17-2. 帰還

 場所が変わったのを感じて、目を開き、上を見上げる。石に囲まれた広い部屋……ここはミストーリ城の中なのか?


「ルーセス……!」


 聞いたことのない涸れた声に振り向くと、その声の主が国王だと直感でわかった。国王は宝飾の施された大きな椅子に腰掛けたまま、深い皺のある顔を突き出し、前のめりでこっちを見ている。


「父上。只今、戻りました」


 ルーセス王子が、ゆっくりと国王に向かって歩きだす。隣にいるアイキがルーセス王子を目で追いながら、オレに小声で囁いた。


(ラスイル。ちょっとの間、オレの真似してね)


 オレは小さく頷くと、言われるままにアイキに並んでルーセス王子の後を追い、歩き出した。いつの間にか、アイキの目が碧く輝いている。


「今まで何処に? 王妃もディーンも、とても心配していたのだ」


 アイキがルーセス王子の少し後ろで立ち止まると、その場にひざまずいた。オレも真似をして同じように跪く。


 国王は険しい表情のまま立ち上がり、ルーセス王子を凝視している。ルーセス王子の表情は見えないけれど、その背中はとても再会を喜んでいる様には思えない。言葉を発することもなく、ルーセス王子は国王との距離を少しずつ縮めていく。


 やがて、ルーセス王子は国王の数歩手前で立ち止まると、その場で敬礼をした。


「父上、感謝しております。第二王子として……貴方の子であることを誇りに思う。今、此処にこの身があるのは、父上のお陰です」


 ルーセス王子と国王は無言で見つめ合っていた。時が止まってしまったように、国王もルーセス王子も、何も言葉も発せず身動きひとつしなくなってしまった。


 オレはちらりと横目でアイキを確認しながら、時が動き出すのを待った。国王の両脇に、護衛兵なのか二人の男が立っていたが、その二人も全く動かない。ずっと行方不明だった王子の帰還というのは、こんなものなのだろうか。


 しばらくすると、国王は何かを悟ったかのように大きな椅子に深く腰掛け直すと、ふっと目蓋を閉じた。さっきまでと違って、少し表情が緩んだようにも見えた。


 それを確認したかのようにルーセス王子が動き出すと、腰に下げていた剣に手をかける。


 次の瞬間、ルーセス王子はその剣で国王の胸を貫いた。突然のことに面食らい、足が竦む気がした。けれどオレは、自分自身の意思とは関係なく、練習してきた時と同じように素早く駆け出し、国王のすぐ後ろに立っていた兵に斬りかかった。アイキもオレと同じように、オレが斬りかかった兵の、反対側に立っていた兵を短剣で刺していた。


 突然のことに、兵たちは身構えることもなく、その場に倒れた。流れ出す赤い血と、人を斬った感触に手が震える。人を斬れば血が流れる。そんな当たり前のことを忘れていた気がする。


 国王は言葉を発することもなく、大きな椅子からずるずると滑り落ち、そのまま動かなくなった。赤い血だけが、じわりじわりとその周囲に広がっていく。


 ふと、怖くなってアイキの顔を見ると、いつになく真剣な表情に碧く光る眼が、とても冷たく揺らいで見えた。オレはガタガタと震えだす手を抑えきれず、剣を握っていることすらままならない気がして、即座に剣を仕舞い込んだ。


「星族との血盟も、これで断ち切れる。父上……これで……自由に……」


 ルーセス王子には迷いが無かった。無表情のままで、父親に語りかけるその姿を直視できず、視線を泳がせる。


 実の父親を……殺さなければいけない理由とは何なのだろう。星族との血盟……?


 アイキとオレが斬った兵たちも倒れたまま動かない。これが人が死ぬということ……オレが、殺した!


 どうして……今までに魔物なら幾らでも倒してきたというのに。数え切れない程の魔物を殺してきたというのに、なぜオレは人の死を目の当たりにして、こんな……。


 駄目だ……まだ、手の震えが止まらない。


「ラスイル!」


 振り向くと、ルーセス王子が手を伸ばしている。咄嗟にその手を掴むと、力強く握り返される。


「ルーセスかっこいいぃー! 惚れちゃいそう!」

「馬鹿なことを言っていないで、早くしろ!!」

「わかってるよぉ、怒るなよっ♪」


 ルーセス王子とアイキがくるりと表情を変えて、水の神域で見たときのように話し始める。


 この二人は、異常だ。もっとも……星族を全て滅ぼす、なんてことを平常な人間が出来るとは思えない。オレは……オレには、出来ない。こんなことを繰り返すなど……正気の沙汰ではない……!


「アイキ、待て」

「んっ?」


 掴んだ手が振り払われて、動揺しながらもそれを悟られないようにルーセス王子の視線を追うと、そこには見知った顔があった。その瞬間、頭の中が真っ白になった。


 奥の通路からディーンが現れ、目を見開き青ざめた顔をする。至極当然の表情をするディーンを見ながら、その傍に走り出したくなる、その気持ちをぐっと抑えた。


「兄さん」


 ルーセス王子が血塗りの剣を持ったまま、ディーンに歩み寄る。ディーンはルーセス王子と国王の亡骸を交互に見ながら、じりじりと後退りした。此処で何が起きたのかは、火を見るよりも明らかだ。


「ルーセス、いったいどうして……」


 見つめ合う二人の王子の間に、淀んだ空気が立ち込める。


 気がつくと、オレは走り出していた。ルーセス王子の前に背を向けて立ち、手を広げてディーンを直視した。ディーンと視線がぶつかる。


「ディーン……カシェルと王妃様を守ってくれ!」

「ラスイル……?」


 ディーンがオレの名を呼んだ。何故か酷く、胸が痛む。


 ルーセス王子たちが何をしているのかオレにもわからないというのに、オレは何を言って……?


 突如、がっしりと後ろから肩を掴まれた。はっとして振り返ると、ルーセス王子ではなくアイキがオレの肩を掴んでいるのがわかった。その次の瞬間、身体が宙に浮くような感覚がして、目の前が揺らぐ。


 これは、アイキの転移魔法……次はどこに行くというのだ。

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