6-2. 結界なきイリース国
「この国の星族は王族と
「星族が……兵と共に戦地に?」
「ハハハッ、やっぱりおかしいだろ? もう何年も前から、この国ではそれが普通だったんだ。星族は結界を管理するだけではなく、王城にも行き来して王族たちと何かを企んでいたようだが……兵士長と言えど私のような一介の兵士は何も知らず、ただ命令に従うだけだった」
男は、肩のあたりを摩りながら複雑な表情をしている。兵士と共に星族が戦っていたとなると、きっと上位星族が関与していたのだろう。そうでなければ、決まりを破りそんな勝手なことをする下位星族がいたとは思えない。
「あの日……私は不本意ながらも魔族の集落へと向かった。負け戦だと分かっていて部下を連れて行くことに憤りを感じていたが……命令だったからな。案の定、私の部隊は魔族の足下にも及ばず、すぐにやられてしまった。星族が差し出るのはここからだ。部隊に加わっていた数人の星族が前線に立つと、どこからともなく20人程の星族が突如として現れて、魔族の集落にむけて一斉に魔法を放った」
「どこからともなく……? 移動の魔法を使ったということだろうか?」
「さぁな、星族のことはよくわからん。いつもなら、それで魔族の集落を落として終わりだが……あの日はいつもと違った。私達の部隊に加わっていた"傭兵"が飛び出すと、星族の魔法から魔族の町を守ったんだ。そして魔族とともに星族を攻撃し始めると、あっという間に殲滅してしまった。あれは見ていて爽快だった……!」
その時のことを思い出したのか、男はにやりと笑った。そんな星族は滅ぶべきだとは思いながらも、少し複雑な気持ちになる。カシェルも同じことを思ったのか、横を見ると目が合った。
「あの、
「ああ。この国は兵が減る一方でな……それを補うために傭兵を雇い入れていた。忠義も無い、ろくな奴らじゃなかったが、彼らは違った。真っ直ぐな目をしていたからな」
傭兵というものが何なのかよくわからなかったけれど、この兵士は周知のように話すので、知っているふりをして聞き流した。きっと、兵士にも星族のように階級があるのだろう。
「驚いたのはその後だ……。彼らは倒れた星族たちに魔法を使うと、星族そのものを消し去ってしまったんだ」
「星族を……消し去る?」
その言葉に、思わず反応してしまう。この国の星族も、その傭兵に消されたということだろうか。先に見た、忽然と気配だけが消えた光景が脳裏を過ぎり、背筋が寒くなるような感覚に襲われる。
「私も驚いたよ。あんな魔法は初めて見たからな。恐ろしくて動けなかった。自分も消されてしまうのかと思ったが、星族を消し去った男が私に命令してきたのだ。城に戻って数多の魔物との戦闘に備えろ……と。わけがわからなかったが、私は言われた通りに急いで部下たちをかき集め、城へ戻ると王族に報告した。私の報告を聞いた王族たちは青ざめた顔をして、全部隊を彼ら"傭兵"の討伐に当てる命令を出した」
「傭兵の討伐……? 魔物ではなく?」
「そうだ。王族たちは、刺し違えてでも
男は再び、手向けた花に視線を移した。オレとカシェルはどんな顔をすればいいのかもわからず、無表情のままじっと男の顔を見ていた。
「……やがて、城へやって来た彼らは、我々の部隊には目もくれず、直ぐに門を破壊した。そして……気がついたら星族の気配がなくなっていた」
「そんな……一瞬で!?」
「いや……。情けなくも兵はひとり残らず、魔法で彼らに眠らされてしまったんだ……笑うだろ? 私が目を覚ました時にはもう、周囲からおびただしい殺気を纏う数多の魔物が襲い掛かってくるのだけが見えた」
「結界が消えて……魔物が襲ってきた……?」
「そうだろうな。部下たちは皆、あまりにも多くの魔物を目の当たりにすると怯んでしまった。私も覚悟を決めた。最後に、この国を……星族ではなく我々が守ったと誇りたかった。だが、国を守ったのは傭兵である彼らだ。彼らは星族こそ消し去ってしまったが、見たこともない魔法を使いこなし、次々と魔物を倒していった。私は途中で深手を負い、朦朧とする意識のなかで彼らを見ていることしかできなかった……」
オレとカシェルはちらりと視線を交わす。男は、空を見上げてから、オレたちに視線を戻す。
「彼らの目的は、星族なのか、結界なのか、或いはその両方なのか……それはわからない。ただ私は、星族の支配から、この国を救い出してくれた
やはり、この国に突如として現れて星族を消し去ったのは、"忌々しき魔法使い"だったのだ。それと同時に、この国を救った"救世主"でもある――。
突然、男は首元を緩めると、綺麗に塞がった傷痕を見せてくれた。
「星族を消した彼が、魔法で私の傷を癒やしてくれた。お陰で私は一命を取り留めた……感謝している」
本当に存在するのだ。この男は、忌々しき魔法使いに会ったのだ。星族を滅ぼす存在……そして、オレとカシェルの希望――――。
「傭兵は、どんな……いや、何人くらいいたのですか?」
「たったの6人だ……よく覚えている。綺麗な紅い目をした男、美しく碧い目をした男と魔法のように歌う女。それから、身の丈程もある大剣で戦う男と女。そして、私の傷を癒やしてくれた銀髪の男……」
オレとカシェルは、はっとして顔を見合わせた。それから静かに、その男に質問をした。
「……銀髪の者の名は、わかりますか」
男は、静かに頷いた。
「彼の仲間が呼んでいた。彼の名はルーセス……」
まさか……そんな。ルーセス王子が、"忌々しき魔法使い"――――?!
驚きのあまり硬直するオレを見て、男は不思議そうに首を傾げる。
「彼を、知っているのか?」
「その……ルーセスという人のことを、他に覚えていることがあれば教えていただけないでしょうか」
何も言えないでいるオレに代わり、カシェルが質問した。男はカシェルをじっと見つめながら、頷いた。
「綺麗な……貴女によく似た翠色の眼をしていたな。いや、顔は似ていないが……ああ、そうか。貴方達は人を探していると言っていたな?」
男は、回答を待つように、じっとオレを見据えた。
「……我々が探している、我が国の第二王子ルーセス様に間違いないかと……」
男は、驚いた顔をしたけれど、少し微笑んでから小さな溜息を吐いた。
「……王子か。道理で威厳のある男だと思った。しかし何故、王子を探している?」
「ルーセス王子は、星族に追われています。王子を守るため、一時的に国王の命令で亡命されたのですが……そのまま行方不明となられました。我々は内密に第一王子の下命でルーセス様を追っています」
「行方不明……?」
オレたちは前もって話しておいた通りに、それらしい理由を伝えた。男は何かを考えるように
「彼は"奪われたものを取り返す"と言っていた。国に戻りもせず……何を取り返そうとしているんだ?」
オレとカシェルは顔を見合わせる。点と点が、線で繋がるような気がしたけれど……オレにはまだ理解ができなかった。
「我々にもわかりません。我々の知る王子は、魔法を使うことができませんでした」
「魔法が使えない……? まさか?!」
男は身を乗り出し、そこで見た光景を思い起こすように周囲を見渡す。
「……彼の魔法は光り輝いていた。彼の仲間も魔法をそれぞれの武器に乗せて戦っていた。見たこともない
男は目を輝かせながら、その時のことを語る。やはり、ルーセス王子は強力な光の魔法使いだったということだろう。ミストーリから離れたことで魔力を取り戻した……ということだろうか。
「きっと……貴君らの国は、魔法が盛んなのだろうな」
「確かにミストーリは魔法の盛んな国ですが、
「……ということは、彼は亡命先で仲間に出会ったのか? いや……その前から彼は、何者かに監視されていたと考える方が自然かもしれんな」
そうなると、やはり怪しいのは王子と行動を共にしていた"音楽家"だろう。でも、音楽家のことはディーンでさえよくわからないと言っていた。
「……王子が何処に行ったのかわかりますか?」
「わからん……。私は傷を癒やしてもらったあと直ぐに眠ってしまったんだ……気がついた時には既に、彼らの姿は無かった」
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