4-2 結界の記憶

 門を降りていくと、夜明け前の静けさが嘘のように星族たちがざわめいていた。カシェルと目を合わせて首を傾げる。オレたちに気がついた星族が一人、こっちに来た。深々と礼をしてから、無言で手紙を差し出す。オレが受け取ると、その星族はまた礼をしてそそくさとどこかに向かった。


 オレとカシェルは、二人で手紙を開いた。そこには二つの国の名前と、ずらりと人の名前が書いてあった。


「ギュンター国、イリース国、星族は全滅、って……?」

「どうして……? 全滅なんて……意味がわからない」


 ずらりと並んだ名前の下に書いてある文章を読んで、背筋が凍りつく。


  "忌々しき魔法使い"に依るものと思われる

  イリース国の星族は全て跡形もなく消滅してしまった

  星族は忌々しき魔法使いに警戒せよ


「忌々しき魔法使いに警戒せよ……って言われても、どう警戒しろって言うんだ?」


 カシェルは、手紙をじっと見つめていた。ひとりひとりの名前を確認しているようだった。オレは、友と呼べるような者も身内も居ない。小さな子供の頃からひとり、訓練を受けていた。そこで関わった顔見知りは居るけれど、死を悼み、悲しむような人がいない。

 カシェルには、仲の良かった友人もいたのかもしれない。なんと声を掛けたら良いものかわからずに、オレは黙っていた。


 そもそも……"跡形もなく消滅"とはなんだ。遺体も残っていないと言うことだろうか……。どうやって消されたのかもわからないと言うことか?


「ラス、この国に行ってみよう」

「……カシェル」


 カシェルは真剣な顔をして、オレを見据えた。そこには悲しみも哀れみも感じられず、ただ強い覚悟だけが感じられた。


「どうして行きたいなんて思うんだ?」


 オレはカシェルを見つめる。止めても無駄だと思いながらもカシェルの考えを聞いて判断しなくてはいけない。


「星族と……忌々しき魔法使いのことを確かめるの。もしかしたら生き残った人がいるかもしれない。こんな手紙じゃ、何もわからない」

「それはそうかもしれないけど、危険だろ? もしかしたら忌々しき魔法使いが居るかもしれない」

「それは無いはず。星族も結界も消えた国にいつまでも居る意味がないもの」

「それだって憶測じゃないか……」


 とはいえ、カシェルの言うとおりだ。もし上位星族が何らかの情報を握っているとしても、オレたちのような下位にまでその情報は下りてこないだろう。真実を知るためには、オレたちが直接行くしかない。


 ……星族をやめる……その時が近づいている気がした。


「分かった……行こう」

「でも、星族の魔法では移動は出来ないかも。結界が消えてしまったのだから」

「その時は、歩くさ」


 オレは、カシェルを見つめて、静かに微笑んだ。


 他の星族に外出先を偽り、門の下階へと降りてきた。オレもカシェルもイリース国がどこにあるのかを知らないので、地図を閲覧させてもらおうと門の兵士に願い出た。書庫にあるものを閲覧してくれと言われたので、場所を聞きながら向かう。


 書庫に辿り着き、扉を開けると、そこには見たことのある人物が居た。


「……王子様だ」


 カシェルが呟くのが聞こえたのか、ディーン第一王子がオレたちに気付き、こちらに近づいてきた。オレとカシェルは、その場で深々と礼をした。


「ラスイル殿、良かった……! 貴殿に面会を願い出たのだが、星族たちに追い返されたところだったのだ。少し時間を割いては貰えぬだろうか」


 オレは頭を上げると、王子を見据えた。結界が消えた国のことは、王子も知っているはずだ。そのことで、王族も何か勘付いたのかもしれない。


「……私に何か?」

「こんなところでは何なので、場所を変えましょう。貴女あなたも、ご一緒に」


 王子はカシェルを見て、驚くほど爽やかに微笑んだ。オレたちは断ることも出来ずに言われるまま、書庫を出ていく王子の後に続いた。


 王子は門の下階にある小部屋に入ると、オレたちを招き入れた。中にいた兵士を全て追い出すと、王子は椅子に座る。


「こんな部屋で恐縮だが、貴殿らも掛けてくれ」

「とんでもないことです」

「感謝します」


 オレとカシェルは、礼をしてから質素な椅子と同じような木でできたテーブルを挟んで、王子と向かい合うように並んで座った。木が軋み、ぎぃと音がした。


「うむ……何から……話してよいものか……」


 王子は逡巡しゅんじゅんしている。この国に来たばかりの時とは少し、様子が違って見える。


「……結界のことですか?」


 突然カシェルが口を開くので、オレは焦ってカシェルを制止するように手を伸ばした。カシェルに任せていては、余計なことまで言いかねない。任せろと言わんばかりに頷いて見せると、カシェルもコクンと小さく頷いた。王子はオレたちをじっと見つめてから、視線を落とす。


「いや……不躾なお願いで恐縮だが……今から話すことは、王子としてではなく"友人"として話を聞いてもらいたい」

「友人……?」

「理解していただけるだろうか? ここで私は友に相談をする。ラスイル殿は私の友として、私の話を聞く、ということだ」

「……かしこまりました。ディーン王子」

「あぁ……だからその……王子ではない。ディーンと呼んでくれ。私にもラスイルと呼ばせて欲しい。堅苦しい言葉もやめてくれ。友人なのだから」


 オレもカシェルも意味が解らずに顔を見合わせた。


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