4-1 結界の記憶
次の日、オレたちは小さな町の結界を修復することもなく、夜明け前に門に戻った。まだ仄暗い門の中は静まり返っている。そのまま、カシェルと二人で最上階に上り、結界に触れに行く。
カツ、カツ、と二人分の足音だけが静かな門に響き渡っている。
……いつものように、オレたちは言葉を交わすこともなく、他の星族と同じように深くフードを被り、人形のように目的地をただ目指す。星族として星族らしく振る舞い、目立たずに周囲に馴染むことは、オレたちのような特別な者にはとても重要なことなのだ。
最上階に行く階段は狭く、人がひとり通れる程度の広さだ。どこの国も同じような造りになっているが、この国は、最上階が見えてくると異様に明るく感じる。
相変わらず、惚れ惚れする程に『結界』は完璧に光り輝いている。そこに、オレとカシェルはどちらからともなく手を伸ばす。
目を閉じて、意識を集中した。
結界に触れた瞬間、呼吸する速さと同じように何かが流れ込んでくるのを感じる。手に痺れるような感覚が走り、胸が高鳴る。全身を駆け巡るようにじわじわと何かが体の隅々にまで行き届くような感覚がする。……これが、結界から魔力を吸収しているということだろうと思った。確かに、今までには無い感覚だ。
「風の魔法使いが見える……」
カシェルが呟く。
「風の魔法使い?」
「うん……あの"黒の魔物"はこの人の魔力なんだね」
目蓋の裏に、不機嫌そうな顔をした女が魔法を練習している姿が見える。ひたすら魔法を使い暴れまわる女を、他の兵士たちが壁の陰に隠れて怯えるように眺めている。
「ああ……オレにも見えた。カシェルみたいに勇敢な女が、この国にも居るんだな」
オレとカシェルは、クスクスと笑った。勇敢さは称賛するけれど、清楚で美しいカシェルとは似ても似つかない気がした。
場面が変わると、
再び場面が変わると、付き人が水の魔法を使い、桶に水を溜めた。後ろで待っていた男がその水で顔を洗いだす。付き人は、にこにこしながらその男を見守っている。
「この人……誰だろう? ディーンのような服を着ているけれど、魔法を使えないのね」
「そうみたいだな……面倒な奴だ。何をするにも付き人頼みじゃないか」
「だけど、この男の人……"殊異"じゃないかな……」
「えっ……? だって殊異は星族にしか存在しないと言われているじゃないか……?」
そう言いながらも次々と変わる場面を見ていると、確かにその男が銀髪で深い翠色の眼をした"殊異"であることに気が付く。けれど、全く魔法が使えない殊異? まさか……魔法を使えない殊異など、聞いたこともない。
それからも、結界が魔法を記録しているように、様々な人が魔法を使うところが見えた。先日、オレたちの前に現れた第一王子や、国王と思しき男……他にも、町の商人や一般人も、当たり前に魔法を使っている。
さっき見た付き人が、楽器を奏でて歌う姿が見えてきた。見た目は女のようだが、こいつは男だ。それにこの歌には魔法が込められている。ただの付き人、というわけでは無さそうだ……。妖しく微笑むその男に見入ると、見られていることに気付いたように、付き人がこっちを見て微笑んだ。いや……これはただの記憶のはずだ。気のせいだと思いながらも、不思議な感覚に陥る。
「ねぇ、ラスイル。私、この人たちに会ってみたい」
「……魔法を使えない殊異と、女みたいな恰好の付き人に?」
「うん……もしかしたら、友達になれるかもしれないでしょ?」
「そうかぁ? オレは会いたくないけどな……」
結界から手を離し、目蓋を開く。結界は触れる前と何も変わらず、完璧な姿を保っている。あれだけの魔力を放っておきながらも揺るがない輝きに、僅かに恐怖心を抱く。今までこの結界に、一体何人の星族が触れてきたのだろう。
視線を感じて横を見ると、カシェルが驚いた顔をしたままオレを見つめていた。
「綺麗な黄金色の瞳……!」
「えっ?」
「ラスイルの瞳、見たことないくらい綺麗な黄金色に輝いてる。すごく綺麗……」
そう言うとカシェルはオレに近づき、ぺたぺたと頬に触れた。オレは、カシェルを見つめたまま、顔が赤くなるのを感じた。何故か、カシェルらしいその仕草と表情にいつもとは違う輝きを感じて、顔が熱くなり、脈が早くなる。
「ラスイル……? 顔が赤い」
「なっ、なんでだろう……」
「照れてるの? カワイイ……。ラスイルの心に光が満ちたのね、きっと」
「カシェル……?」
「私たち、結界に感じる心をもらったのよ。だって、胸が熱いもの……」
少し顔を赤らめて微笑むカシェルの頭を撫でる。そのまま、引き寄せると額を合わせて、微笑んだ。昨日まで何も感じなかったのに、自然と顔がほころぶ気がした。
「感動……出来るかな」
「出来るはず、今度こそ」
カシェルを抱きしめる。今まで感じたことのない感情があふれ、止まらない気がした。知ったばかりの感情を噛み締めるように、しばらくオレはカシェルを離せなかった。ずっと……ずっとこうしていたいと思った。
いつからそう思っていたのかわからないけれど、今なら確かにカシェルがオレにとって特別で、大切な存在だと言える。カシェルと一緒だったから、結界はオレたちに魔力を貸してくれたのではないかとさえ思えた。
「カシェル……星族をやめよう。オレも、カシェルと同じだ」
「……私も、ラスイルと二人で生きていきたい」
やがて、音もなく陽が昇り始めると、カシェルと二人で、陽の光を見つめた。城が陰になり、黒く冷たく見えるのに対して、陽の光を浴びた結界が、綺麗な弧を描くように光って見える。同じような景色は何度も見たことがある気がしたけれど、今日は特別に、美しく見えるような気がした。
「綺麗だね……」
「うん」
朝陽に照らされたカシェルも、いつもよりずっと綺麗に見えたけれど、それは言えなかった。言葉にするのが、勿体無い……そう思った。
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