8-2. 王子の憂慮
ディーンはしばらく黙りこんでいたが、何かを思いついたように身を乗り出すと、カシェルの両手を自分の両手で包み込み、じっとカシェルを見つめた。
「カシェル――」
「はい……?」
カシェルはディーンを見上げて、不思議そうに首を傾げる。
「私の妻となれば星族をやめられる。カシェルをミストーリ王族として迎え入れよう!」
「えっ……あの、それは…………」
「待て待て待て待て! オレはどうなるんだ?!」
ディーンは真顔でオレを見てから、大きく溜息を吐いた。そのまま、カシェルから手を離すと、椅子にもたれてうなだれる。何を言い出すのかと思えば、油断も隙もない王子だ。
「やはり……ダメか」
「全ッ然、ダメだっ!」
思わず席を立って声を荒げると、ディーンがそのまま、吹き出すように笑い出した。オレとカシェルもつられて笑ってしまう。真面目な話をしているつもりが、またディーンに乗せられてしまった。
少しの間、三人で笑った。こんなに笑ったことは、オレの記憶にはなかった。
ディーンが落ち着きを取り戻すと、再び何かを考えるように腕を組んだ。オレとカシェルは、ディーンに視線を戻す。ディーンの表情が柔らかくなったせいか、この小さい部屋の空気が軽くなったような気がした。
「ルーセスに力を借りるか……それは有りかもしれない。たとえ星族とはいえ、ルーセスにはむやみに人を殺して欲しくはない。弟はとても心の優しい男だ……もしかしたら、誰かの指示で国を襲っているのかもしれない」
ディーンはおもむろに地図を取り出すと、テーブルの上に広げた。地図上には小さく4つの印がついている。
「私が知る限り、結界が消えたのはこの四つの国だ。ギュンター、イリース。そして一年ほど前のことだが、フローロ、アニア。この四つの国は、さほど大きな国ではない。だが、何か共通点がある筈だ。それが分かれば、ルーセスが次に結界を破壊する国を特定できるかもしれない」
「大国ではなく、敢えて小国を狙っている……とか?」
「……かもしれん。だが、それだけではないだろう」
広げた地図を見つめたまま、オレたちは黙りこんだ。カシェルが印のついた国を線で結ぶように、指で地図をなぞっていた。
「……星族。イリースは星族が部隊に入り参戦するほどに王族と結託していたとクリスが言っていた。他の国はどうなのだろうか」
「なるほど。消し去るべき星族から消し去るということか……ルーセスの考えそうなことだ」
その時、地図をなぞっていたカシェルの指が、ひとつの湖を指したまま止まった。
「ルーン……湖?」
カシェルは、そこを指差したままオレの方を見つめた。
「ルーンの精霊、水の神。神様に今日もお祈りしましょう」
「なんだそれ?」
「子供の頃にお母さんが言っていたの。ルーンって精霊の名前なのかと思っていたけれど、もしかしたら湖の名前なのかも」
オレは驚いて地図を見る。だが周囲には町らしきものは描かれていない。
「ディーン、この湖の辺りは何という国になるんだ?」
顔を上げると、ディーンは驚いた顔をしたまま、地図を見ることもなく、じっと真顔でカシェルを見つめていた。
「……どうして、何故カシェルがこの湖のことを知っている?」
「えっ、それは…………」
「……カシェル」
言いたくない過去を無理に明かす必要はない、視線でそう訴えるけれど、カシェルは首を横に振った。
「……私は、星族になる前はこの湖の辺りに住んでいました。お父さん、お母さんと弟の4人で……小さな町だったけれど、とても穏やかな町でした。私はこのルーン湖畔の小さな町、ルンベルクという町をずっと探しているのです」
ディーンは、驚いたような不思議な顔をしながら、そわそわと落ち着きをなくす。
「まさか……いや、カシェル。王妃に……私の母に聞いてみるといい。今夜、特務兵としてラスイルとカシェルを城に招こう。本当は今すぐにでも連れて行きたいところだが……準備が、必要だからな」
「ディーン……?」
「王妃はカシェルに会うことを、とても喜ぶだろう。私は話をつけてくる。夕刻、迎えのものを此処に寄こすので、待っていてくれ」
「……わかりました」
話の途中だった気もするが……ディーンは満面の笑みを零し、足早に部屋を立ち去った。あの様子だと、ディーンはルーン湖のことを知っているのだろう。だが……何故、王妃様にこだわるのだろう。
オレと同じことをカシェルも思ったのか、二人で顔を見合わせて首を傾げた。ディーンが神妙な面持ちではなく、喜んでいたように見えたから尚更だった。
「ラスイル、私たちは星族の部屋に一度戻りましょう。もしかしたら、何か通達が来ているかもしれない」
「そうだな……着替えるか」
小部屋の中でそそくさと星族の衣装に着替える。兵士の服を仕舞い、オレとカシェルは小部屋から出ると門の上階へと階段を上った。
数日ぶりの重たくてかさばる星族の衣装に、どこか違和感を抱いた。
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