#4

殊音の持っていた固形食料レーションは粉末を固めたものなので、そのまま食べると口の中の水分がなくなってカラカラになってしまう。

その事を察した殊音は、ポーチに入っている水筒を手渡す。

少女はよほど喉が乾いていたのか、水筒を受けとるともの凄い勢いで水を口の中へと流し込んだ。一気に水を飲んだために、少しだけ息が上がっている。体内に冷たい水が浸透していく感覚を感じて、少女はようやく一息をついた。

その様子を見ていた殊音が問いかける。


「落ち着いた?」

「あ…は、はい。えっと、あの、ありがとう…ございます。その、食べ物まで分けて貰って。」

「気にしなくていい。私には必要ないものだから。」

「え?で、でも食べるものがないと、お腹空いちゃいますよ?」

「私は食べ物を食べなくても生きていける。こんな風に電気があれば。」


そう言って、発電機に刺さっているプラグを抜いて少女に見せる。

抜く時に、小さくバチンと放電音が響く。


「これ…は?」

「これをこの発電機に刺すと、電気を供給できる。発電機は燃料があれば動くから、ここにある燃料タンクの燃料を貰ってる。」


少女はあまり理解が進まなかったようで、困ったように首を傾げてしまった。


「…えっと、で、電気?で身体が動いてるんですか?」

「そう。」

「電気って、あの、お家にあるコンセントから流れてくるのと、同じようなものですか?」

「その通り。」

「…お姉さんは、電気がご飯なんですか?」

「…そういうことになる。」


少女の言う通りなのだが、そんな例えを考えたこともなかったため、殊音は少し困惑した。少なくともこの時点で、人間とは根本的に違うということが分かるはずなのだが、まだこの少女は幼いから判断がつかないのだろうか。


「私は人間でも獣人でもない。」

「え、そうなんですか?お姉さん、耳も尻尾もあって、私とお話してるじゃ…」

「私は機械。電気で体を動かして、内蔵されたコンピューターで物事を考えている。」


少女が目を見開く。

やはり信じられないのだろうか。


「私は電気があればいいから、食べ物は必要ない。だからさっきの固形食料レーションはあなたにあげた。」

「…そうだったんですね。」


少女が俯く。


普通、得体の知れない人間のカタチをした何かと分かれば、警戒するのは当然だろう。これまで何度か自分が機械であることを明かした相手は、少なからず警戒され、距離を置かれた。酷い時はすぐに逃げられ、逆に危害を加えてくる輩もいた。

それでも殊音は、自分の正体を隠す気にはならなかった。

むしろ、自分を利用しようとする者を遠ざけることもできるし、一人でも活動はできないこともない。事実、これまでそうして生きてきた。

私は私であることをはっきりと認識して生きていく。殊音はそう決めていた。

だからこれからも、自分が機械であることは隠すつもりもないのだ。

たとえ、目の前の少女が離れようとも。



少女は驚愕していた。

ロボット、アンドロイド。名前を聞いたり、写真は見たことはある程度にしか見知らない存在が、目の前に、しかも自分と話しているのだ。

遠くから見た時、てっきり自分と同じ獣人かと思っていたこともあって、余計に驚いてしまった。

しかし、尻尾のようなものがプラグになっていて、左手が明らかに機械でできた義手のようなものが付いている以外には、機械らしいところが見られない。本当に機械なのかを疑ってしまうほどだった。


「お姉さん、本当に機械、ロボットなの?」

「そう。」

「お話しするロボット、初めて見たの。」

「私の他にも、言葉を話せるロボットは存在する。」

「…すごいんだね。」

「あなたも言葉を話せる。」

「…うん。でも、久しぶりに誰かとお話しして、それも機械のお姉さんで、嬉しかったの。」

「嬉しい?」

「うん!」


これまでずっと独りで、迫り来る飢えに耐えながら毎日を生きていた少女にとって、この機械のお姉さんはとても大きくて、暖かかった。

人間か獣人か、それとも機械かなんて、今の少女には関係なかった。

あまりに幼い身で全てを失い、ぽっかりと穴の空いた心を埋めてくれるのではないか。そんな淡い期待を胸に秘めながら、少女は口を開く。


「あの、私の名前はアイリスっていいます。お姉さん、お名前…って?」


ピクリと、耳が動く。

少しだけ考える素振りをして、機械仕掛けの人形は、少女、アイリスの方を向く。


「…私の名前は、殊音。そう呼んでくれて、構わない。よろしく、アイリス。」


アイリスは嬉しそうに、本当に久しぶりに笑った。

殊音も、少しだけ笑ったように、そうアイリスからは見えたのだった。





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