5-2.王子の友人

 王子は照れるように少し顔を赤らめながら頭を掻いている。こうなってしまったら、もう知ったことか。それに、考えてみればオレたちは星族をやめるんだ。星族の決まり事など、もうどうでもいいのだ。


 オレは姿勢を崩し、椅子に深く腰掛けた。また椅子が、ぎぃ――と、オレを笑うように音を立てる。カシェルはオレが止めないとわかったのか、話を始めた。

 

「殊異とは、星族にしか居ないと言われる特別な容姿の持ち主です。光の魔法の使い手として……また、星族の導き手として生まれてくると星族では伝えられています……第二王子様は、きっと強力な光の魔法使いです。『殊異しゅい』であり、ラスイルと同じ『尤異ゆうい』でもあるのかもしれません」

「尤異……?」

「尤異は、他の星族よりも光の魔法の使い手として優れている魔力の器の大きな者です。何故か魔物が寄り付きやすいため、戦うことも得意な者が多いです」


 カシェルは、オレが尤異ゆういであることを嫌うように、自分が殊異しゅいであることを良くは思っていない筈だ。それでも教わったままの殊異と尤異の特性を淡々と王子に明かす。


「だから国王様はきっと第二王子様を連れ戻そうとしているのだと思います」

「ルーセスが光の魔法使い……? それでは、なぜルーセスは魔法を使えぬのだろう……私の魔法を分けてやりたいと何度思ったかわからぬほど、辛い思いをしているというのに……」

「私たちにもそれはわかりません……。ただ、この国の結界は他国の結界と異なり、周囲の魔力を奪う特性があるようです……。もしかしたら、第二王子の魔力を多く奪っているのかもしれません……その所為で第二王子は魔法を使えないのかも……」


 なるほど。カシェルの言う通りかもしれない。もし第二王子が尤異でもあるとしたら、かなり大きな魔力を持っていることになるだろう。第二王子から魔力を奪うために造られた結界だとすると……こんな小国にわざわざあんな結界を造った理由としては十分すぎる。だが……。


「それよりも……気になるのは、国王様がなぜそれを御存じなのかということです。星族は通常、このような話を王族に話したりはしない」

「オレもカシェルと同意見だ……。オレたちではない別の星族が、国王様と何らかの形で結託しているのかもしれない。そしてディーンにはそれを隠している……」

「国王が……星族と結託……?」


 特殊な結界の鍵を握っているのは"国王"と"第二王子"だろう。そして……あと一人。


「ディーン、第二王子の付き人の音楽家とは、何者なんだ?」

「何者……とは?」

「彼は、特殊な魔法使いの様です。おそらく彼が第二王子を隠し、守っていたのでしょう。……いえ、おそらく今も一緒にいるのではないでしょうか」


 王子は片手を顎に当てて、考えるように俯くと、何かに気が付いたようにオレを見つめた。


「ラスイル……? 貴殿達はどこでルーセスと音楽家のことを知ったのだ? 貴殿達が来たときには既に、この国にルーセスも彼も居なかった筈だ」


 突然、カシェルがカタンと席を立つと、両腕を伸ばして魔法を使った。昨日、宿で使ったものと同じ結界を小部屋に張り巡らせた。王子は驚いた顔をしてカシェルを見つめる。


「ここから先は、ほんとうに秘密の話。誰にも聞かれないように結界を張ります」


 王子は部屋を見渡すと、小さく頷いた。この王子のことを信用してよいのかどうかはまだわからない。ただ、利害の一致とまではいかないかもしれないが、オレたちが知りたいと思っていることを、この王子も知りたいと思っているのは間違いなさそうだ。


「結界に、彼らの魔力と記憶が残されていました。私たちは、それを見ました」

「結界に……そんなものが?」

「この国の結界はとても特殊だ。他の国ではそんな記憶が見られることはなかった」


 王子はオレの顔をじっと見てから、表情を曇らせる。


「私は本当に何も知らないのだな……。音楽家のことも詳しくは知らぬ。気付いたらルーセスの付き人として、また城の音楽家として活躍していた。様々な楽器を奏でて歌う彼に勝る音楽家はいない。同じ城の中で過ごしていたとはいえ、ルーセスも彼も私とは距離を置いていたから、深く関わることは無かったのだ」

「ディーン……無知は恥ではないわ。知ろうとする貴方はとても素晴らしいと思う」


 カシェルは、王子に優しく微笑む。王子は目を見開き、微笑むカシェルに頬を赤らめて見とれている。なんとなく、王子が『お友達ごっこ』の相手にオレたちを選んだ真の理由が分かった気がした。


 そしてそう思う反面、苛立つ自分に気が付く。この気持ちを何というのか分からないし、どんな顔をしていればいいのかも分からないので、余計にイライラする。とりあえず、王子の気を逸らそうと、オレは咳ばらいをしてから話題を変えた。


「ディーン、世界を滅ぼすと言われる、忌々しき魔法使いのことは知っているか」

「……せ、世界を滅ぼす?」


 王子は、オレが横にいたことを忘れていたように、はっとして表情に困りながら口を開く。その様子を見ていたカシェルがくすくすと笑う。……まったく、カシェルにはもう少し自重してもらったほうが良さそうだ。特に、この王子の前では。


「……結界の消えた国のことは、知らないのか? その国の星族は全滅してしまったんだ」

「ああ、今朝そのような知らせを見た気がするが……。私に届いたものには、遠方にあるふたつの国の結界が壊れると同時に数多の魔物が襲いかかってきた。何処からともなく現れた救世主と、その国の兵が共に魔物を一掃し、国がなんとか守られたが星族は全滅。結界の再起は不可能と思われる……と書かれていたが。それがその、ラスイルの言っている魔法使いと関係があるのか?」

「なんだそれは……オレたちには"忌々しき魔法使いによって星族が全て消されてしまった"とだけ知らせが来たんだ」

「星族が消されてしまった……? 我々に届いた知らせも星族からのものだ。それが何故、違う内容になっているのだ……?」


 言葉に詰まる。王族への知らせと星族内部への知らせの内容が違うとは思ってもいなかった。そこには何らかの上位星族の意図が隠されているとしか思えない。……忌々しき魔法使いのことを各国の王族にも同じ敵と思わせておいた方が星族にとっては都合がいい筈だが、現にこの王子は忌々しき魔法使いのことを知らない。


「……星族を消し去り、結界を破壊させた"忌々しき魔法使い"が、魔物を一掃した"救世主"だということだろうか。星族にとっては"敵"でしかないが、王族にとっては"味方"となり得るということになるな。しかし、仮に救世主だとしても、結界を破壊して国に大きな損害を与える厄介者であることに変わりはないが……」


 王子の言う通りかもしれない。結界を消すことが忌々しき魔法使いの目的であれば、その後、魔物に襲われる国を守るために戦うというのも納得がいく。


「星族を全て殺して結界を破壊し、国を崩壊させるなんて……普通じゃない」

「……私には、亡き星族と、人々の冥福を祈ることしかできない……」


 王子は胸に手を当てて頭を下げた。たぶん、この国の敬礼なのだろう。オレはこの国の兵士たちが同じ敬礼をしていたことを思い出しながら、ふと良いことを思いついた。


「ディーン、オレたちはその国に行って、何があったのかを確かめたいと思ってるのだが、星族の服を着ていては怪しまれる。もしできるなら、この国の兵士たちの着ている服を貸してもらえないだろうか」

「貴殿らが行くというのか……? 危険すぎる。兵士を数名向かわせて確認させよう」

「いや……できれば自分たちで星族を弔いたいと思っているんだ」


 オレは嘘を吐いた。死んでしまった同士である星族には申し訳ないが、危険を冒してまでわざわざ弔いに行くほどのことだとは思っていない。カシェルの人の良さと死者を利用するのはどうかと思ったが、王子が協力してくれるとなれば、堂々とその国を目指せることになる。

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