3-2 こころづく
森を抜けてからもしばらく歩き、辺りが暗くなりかけた頃に、ぼんやりと灯りが連なる町を見つけた。
この夕闇の中で結界を修復するのはあまりにも目立ち過ぎるので、宿を探した。この町は小さいものの商店もあるようだ。ただ、既にどこの店も閉まっている。城下町に比べると、こういう小さな町のほうが早く店閉まいしてしまうのだろう。
宿の主人には不思議な目で見られた。星族を見慣れていないか、もしくは見たことが無かったのだろう。説明も面倒なので質問されるまま、ハイ、ハイと答えていたら旅行に向かうお揃いの服を着た夫婦という設定になったが、部屋を案内されてようやく落ち着くことができた。
「はぁ……ラスイル、疲れたね」
「一日中歩きっぱなしだったからな」
重なっている服を脱ぎ捨て、軽装になったカシェルは、オレをじっと見つめた。
「窮屈だから、ラスも脱いで」
「別に、オレはいいよ」
「だめ。見てるのも窮屈なの」
「まぁ、いいけど……」
ゴソゴソと服を脱ぎ始める。誰が考えたのだか知らないが、何枚もの布を重ねて着るのは確かに窮屈かもしれない。フード付きの上着、腰巻き、ベストを脱いだところでカシェルからストップがかかった。
「うん、そこまででいいや。それ以上脱ぐとね、確かね、"ヘンタイ"って言うのよ」
「なんだよ、それ」
カシェルはクスクスと笑っている。何処で誰に教わったのだか、カシェルはたまに変な言葉を使う。
軽装になり窓から外を見ると、カシェルも横に来て並んだ。思いの外、月が明るくて遠くに森が見えた。あの森を抜けてきたんだと思うと、かなり歩いたことになる。
「気のせいかもしれないけど……森に居たとき、誰かに見られている気がしたの」
「まさか。誰ともすれ違わなかっただろ」
「うん、そうなんだけどね……監視されてるって言うよりは、見守られてるって感じがした」
「それは無いな、オレたちを監視する奴らはいても、見守るような奴はいないだろう?」
カシェルは返事をしないで、じっと森を見つめたまま口元に手を当てて、思考を巡らせているようだ。オレは森であったことを思い出した。確かに、今日のカシェルは『感動』なんて言い出すし何かを感じていたのかもしれないが、一体何を感じたというのだろう。
「あっ! 分かった。きっと、精霊よ、森に精霊が住んでいたのね!」
「……精霊? カシェルは精霊に会ったことあるのか?」
カシェルは首を横に振る。
「ううん、無い。精霊は星族の敵だから、会ったら殺されちゃうんだって聞いたことある」
「それじゃ、なんでカシェルを見守ってたんだろうな」
「なんでかな……優しい精霊さんだったのかも」
カシェルはオレの顔を見て、にっこりと笑う。オレもカシェルに微笑んだ。カシェルの考えはおもしろい。もし本当に精霊がいたんだとしても、カシェルには手出しできなかったのではないかと思った。
「あと、不思議なんだけど……」
「何……?」
「今日は、魔物にほとんど会わなかった」
「……確かに。魔物も森は通らないのかもしれないな」
カシェルはオレの意見には賛成せずにオレの顔をじっと見つめた。さっきまでの笑顔は消えていて、どこか思い詰めたような表情をしている。
「ラスイル。あのね、私の仮定が
「……どういうことだ?」
「それに、ミストーリの結界は他と全然違った。たぶん、存在する意味も違う」
カシェルは、突然オレを引っ張って行くとベッドの上に座る。オレを向かい合わせに座らせると、小さな魔法を使った。二人だけが入れる結界のようなものを周囲に張り巡らせる。
「誰にも、聞かれる訳にはいかないの」
「何を……?」
「きっと、間違いないと思うの!」
「だから! 何なんだ?」
勿体ぶるカシェルに少し苛立つ。カシェルは真面目な顔をして、オレの手を握りしめた。
「結界があるから、魔物が来るのよ。光があるから、闇があるように」
「どういうことだ?」
「この町の結界もすごく、弱ってる。でも、魔物はいない」
「結界が無くなれば、魔物は居なくなる、ということか?」
「そこまでは、わからない……けど……」
カシェルはオレの手を握ったまま、言葉を選んでいるようだ。
「ラスイル、ミストーリの結界は半円じゃないの。完全な球体。それに、あの結界は魔力を蓄えている。ラスイルが結界に触れなかったのは、正解かもしれない」
「球体? それに、蓄えているって……どこからそんな魔力を? 結界としては完璧に見えたが……」
「確かに結界本来の役目も果たしている。けれど、それだけじゃなくて……周囲の魔力を引き寄せているのが見えたの。そして、その蓄えた魔力を魔物に変えている……特殊な結界なのかもしれない」
「それじゃ、人々が自らの魔法で魔物を造り出していることになるじゃないか。結界の中で魔物から身を守りながら、その危険な魔物を自分たちで造りだしているなんて、そんなバカな話……」
「そう……そうなの。そんなの、おかしい。けど……」
カシェルは、翠色の目で一生懸命にオレに訴えかける。カシェルの言いたいことが分からないけれど、オレは、その気持ちに応えようと、じっとその目を見つめた。……オレたちは星族だから、結界を守るために生まれて死ぬ。それ以外の選択肢を持っていないし、上位星族の指示以外のことは知ろうとも思わない……けれど、カシェルは、そんなふうには思っていない。
「それに……最初に行った町の結界も、とても弱っていた。町の結界だけが放置されていたとも思えない。あの結界が、隣り町の結界の魔力さえ奪ってしまう程、強い結界なのかも……」
「もしそうだとすると、なんのためにそんなものが存在するんだ? それに結界は世界中のあらゆる国に存在するし、魔物だって世界中にいるだろう。この国の結界だけが特別ってことは……何かもっと他の理由があるんじゃないのか?」
「それは……わからない……」
「……カシェルは、いつ、あの結界が特別だと気付いたんだ?」
「ミストーリの結界に触れて……魔力が、私に流れ込んできた時」
「流れ込んできた?」
通常の結界からは、そんな魔力を感じることは無い。だから、カシェルは他と違うと思ったのか。オレはミストーリの結界には一度も触れていない。触れずとも完全であることが分かるからだ。よく考えてみると、そんなことも通常ありえない。どうしてオレは触れずに完全であると認識したのだろう……?
「ラスイルは、大きな器を持ってるから、きっと、たくさんの魔力を吸収してしまう。私はそれが少し、怖い……」
カシェルはそう言うと、視線を落とす。……そうだ。結界に触れたカシェルに共振するように、あの結界も輝いていたからだ。完全な結界でなくては、あんなに輝いて見えることはない。しかし、周囲の魔力を奪っているにも関わらず、カシェルにはその魔力が流れ込んできたとなると、星族が魔力を蓄えるための結界とも言える。星族が故意に創り出した特別な結界ということか?
……いや、それならばもっと人口の多い国に創り出したほうが効率がいい。……それとも、この国には何か特別な魔力の源とも呼べるものでもあるのだろうか。
オレたち下位星族を監視し、指示をする上位星族ならば、あの結界の存在意義を知っているのかもしれない。だが、今のオレたちの知識だけでは、全てが憶測でしかない。
「忌々しき魔法使いは、もしかしたら結界が魔物を創り出すということを知っていて結界を壊しに来るのかもしれない。本当の意味で世界を守るために」
「魔物を創り出す結界を破壊するために、結界を守る星族を殺す……理に適っているな。そうだとすると、本当はオレたちの方が世界のために滅びるべき存在、ということだ」
もしそうだとしても、オレは結界の存在意義にも、世界を守るという大義名分にも興味はない。星族の命運など、オレにとってはどうでもいいことだ。そんなことのためにオレたちが結界を守っているのであれば、それこそカシェルが言うように星族などやめて、何処かでひっそりと静かに過ごすほうがいい。
けれど……オレたちは、きっと上位星族に追われるだろう。尤異や殊異が消えてしまうことは星族全体の、大きな損失になるからだ。世界中に存在する結界と共に、星族は至る所にいる。何処にも、逃げ場所なんて……無い。
どうしたらカシェルの望みが叶うのだろう。何も知らないフリをしてこのまま結界を維持し続けていても、その日がやってこないことくらいは容易に想像がつく。忌々しき魔法使いによって星族が滅ぼされる時に、オレとカシェルも死んでしまうのかもしれない。
オレとカシェルが死ぬ……。
そうか。オレは、カシェルが言っていたことの真意を理解したような気がした。カシェルは自分自身とオレを守るために『星族をやめる』と言っていたのだ。
「……ラスイル、戦おう」
「戦うって……何と、どうやって?」
「私たちは、星族の中でも特別なんだよ。私とラスなら、他の星族には負けない」
「それは、そうかもしれないけど……そんな争いは、やりたい奴らにやらせておけばいいだろ?」
カシェルはいつもとは違い、不敵な笑みを零す。
「私は"やりたい奴"だから一人でもやる」
「なっ……! それはダメだ!」
「それじゃ、ラスイルも一緒に戦おう? ただの星族のまま死ぬのは嫌なの」
カシェルがオレの頬に触れる。カシェルにとってオレは、ただのパートナーではないのかもしれない……オレが、カシェルをどこか特別に思うように。
「私がラスを守る。だから、ラスは私を守って」
「オレが、カシェルを守る……だから一人で戦うなんて言うな」
「うん……約束ね……」
オレは尤異ということを除けば、ただの星族でしか無かった。でもカシェルは違う。そんなカシェルに選ばれたオレはきっと、もうただの星族ではいられないのかもしれない。
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