9. 星族の通達
階段を上がりきると、オレとカシェルは二人で星族の敷地へと入る。
「おかえりなさい。お務めご苦労様」
聞いたことのある声に、はっとして顔を上げる。こんなところに居るはずのない顔に驚きつつも、瞬時に感情を捨てて無表情になる。
「ララファ様……ご足労いただき感謝します」
そこで待っていたのは、オレとカシェルをパートナーに選んだ上位星族で
カシェルはオレの横で、無表情のまま礼をした。
「ラスイル、あなたの部屋で話しましょう」
「……わかりました」
オレは礼をすると自室にカシェルとララファ様を招いた。ララファ様はベッドに座る。オレとカシェルは並んでララファ様の前に立っていた。相変わらず、無表情で何を考えているのか分からない。ララファ様は片手で髪を弄りながら、オレたちを交互に見つめる。
「この国の結界には触れましたか? 驚いたでしょう? あなたたちならこの結界から力を得ることができた筈ですから」
「はい、驚きました。こんな結界が存在するとは知りませんでした」
隠しても無意味だと思い、言われるままに答えた。ララファ様は頷くと、無表情のまま通達を差し出した。カシェルが手を伸ばし、通達を受け取る。
「この国の結界は守る必要はありません。あなたたちは選ばれし星族。星拠で上位星族として生きていくことが許されたのです」
「私たちが、上位星族……ですか?」
「ラスイル。私が育てた
「……どのように? 我々が忌々しき魔法使いに勝てるとは思えません」
つい、言葉が先に出てしまった。イリースで跡形もなく消えた星族のことを思うと、それは本音だった。弱音と思われたかもしれない……だけど、それでも構わない。このタイミングでオレたちを星拠に戻すということは、イリースで失った上位星族を補うためかもしれない。星拠に戻れば、上位星族が何をしていたのかを知ることが出来るだろう。でも、それは……。
視線をララファ様に戻すと、ニィと口角を釣り上げた。星族は皆、笑っていても目が笑っていない。この人らしい笑い方だ。
「この国の結界は忌々しき魔法使いたちから魔力を奪います。我々はこの結界と同じものを他の国にも造りだすことに成功しました。この結界を造り続ければ、忌々しき魔法使いたちから力を奪い、星族は、世界を守ることができるのです」
魔力を奪う結界を造り出す……? ということは、カシェルが思っていた通り、ルーセス王子は結界にその力を奪われていたということか。そして、それをオレたち星族は当たり前のことのように利用している。だから……どこかでそれを知ったルーセス王子は『奪われたものを取り返す』ために、結界の破壊と星族の殲滅をしている、ということだろう。それはつまり……。
「わかりました。ララファ様」
カシェルはそう言うと深々と礼をした。オレも続いて礼をすると、ララファ様は、その場で立ち上がる。
「本当は、今すぐにでも連れ帰りたいところですが、あなた達も任務から帰ったばかりで疲れているでしょう。明日、星拠で待っています」
咄嗟に下を向き、フードで感情を隠した。顔を見られる訳にはいかなかった。そのまま、気付かれないように……感情を出さないように、なんとか言葉を絞りだした。
「明日……ですか……?」
「何か、問題でもあるのですか?」
ララファ様はオレたちを見下ろしているのだろう。視界の縁に入る足下だけを、じっと見つめていた。
「……いえ。ありがたい処遇に感謝いたします」
カシェルは何も言わなかった。礼をしたまま頭を上げないでいると、直ぐにララファ様は魔法を使い、何処かに消えた。
ララファ様の気配が無くなっても、オレはそのまましばらく動けなかった。きっとカシェルも同じだろう……いや、カシェルはもっと、オレなんかよりもずっと、辛い感情を抱いているのかもしれない。
星拠に戻れば、オレはカシェルのパートナーではなくなる。そしてそのまま、星拠から出ることもなく、感情を失くした星族たちの中で過ごしていくうちに、オレとカシェルも再び感じる心を失くしてしまうのだろう。
……カシェルから、笑顔が消える。そんなのは嫌だ。
それにしても……なんてタイミングだ。
オレはこれからどうすればいい……。どうすれば……。
「ラス……」
名前を呼ばれて頭を上げると、カシェルが飛び込んできた。オレはそのまま、カシェルを抱きしめた。カシェルは震えている。
「……ラス、私……怖い。ララファ様ひとりでもすごく怖い」
「うん……オレも、怖かった」
そう答えながらも、恐怖とは違う感情だったと思った。けれど、この感情を、何と言うのかわからない。でも、確かにララファ様一人にだって敵わない……そんな気がした。オレはカシェルを守りたい。誰からも何からも守りたいのにその強さが無い……全然、足りない。
「カシェルはオレが守る。約束しただろ?」
「うん。ラスは私が守る……」
カシェルを強く抱きしめるけれど、カシェルの震えは止まらない。
オレも、震えているのかもしれない……。
このまま……時が止まってしまえば良いのに。
……世界が今、終わってしまえば良いのに。
カシェルはオレから少し離れると何かを訴えるように、じっとその翠色の瞳でオレを見つめた。カシェルの揺れる瞳は、オレだけを映している。
「ラス……私、ディーンの妻になる。ラスは私の兄ってことでお城に居ればいい」
「カシェル、そんなことは……」
「私は
「星拠には行かない……! そんなことは考えなくていい!!」
オレを見つめたまま、カシェルはポロポロと涙を流し始めた。カシェルが涙を流すのを初めて見たオレは、どうしていいかわからず涙を袖で拭った。
「ラスイルは……ラスイルにも
「所有者……?」
カシェルの言っている意味が分からない。カシェルは、何の話をしているんだ……?
「やっぱり……知らなかったのね。尤異は所有する側だもの……。きっと、ラスイルはまだ若すぎるから知らないだけ。殊異である私には所有者がいる。私はその所有者のものとして生きなければならないの……ううん。前も、そうだった……」
「なんだよそれ……そんなこと、オレは知らない」
所有者のもの……? どういうことだ。
「それならば何故、今はオレのパートナーとして……」
「所有者が決まってからずっと、私は所有者のものとして存在していた。……けれど、私の所有者は決まりを破った。その所為で私は一時的に彼の元を離れることができた。だから星拠に戻ったら……もう……絶対に、ラスイルには……会えない……」
ポロポロと零れる涙を拭いながら、オレはもう後戻り出来なくなっていたことに気が付く。カシェルに影響を受けすぎたのかもしれない。ディーンの影響かもしれない。……ただ、このまま星拠に戻ることは絶対にできない。……星族をやめる。それが中途半端な覚悟では、出来ないことくらいわかっていたはずだ。
「所有者なんて星族たちが勝手に決めたことだ……カシェルは誰かのものなんかじゃない!」
「ラス……、ラスから……離れるなんて、いや……」
「うん……オレもカシェルと離れたくない……」
もう、そこまで迫っていたんだ。覚悟を決めるときが。
しばらくカシェルは泣いていた。ベッドに座らせて、ずっとカシェルの横に寄り添っていた。陽が傾きかけるまで、ずっと離れないでいた。
陽の光が赤みを増し、影が色濃くなってきた。そろそろ王子との約束の時間だと思い、カシェルの頭を撫でてから顔を覗いた。
「カシェル、そろそろ行こう。ディーンにも相談してみよう」
「……うん」
目を腫らしたカシェルは、オレの顔を見て、少しだけ笑ったような気がした。
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