10-1. 王妃様の光
他の星族の目も気にせず、堂々と下階に下りると、小部屋に移動する。着替えが終わる頃、扉の前で兵士が呼ぶのが聞こえた。
同じ制服の兵士に連れられて門を出ると、町の中の人混みを進み、城へと向かう。いつも上から眺めていた路地は思っていたよりも広く、夕暮れ時の商店街は活気があった。
同じ目線で人々を見るのも悪くないと思った。此処にいる人々は皆、自分で選択した道を選び、生きているんだ。そんなことは面倒だと思っていたけれど、たくさんの人と関わり、様々な困難に頭を抱え、笑ったり泣いたりしながら生きていくということは、とても楽しそうだ……。
カシェルは泣き腫らした目を隠すように、前髪を指先で
様々な装いをした人々とすれ違いながら、夕焼けに染まる大きな城門を越えて、城内へと入っていく。星族の暮らす門の中とは違い、床には綺麗な絨毯が引かれていて、あちこちに垂れ幕や装飾があり、同じような石造りの建物でも、とても華やかに見えた。
その後、兵士に言われた通りに、たくさんの椅子やテーブルの並ぶ広間で待っていると、使用人が迎えに来た。使用人はオレとカシェルを別々の部屋に案内しようとしたけれど、カシェルがどうしてもオレから離れようとしないので、仕方なくオレがカシェルに付いていくことになった。
連れて行かれたのは、たくさんの綺麗な服の並ぶ部屋だった。どうやら、着替えをするために別々の部屋を案内したかったようだ。わざわざ着替えまでさせるなんて、かなり大掛かりだと思ったけれど、星族や兵士の衣装を着ているのも確かにおかしいのかもしれない。
オレはしばらくの間、壁を向いたまま使用人であろう女の人たちがカシェルを着替えさせる、楽しそうな声を聞いていた。その後、小さく囲まれたところでオレも着替えさせられた。ディーンが普段から着ているような、高価そうな服だ。
「ラスイル……」
カシェルに呼ばれて振り返ると、綺麗なドレスに身を包むカシェルに目を奪われた。髪も高い位置で結われて、キラキラと輝く宝石が付けられている。
「私、こんな服を着たの初めて。似合うかな……?」
「似合うなんてものじゃないわ。あなたの為に仕立てたドレスのようね」
「王妃様と髪の色が同じだからよ。でも兵士さんなんでしょ?」
「こんなに綺麗な人が兵士さんなんて勿体無いわぁ~。ね、私たちと一緒に働かない?」
「ダメよぉ、ディーン王子が見初められた方なんだから」
「どんな人が来るのかと思っていたけど……ああ見えて王子も、見るところは見てるのねぇ」
「ずいぶん王子よりは若そうですけど。アナタお幾つ?」
オレが答える前に、カシェルを囲む使用人たちが次々と話し出す。オレはその勢いに怯んでしまい、何も言えなくなってしまった。
「あ……あの……」
カシェルは恥ずかしそうに耳を赤くしている。それからまたしばらく、兵士が迎えに来るまでカシェルはひたすら質問攻めにされていた。
兵士に連れられて、再び広く長い廊下を移動する。先で待っていた兵士が重そうな扉を開くと、中に入るように言われた。オレとカシェルは顔を見合わせると、おどおどしながら扉をくぐった。
豪華な装飾が施された広い部屋に、重そうな大きなテーブルと椅子が並んでいる。そこに、ディーンが一人で座っていたが、オレたちが入ってきたことに気がつくと立ち上がった。あまりにも慣れない景観と待遇に緊張していたけれど、ディーンの顔を見ると、ほっとした。
カシェルが歩きにくそうにしながらも、ゆっくりと歩く。ディーンは、目を輝かせながらカシェルをじっと見つめて、歩み寄る。
「素晴らしい……これほどまでに美しい女性を見たことがない」
「あ、ありがとうございます……」
オレは横で咳払いをした。王子はチラリとこちらを見たが、すぐにカシェルに視線を戻す。
「ラスイル。貴君も正装すればそれなりじゃないか」
「どこを見て言っているんだ……。それなり、とはなんだ?」
カシェルがクスクスと笑った。ディーンがつられて笑い出すので、オレも口元が緩んでしまう。
あんなに泣いていたのが嘘のように、カシェルは綺麗な目をしていた。つい、肩の辺りまで開いた胸元が気になってしまい、目のやり場に困って視線を泳がせた。
それから、ディーンの指示で、オレとカシェルは席についた。重たい椅子は、座り心地が良いのか悪いのかわからず落ち着かない。
カシェルは普段着ている服とはかなり違う、ドレスに身を包んでいる所為か、余計にそわそわしている。オレがカシェルを見ていることに気がつくと、また耳を赤くして視線を逸らした。化粧をされているからか、頬も赤いのだろうけど、よくわからない。
オレたちが入って来たのとは反対側の扉がゆっくり開くと、長い銀色の髪を高い位置で結い、カシェルのものより、もっとキラキラと輝く宝石が散りばめられたティアラを冠る、美しい翠色の目をした女性が、静かに部屋に入って来た。一目で、それが王妃様であるということがわかる。
ディーンは王妃様をエスコートして、椅子を引き、着席させる。その一部始終が初めて見る光景で、目が離せなかった。王妃様と目が合うと、綺麗に微笑んでくれたけれど、オレはどうしたらよいのかわからず、下を向いてしまった。
それと同時に使用人たちが食事を運んできた。順序良く並べて、どこかへ消えていく。ディーンが部屋の中に残っていた兵士たちに合図を送ると、一人残らず部屋から立ち去った。
部屋が静かになると、王妃様がディーンの方を見た。ひとつひとつの動きに合わせてキラキラと宝石が瞬く。
「ディーン、紹介してちょうだい」
「はい。わかりました」
ディーンは、オレとカシェルを交互に見た。王妃様の際立つ美しさに引けを取らないディーンの振る舞いは、やはりれっきとした王子である所以だろう。城の中という特別な場所がそう思わせるのか、ディーンの小粋な微笑みに、仰ぎ見る思いがした。
「私の友人であり、特務兵として動いてくれている、
驚いて、ディーンを見た。星族ということは隠すと思っていたからだ。焦るオレとは逆に、王妃様はオレたちを交互に見つめて微笑んでいる。王妃様が星族であったことを思えば、そんな心配など杞憂かもしれない。カシェルを見れば、星族であることは一目瞭然だ。
王妃様はディーンに視線を戻すと頬に手を当てて、小さく溜息を吐いた。
「ディーン、あなたはパートナーのいる女性に惹かれるのね」
「かっ、お、王妃! 何を言って……いや、そんな訳ではなくて……」
赤面するディーンを見ながら、王妃様は嬉しそうに微笑んだ。
「ここには私とディーン、それからあなた達しか居ない。友人の家に招かれたと思ってリラックスしてちょうだい」
「は、はい……」
「ありがとうございます……」
友人と言われても全く直感が湧かず、余計に混乱する。カシェルも同じことを思ったのか、困ったような顔をしていた。
「……そうね、私としたことが、余計に困らせてしまったわ。星族に友人なんていないものね」
王妃様は、口元を手で隠しながら、くすくすと笑っている。オレは何も言えずにまた、下を向いて黙っていた。
「カシェル……。もう一度、あなたの話を聞かせてくれ。あなたが何故、ルーン湖のことを知っているのか」
「……はい」
頭を上げると、王妃様は真剣な眼差しで、カシェルを見つめていた。
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