14. 助太刀
不意に目の前へ、何かが飛び込んでくる。
――ゴゥン……!!
アクラシエルの魔法が何かに直撃したけれど、びくともしない。……というよりは、アクラシエルの魔法が、その何かに吸収されたように見えた。
白く輝く大きな剣。それは、さっきルーン湖畔で見た剣……そして、それを構える銀髪の男。
ちらりとこちらを振り返る男の眼は、翠色に輝いている……間違いない、この人は――
「ルーセス……王子?」
王子は何も言わずにオレから視線を逸らすと、そのまま、アクラシエルとカシェルに向かい、ゆっくりと腕を伸ばしながら歩み寄る。その時、カシェルが何かを察知したように、アクラシエルに飛びついた。
ルーセス王子が、床に座り込む二人を見下ろす。
「……そこを退け」
「イヤ……イヤ!! この人を殺さないで……消さないでぇっ!」
血に汚れたカシェルがアクラシエルを抱きしめて、泣き叫ぶ。ようやく聞こえてきたカシェルの叫び声に、目眩がして、額を手で押さえた。
「ねぇ……キミ、大丈夫?」
突然、横から声をかけられ、くいっと服を引っ張られた。聞いたことのない声に、ほぼ無意識に振り返る。
「泣きながら剣を振るう星族なんて初めて見たけど……あーっと、オレの声は聞こえてる?」
綺麗な顔立ちの男が、ぱちぱちと瞬きをしながら碧い目でオレを覗きこむ。この男は見たことがある……ルーセス王子の付き人である音楽家だ。
「聞こえてるみたいだね……?」
「――――っ!!」
音楽家は妖しい笑みを浮かべたと思うと、いきなりオレの胸ぐらを掴んだ。たなごころを返したように表情を変えて、怒りを
「オマエ、何やってるの……だいじなものまで傷つけて、何をやりたいの?」
「うっ…………!」
苦しくて逃れようと音楽家の腕を掴むけれど、その力が強くて声も出せず、振りほどくこともできない。恐ろしく冷たい眼で睨みつけられ、手が震える。
「アイキ、その男はいいから、あの女を何とかしてくれ。あっちの星族は消さない。かと言って連れていけないだろ?」
王子の声が聞こえると、音楽家はちらりと王子を見てから、オレを更に強く掴み上げる。
敵わない……なんて力だ……!
「ぐぁっ……」
オレは勢いよく床に叩きつけられて、情けない声をあげた。床に転がったまま音楽家を見上げると、
「オレたちが来なかったら、どうするつもりだったの? まさか、死んでもいいとでも思ってた?」
掴まれていた胸元に手を当てて、音楽家を凝視した。手の震えが止まらず、何も言い返すことができない。オレが何も言い返さないことに余計に腹が立ったのか、音楽家は表情を歪める。
「だったら……ひとりで勝手に死ねよ! バーカ、バーカ!!」
音楽家の言葉に、はっとして我にかえる気がした。それと同時に、さっきまであまり感じなかった全身の痛みが、どんどん強くなってくる。
だいじなもの……そうだ、オレはカシェルを傷つけてしまった。ディーンが護身用にと譲ってくれた剣で、守るべきものを傷つけて、オレは……なんてことをしてしまったんだ……。
痛い。身体が動かすことすらままならないほどに、頭が割れそうなほどに、痛い。胸が締め付けられるように苦しくて、呼吸さえも苦しく感じる。
「チッ……」
舌打ちをすると、そのまま音楽家はくるりと振り返り、アクラシエルとカシェルの方へ手を伸ばした。アクラシエルは抗う様子も見せず、何も言うこともなく、じっと王子と音楽家を見ていた。きっと、アクラシエルは、この二人が誰なのかを知らないだろう。
「ねぇ、そんなに怯えないでよ。傷つけたりしないから。ちょっとだけ、オレの言うこと聞いてね」
そう言うと、音楽家がスっと腕を伸ばし、手を広げて魔法を使った。途端に、部屋中に碧く美しい、ほんのりと光る雫が舞う。その雫がひときわ綺麗に煌めくと、体が硬直して、指一本動かせなくなった。
「さ、こっちに来て。神様に会いたいんだろ?」
音楽家がカシェルに微笑む。カシェルは魔法に魅入られたように無表情になると、ゆっくりとアクラシエルから離れて、よろめきながら音楽家に近づいていく。
オレもアクラシエルも動けないで、碧い雫が舞う部屋の中を、カシェルがゆっくりと進むのを見ていた。オレたちの動きを止めて、カシェルを操っている……これは音楽家の魔法、なのか?
音楽家がカシェルの手を取ると、オレは振り返った王子に乱暴に掴まれて、力づくで立たされた。
「誰かに必要とされる者を消すつもりはない……だが、その価値がないと思った時は別だ」
王子が放ったその言葉が、オレに向けられたものなのかは
ただ、気高く、残酷な気を纏う王子と、音楽家の艶やかな魔法に、この部屋の狭い空間が一瞬にして支配されたと感じた。その前ではアクラシエルでさえも、身動き一つ取れなかったのだ。
王子と音楽家が手を取った瞬間に、目の前の景色が遠退くのを感じて、思わず目を閉じた。
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