6-1. 結界なきイリース国
ガタゴトと"魔車"が揺れる。魔法で地を這うこの乗り物は、結界の消えたイリースという国を目指している。隣国からイリースという国に入るまで町から町へと移動して、思ったよりも時間がかかってしまった。ミストーリを出発して、今日で三日目だ。
「兵士さんたち、この辺りで降ろすけど、いいかい?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「悪いね……。仕事だとはいえ、兵士さんも大変だね」
「いえ、ここまで乗せていただけただけでも助かりました」
「じゃ、気をつけて……帰りの魔車は、本当にいいのかい?」
「はい。何日滞在するのかもわからないので……」
帰りは星族の魔法ですぐにミストーリに帰ることができるので何も問題はないが、この魔車屋は同じことを何度も聞いてきた。金のためなのか、本当に心配してくれているのかは、よくわからない。
金を渡すと、魔車屋はそそくさと帰っていく。この先には結界を失くして困っている人がいるのかもしれないというのに、自分は関係ないといった感じだった。星族には感情がないとは言うものの、一般人の中にも同じような奴がいるのだと思った。
オレたちは先に見えるイリースという国に向かい歩き始めた。星族の衣装よりも兵士の服のほうが動きやすい。
「ラスイル、この服装すごく似合うよね。本物の兵士さんに見える」
「誰が着ても同じだろう?」
「そんなことない。国にいた兵士さんたちより、ずっと素敵」
カシェルはオレを見て微笑んだ。カシェルには星族の衣装の方が似合っていた気がするけれど、兵士の服も悪くない。
「カシェル……ディーン王子のことを信用していいと思うか?」
「……今さら、どうして?」
「いや、カシェルがどう思ってるのか気になって」
「どうって……お友達になろうって言ったじゃない」
「それはそうだけど……」
何かを企んでいるのでは、と言いかけてやめた。ここまでいろいろとしてもらっておいて疑うなんて、カシェルは怒るだろうし、自分も嫌だと思った。視線を感じて横を見ると、カシェルがこっちを見てニコニコしていた。
「なんだよ、そんな顔して」
「ラスイル、それは嫉妬心ね?」
「さぁ……自分ではよくわからない」
カシェルはクスクスと笑うと、オレの手を握った。
「私はラスと二人がいいの」
「オレも同じだ」
握られた手を握り返した。もし王子に騙されているとしても、カシェルと二人なら大丈夫なんじゃないかと思った。
―――――――――――――――――
イリースという国は酷い有様だ。門は崩れ落ち、もはや原型をとどめていない。そこに在るべき結界も、存在していなかった。
城下街に向かう前に、門の中を調べることにした。下階には兵士たちが魔物と戦った痕跡が色濃く残っている。壊れた武器や崩れ落ちた装飾。凄惨な戦闘があったことは一目瞭然だった。一通り片付けられた後なのだろう、遺体などはどこにもなく、人の気配もなかった。
「血の匂い、爆発の跡、斬られた跡……」
「この辺りは魔法で壊されたみたいだな」
「ラスイル、上に行ってみよう。何か残っているものがあるかもしれない」
「そうだな。なるべく離れるなよ」
「うん、大丈夫」
門の壁が崩れ落ちて上階へと続いているところをよじ登る。下階と比べると明らかに違和感がある。部分的に残っていた部屋に入ってみると、荒らされた様子があったものの、戦闘があったような痕跡もなく綺麗なものだった。
「星族は、本当に忽然と消えてしまったみたいね。血の跡もない」
カシェルの言う通りだ。星族たちは、まるで存在そのものが突然消えてしまったように、門の崩れ落ちた跡があるだけだった。遺留品のようなものも、衣服すら落ちていない。星族はオレとカシェルもそうだが、私物なんて持たないので物が少ないのはわかっていたけれど……これでは全滅と言うよりも消失だ。
「ラス、何がどうなったのか、さっぱりわからない」
「うん……街に行って、兵士でも探して話を聞いてみるか」
門の崩れ落ちたところをカシェルと手を取り合いながら降りて行くと、兵士と思われる服装の男が花を抱えて、門の崩れ落ちたところに立っていた。
「ラス、人が居る……」
「……うん」
その男は足元に花を下ろすと、その場でこの国の敬礼と思われる身振りをした。それからオレとカシェルの足音が聞こえたのか、ゆっくりと振り返った。思ったよりも落ち着いた表情をした男は、オレたちに警戒することもなく歩み寄ってきた。
「貴方達は……何処かの兵か?」
「私達は、ミストーリ第一王子の下命を受けて人探しをしている。ここであったことを知っているのならば、教えていただけないだろうか」
「人探し……?」
オレは男に王子の証文を見せた。男はオレとカシェルを交互に見てから、その表情を緩めた。
「そうだな。私も誰かに伝えるべき立場だろう。他国に知れ渡るのも良い」
男はその場にドスン、と座り込むと、オレたちにも座るように勧めたが、オレたちは座らなかった。
「悪いね。身体がまだ思うように動かず、私は座らせてもらうよ」
「ケガを……?」
「ああ、死んだと思った。イリースには数百人の兵がいたが、生き残ったのは僅か数人程度だ……」
その男は振り返り、自分の
「ひとりひとり、顔と名を確認しながら生き残った町人と共に埋葬した。体の傷はもちろん……心に傷を負わなかった者は居ないだろう」
「町の被害も、大きかったのですか?」
「ああ、城も町も壊滅状態だ。国は機能しておらず、生き残った者も明日もわからぬまま、生きている」
やはり、星族は全て消されてしまったのだろう。そして結界も破壊されてしまったのだ。それを実感すると、胸が締め付けられるような感覚がした。
「何故、結界が消えたのですか。星族は……?」
「そうだな……何処から話したらいいものか」
その男は、空を仰ぐと、ゆっくりと話し始めた。
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