6-3. 結界なきイリース国

 男は、ゆっくりと崩れた門を一望してから目を閉じ、大きく息を吐いた。


「彼らがこの国を壊滅させた。彼らによって多くの命が途絶えたが、彼らによって救われた命も多いのは事実……」


 この男の言う通りだ。一国の王子が他国の結界を破壊し、国を壊滅に追いやったとなれば、それは許されることではないだろう。


「貴方は……ルーセス王子を恨みますか?」


 オレの質問に、男は驚いた顔をしたが、突然、声を上げて笑いだした。オレもカシェルも、訳がわからず顔を見合わせた。


「恨むも何も……彼は私に言ったんだ。"オマエがこの国の『英雄』だ"とな」

「英雄?」

「笑うだろう? 他国の王子が私を英雄と言ったところで何の意味もないことだ……だが、私はとても嬉しかった。イリースは滅び、私も兵士長として部下たちと共に殉職するのだと覚悟を決めていた。それはそれで潔いだろう。……いや寧ろ、生き延びることに怯えていたのかもしれんな。だからこそ彼の一言で、私は救われた気がしたのだ。私にとっても、この国にとっても彼は救世主だったのだ。少なくとも私は、恨んでなどいない」

「それは、とても光栄です」


 男の落ち着いた表情を見ていると、王族に送られた"知らせ"の意味が分かった気がした。星族に関する情報は敢えて最小限に留めたのだ。星族に、その矛先を向けさせないために。


 上位星族はルーセス王子たちの出現を面白くないと思っているだろう。まさしく、"忌々しき存在"だ。


「それでも、残された者は、癒えない傷を負いながら生きていかねばならぬ。それはとても過酷だ。星族のように全滅してしまえば、後には何も残らなかったのかもしれんな」


 ……それは違う、星族にも残された者は存在する。けれど、確かに"癒えない傷"を負った星族は存在しないのかもしれない。下位星族は特に、他の星族が死んだことに何も感じていないだろう。きっと、通達が増えて面倒だとでも思っているに違いない。


 不意に、カシェルが男に歩み寄ると膝をついて、男を見つめた。


「貴方は生きることを許されたのですね。貴方が生きてくださったから部下である兵士たちを弔うことができたのです。そして、私たちに事実を伝えてくださったのです。生きてくださったことに、感謝します。私たちはまた、王子を探します。その先で、このイリースで起きたことを伝えていきます。貴方が繋いだ記憶を、私達も繋げます」


 カシェルは胸に手を当てて、無表情で男を見ていた。男はカシェルを見ると優しく微笑んだ。


「……そうか。貴方達は彼の国の兵として優秀なのだろうな。是非、街と城を案内させてくれないか。イリースという国が、この先どう変わるとしても……貴方達に見ておいてもらいたい」

「是非ともお願いします。兵士長殿に感謝いたします」


 オレとカシェルは片手を胸に当て、頭を下げた。ディーンに教わったミストーリ式の敬礼だ。


「星族と王族が結託してからというもの、この国は星族の思惑通りに動かされていた。イリースという国を星族に奪われる……そんな危機感を抱いていた。それがまさか、こんなことになろうとはな……。だが、危機は逃れた。イリースはこれから、新たな歴史を刻んでいく」

「是非、結界や星族に守られなくても、生きていけることを証明してほしい」


 オレの言葉に、男は嬉しそうな顔をした。オレはどんな顔をしたら良いのか判らず無表情のまま、男を見ていた。


「そうだ。そう考えるとイリースは逸早いちはやく結界を捨てた先進国ということになるな。生かされた者たちの傷は深い。時間もかかるだろうが、かつてのイリースを取り戻せるかもしれん」


 男は立ち上がると、街に向かって歩き出した。オレたちは、無言でその後を追った。


 街は彼方此方あちこち崩れた建物ばかりだった。それを修復する者もいれば、ただそれを眺めているだけの者もいる。男は街を歩くうちに家族を亡くして孤独に怯える者や、子どもに声をかけて城に行くように促していた。


 商店街を通り抜け、城に続く道を歩いているときに、ふと男が立ち止まる。


「申し訳ない、名乗っていなかった。私はイリース国兵士長クリストフェル・ランツ。クリスと呼んでくれ」

「我々はミストーリ国第一王子特務兵。彼は、バーン=アプサル。私はシェンナ=ヴァーレと云います」


 カシェルは二つ名を名乗った。何故か、二つ名を名乗るときのカシェルが少し嬉しそうに微笑んだ気がした。


 城は、外から見るとかなり崩れていたものの、城内は既に片付けられた後で、たくさんの人がいた。街が寂しく見えたのは、城に人が集まっていた所為かもしれない。


 その後、オレとカシェルは他の兵士たちと一緒に街や城の修復を手伝った。元気の無い者も、クリスに励まされ、少しずつ元気を取り戻そうとしていた。


 一緒に食事をさせてもらい、そのまま一晩泊まらせて貰った。兵士たちが語るルーセス王子たちの話は、恐ろしい魔法使いの話ではなかった。憧れと尊敬に満ちた英雄譚を、オレとカシェルはたくさん聞かされた。


 次の日の朝、オレとカシェルはクリスに別れを告げた。クリスは、またイリースに来て欲しいと、その時のために兵士長の証文をくれた。今はまだ国として機能していないのかもしれないけれど、この国に星族も結界も必要ないことを、既に証明しているような気がした。

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