8-1. 王子の憂慮

 ミストーリの門の中は、静かでいつも通りだった。国の兵に申請を出すと、直ぐにディーンは時間を割いてくれて、数日前と同じ部屋で再会した。


 向かい合わせに座ると、カシェルがオレの横で前回と同じように、部屋に結界を張り巡らせた。


 ディーンはいつも金色の釦がキラリと輝く、肩や襟袖に白い刺繍が施された紺青色の服に身を包んでいる。その服と濃藍色の髪色がとても似合っている。


 薄い色の目を輝かせながら、ディーンは口を開く。


「ラスイル、カシェル、無事で何よりだ。結界の無き国に二人を向かわせるのに、こんなに憂慮に堪えないことはなかった」

「心配してくれたのですね。ありがとう、ディーン。貴方のおかげで、イリースでは怪しまれることなく過ごせました」


 ディーンはカシェルが気になっているから心配するんだ、と思ったが、口には出さなかった。助かったのは事実だ。カシェルが微笑んでいると、ディーンも微笑んでカシェルを見つめている。……とても、わかり易い奴だ。


 そういえば、カシェルはずっと無表情だったのに、ディーンの前ではニコニコしている。お友達だから……なのだろうか。


「イリース国の様子はどうであった……?」

「はい……とても酷い状況でした」


 オレとカシェルは二人で、イリースで見聞きしたことを伝えた。ディーンの表情は終始険しく、じっと何かを考えているようだった。


「……英雄か。ミストーリの王子が他国の結界を消したとなれば大問題だが、イリース国に於いてはその心配は無さそうだな」

「そうだな。ルーセス王子は、兵たちの憧れの的だった。その心配は無いだろう」


 ディーンは視線を落として微笑む。その笑顔がさっきまでとは別人のように思えて、オレは首を傾げた。


「ルーセスは何処にいても人の目を惹きつけるのだな……」

「ディーン……?」

「ラスイルも、ルーセスが気になるだろう? いつか私は、ルーセスに地位も友人も全て奪われてしまうのかもしれないな」

「……何を言っている。オレたちはディーンの・・・・・お友達だろう?」


 ディーンは何も言わず、フッと鼻で笑うと表情を曇らせた。何を考えているのかわからなかったが、笑われたというよりは何か、これ以上このことを話してはいけない気がした。それでも、ディーンはすぐに顔を上げると、いつも通りの表情を見せて、話を再開した。


「しかし、ルーセスが何処にいるのかはわからないままか。何を考えているのだろうか。結界を消すだけなら星族を殲滅することもなかろうに。カシェルには辛い思いをさせてしまった」

「いえ……」

「ミストーリ国からイリース国の王族宛てに、貴殿らとは別に使いの者を向かわせた。もうひとつ、結界を失くしたギュンター国にもな。それぞれの国の王族がありのままのことを伝えてくれるとは思わないが、参考程度の情報はくれるだろう」


 会話が途切れると、オレは何かを話さなくてはいけないような気がして、話題を探した。


「ディーン……その、ミストーリでは変わったことは無かったのか?」

「そうだな……特には何も。ただひとつ、ほんの些細な私事なのだが……」

「なんだ?」

「王妃である私の母が、友人を紹介してくれと言ってきたのだ。勿論、私は誰にも他言していないしカシェル達を疑う訳でもない。王妃がどうして突然そんなことを言い出したのか気になった。うまく誤魔化しているものの、何故かそのことばかり話してくるのだ」

「兵たちが噂していたのではないか?」

「いや、兵たちには星族の移動力を見込んで仕事を依頼したと伝えた。その点は私とて巧く話してある、疑う者は居ないだろう」


 突然、カシェルがクスクスと笑い出した。オレとディーンは驚いてカシェルを見た。


「なんだよ、カシェル……?」

「ごめんなさい、だって……お母様の言いたいことがわかった気がして」


 ディーンは、カシェルを見つめたまま頬を赤くした。……そうだ。ディーンは、とてもわかり易い。自分でもそれに気がついたのか、カシェルから目を逸らし、頭を掻いた。


「女性というのは……恐ろしいな」


 いや、おまえがわかり易いだけだろう。


「でも、王妃様にお会いしてみたいです……ね、ラスイル?」

「オレは別に……」

「それでは、私だけで会いに行っても構わない?」

「それはダメだ。絶対にダメだ!」


 カシェルはまた、クスクスと笑い出す。笑っているカシェルを見て、今度はオレが赤面してしまった。ディーンもオレたちを見てにこにこと笑っている。


「ラスイルとカシェルは、今まで会った星族とは違う。彼らとこんな話は出来なかった。星族など辞めてミストーリで本当に私の特務兵となれば良いのだ。そうすれば、もしルーセスが戻って来たとしても……星族として門に居るよりは安全だろう?」


 オレとカシェルは驚いて顔を見合わせた。星族を辞める、という言葉をディーンが使ったからだ。星族は、結界の中で暮らす人間とは違う。辞めるという選択肢は通常、思いつきもしない。それは、つまり……。


 ディーンは、驚くオレたちを見て微笑んだ。


「貴殿等には話しても良いだろう。ラスイルには戻ったら話す約束をしていたしな。私と星族との"縁"について……」


 すっかり忘れていた。そういえば、ディーンはオレたちに二つ名があることを知っていたのだ。


「……極秘なのだが、私の母である王妃も元星族だ。今はこの国の王妃。滅多に人前に姿を現さないので貴殿等も知らぬだろうが、ルーセスは……母親似だ」

「王妃様が、星族……?」

「そうか……王妃ともなれば、流石に上位星族も手出しは出来ないな」

「なんだ? 上位、星族とは……?」


 ディーンはさすがに上位星族の存在までは知らなかったようだ。オレたちはディーンに、星族には本拠地があること、上位星族によってその他の下位星族が管理、監視されていることを教えた。


「つまり、門にいる他の星族たちも上位星族によって支配されている、という訳か」

「そうです。だから、辞めるという選択肢はあり得ないし、そんなことを思いつきもしない。星族は星族として生きる以外の選択肢を持っていない」


 カシェルは、オレの顔を見て頷いた。ディーンを信用したのだろう。オレも、カシェルに深く頷いてみせた。


「ディーン……私たちは星族を辞めたいと思っています。そのためにこれからもルーセス王子を探すつもりです。もし、ルーセス王子が上位星族を消し去り、結界を破壊することが目的なら……力を貸していただけるのではないかと思うのです。もし今、星族を辞めてどこかに逃げたとしても、上位星族に連れ戻されてしまうのは時間の問題。上位星族からの監視から逃れるためには……」


 カシェルはそこで口をつぐむ。ディーンはカシェルの言わんとすることを理解した様子だったけれど、直ぐには返事をせず、顎に手を当てて考え込むように腕を組んだ。

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