笑を浮かべた。


「覚悟か……どうだろう」


 立ち上がる王子は、言葉とは裏腹に自信に満ち溢れているように思えた。癖のある銀の髪はきっちり整えられていて、ディーンの服によく似た、王子らしい金色の刺繍の施された紺青色の服をしっかりと着こなして、いつか見た大剣を腰に付けている。カシェルと王妃様と同じ翠色みどりいろの目をしているけれど、王子の目は見えている世界が違うように冷たく、それでいて深く輝いているように思える。


 アイキもいつもの簡素な服ではなく、動くたびに幾重にもひらひらと揺れる黒い衣装に身を包んで、めかし込んでいる。音楽家としての正装なのかもしれないが、変梃な衣装だ。


「キミたちは、城の中に行くんだよ。あの二人は、門に行かせるから……ね」


 水の精霊が何か作戦のようなものを伝えるが、曖昧すぎてオレには意味がわからない。すると、それをわかっているように水の精霊がオレを見据えて、にっこり笑った。


「ラスイル。キミは、キミの思うままに動けばいい。きっと、うまくいくから……ね」


 思うままと言われても困惑するばかりだが、詳しく聞くこともできずに水の精霊を見つめて小さく頷いた。ルーセス王子とアイキも正装をしているし、オレにも星族の衣装を着させているくらいだから、ただ帰還するだけ、という訳ではないのだろう。ただ、この後のことがうまくいくように、最低限でも邪魔にはならないようにしなければならないと思うと、軽く拳を握った。


 アイキがひょいと立ち上がると、朗らかな笑顔で両手を差し出す。


「さ、帰ろう。オレたちの、在るべきお城に」


 ルーセス王子が、さっとアイキの手を取る。オレも少し遅れて、アイキの手の上に自分の手を重ねた。手袋をしていてもアイキの手の冷たさが伝わってくる。アイキはオレの手をぎゅっと握ると、その手を引くように少し屈んで、オレとルーセス王子を交互に見つめた。


 アイキが転移魔法を使うのを肌で感じて、オレは目を閉じた。


 オレは……水の精霊に頼まれて、ルーセス王子とアイキの手伝いをする。そのためにミストーリに行くのであって……


 オレは、何を考えている……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る