5-3.王子の友人

 王子は神妙な面持ちで黙り込んでいたが、やがて、真剣な眼差しでカシェルを見つめだした。


「貴女を危険なところには行かせたくはないのだが……どうしてもというのなら」

「……はぁ?」

「ありがとう。心配してくれるのね、ディーン」

「いや……カシェル、そうじゃないだろ?」


 視線だけをオレに向けると、王子はククッ、と肩で笑った。


「ラスイル、申し訳ない。つい本音が出てしまった」

「本音なら許されると思うのか? "おともだち"に失礼じゃないのか?」


 オレは王子と目を合わせてにやりと笑った。この王子は、たぶんオレの嘘を見抜いていながら、気づいていないフリをしている。カシェルならまだしも、オレの心にもない"弔いたい"などという言葉には騙されなかった訳だ。このまま、話をはぐらかされるかもしれない……そう思ったけれど、王子は得意気に微笑んだ。


「協力しよう……いや、協力させてくれ。私も事の真相を知りたい。それに心配せずとも、ラスイルは強力な光の魔法使いなのだろう? まさかカシェルが傷つくようなことにはなるまい」

「当たり前だ。オレは尤異だからな」


 自分の口から出た言葉に自分で驚いた。けれど、尤異で良かったと思ったのは本当だ。尤異でなければ、カシェルを守ることはできないかもしれないのだから。


 王子は、何やら特殊な紙を取り出すとテーブルの上に置いた。


「ラスイル、カシェル。これは私の名を書いた証文だ。他の国でも十分通用するだろう」

「証文……?」

「これがあれば、貴殿らを公式に一国の王子としての命令で動く兵であることを証明できる。他国に入国する際に必要となるだろう。それから……」


 そうなのか。思えば、オレたちは星族として門を移動してきたことはあっても、一般人として国を渡ることは無かった。そんなものが必要だったとは、思いもしなかった。


 ディーンは立ち上がると、いろいろなものをテーブルに並べはじめた。兵士たちと同じ服、お金と地図。他にも、様々なものがずらりと並んだ。


「この剣は、私の銘入りの護身用の剣だ。国内においても、これを持っている者は多くない。大切にしてくれ。友人の印だからな」


 星族は武器を持たない。初めて触れる剣に、オレとカシェルは見入ってしまった。そんなオレたちを見て、王子は、誇らかな顔をして微笑む。


「それから……そうだな。最低限のこの国の知識は必要だろう。敬礼も出来ぬようでは、証文を持っていたとしても怪しまれてしまうからな」

「確かに……。オレたちは、何も知らないのだな」

「ラスイル、無知を恥じることは無いのだ。知ろうとすることは素晴らしいじゃないか」

「……それは、さっきカシェルが言っていた言葉じゃないか」

「そうであったな! ハハハ!」


 オレはまた、王子に釣られて笑ってしまった。どうもこの王子と話していると、ペースに乗せられてしまう。


「ふふっ。ラスイルがそんなふうに笑うの初めて見た気がする。よかったね、お友達が出来て」

「かっ……!」

「カシェル! いま着替えなくてもいいだろう!」

「えっ……?」


 カシェルのほうを振り返ってみると、星族の衣装をその場で脱ぎだしていたので、焦ってディーンとの間に立つ。


「だって、こんな服を着たことないから早く着てみたくって。別に裸になるわけじゃないのだから……ラスイルは気にしすぎなのよ」

「そうか。……いや、そうじゃないだろ?!」

「……星族というのは私たちと常識も違うのだな……心配になってきた」

「いや違う! カシェルがおかしいだけだっ!」


 カシェルはそのまま着替えをやめる様子もないので、オレと王子は並んで壁に向かい、カシェルの着替えが終わるのを待った。横で王子が小さな声で話し出す。


「ラスイル……証文に貴殿らの名前を入れておきたいのだが、二つ名を教えてくれないか? 証文には星族としての名は書けぬだろう?」

「……ああ、そうだな。オレは"バーン=アプサル"で、カシェルは"シェンナ=ヴァーレ"だ」

「承知した」


 王子は壁に向かったまま、先ほどの証文を取り、器用に魔法で名を刻んだ。そこでオレは、はっとする。カシェルのことに気を取られていたとはいえ、抜けていた。


「ディーン、どうして星族には二つ名があることを知っている……?」

「……そうだな、貴殿らが戻ったら話そう。話せば長くなる。ただひとつ、星族とは縁が深いとだけ伝えておこう」

「縁……?」


「お待たせしました。着替え終わったからもう大丈夫」


 カシェルの声に反応して、王子はオレの横から姿を消す。


「素晴らしい……制服も、とてもよく似合っているじゃないか!」

「ありがとう、ディーン。思ったよりも動きやすくて軽い」


 今度こそ、話をはぐらかされてしまった。まぁ、どちらにしても二つ名を刻んでもらわなければいけなかったので知られること自体は構わないのだが……縁とは何のことを言っているのだろう。


「ね、ラスイルも着替えてみて? 私は余所を向いているから」

「……わかった」

「ラスイル、私も見ないほうが良いだろうか?」

「好きにしたらいいだろっ!」


 フードを脱ぎ捨てながら声を荒げると、カシェルと王子が二人で笑っている。そのまま王子はカシェルの服の乱れを正し、腰のあたりに触れながら護身用の剣を身に付けさせているので、オレは急いで着替えをした。


 その後、兵士として最低限のこの国の知識を学び、オレとカシェルは一時的に第一王子特務兵となった。


 準備を整えると、星族の魔法で目的地であるイリース国の隣国に転移した。オレたちは星族としてではなく、一国の兵士として門を通過して、城下街へと歩いていく。


 振り返り、門を見上げてみるけれど、中に住んでいるであろう星族の姿は見えなかった。門は高く静かにそびえ立ち、そこに星族が住んでいるということを知っていても、遠く感じた。きっと、同じように存在しているのに、結界の中で暮らす一般人と星族とは住んでいる世界が違うのだ。


 カシェルは楽しそうにキョロキョロしながら歩いていく。星族をやめる前に、こんな日が来ることは予想もしていなかった。

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