#3
何者かが土を踏む音が、殊音の耳に入る。
実際には生物的な聴覚器官である耳ではなく、頭部の獣耳に内蔵されている聴覚センサーなのだが、それはゆっくりと近づいてくる足音を捉えていた。
足音からして二足歩行している者が一体。かなり小さい、子供ぐらいの大きさの者が近付いてきている。
右眼をちらりと音のする方向へと向ける。
給油装置の近くにある建物が眼に映る。動くものは見当たらないが、小さな足音は尚も近付いていた。
座り込んだ姿勢から中腰になり、左脚のホルスターにある拳銃を握り込む。
殊音の意思や身体の制御等を担う電脳、それに組み込まれている
じっと音源を見つめて十数秒、足音の主である少女が姿を表す。
扉の隙間からゆっくりと半身のみを晒してこちらを伺う、が、自分が警戒心たっぷりに見られていると気付くと、少女はびくりと怯えて扉に隠れてしまう。そして一拍置き、隠れた扉からゆっくりと顔を出し、殊音のほうをおずおずと見つめ出す。
背丈は殊音の予想通り小さな子供程のもので、一三〇センチ程だろうか。腰まで伸びた白い髪に白い肌、殊音と同じくらい大きくそして白い獣耳を持ち、綺麗な深紅の瞳を殊音へと向けている。少女が着ている白いワンピースは所々が汚れ、細い腕と脚は幾つもの擦り傷が付いてしまっていた。長らく手入れがされていない髪はボサボサになり、如何に少女が酷い生活をしていたかを物語っていた。
こちらを見つめる瞳は揺れ、微かに手足が震えている。
(この少女も戦争被害者の一人…)
ひとまず敵性対象ではないと判断した殊音は銃から手を離して中腰による警戒体勢を解き、隠れている少女に対して声をかける。
「あなた…一人?」
声をかけられたことに少女はまたもやびくりと震えるが、内容を理解するとこくりと頷いた。
殊音の問いに答えようと少女が口を開いたその瞬間、ぐううぅぅと、そこそこな音量でお腹が鳴り響いた。
少女がピシリと固まる。
殊音の優秀な聴覚センサーは、その腹の音を明確に捉えていた。
人間や獸人は空腹時に腹部から音を発することがあるという知識から眼前の少女は空腹状態であると把握し、そこから導かれる推測を問いかける。
「おなか、すいてる…?」
はっきりとお腹の音を聞かれていたことに、少女はみるみるうちに頬を紅潮させてしまい、尚も動けずに、話せずにいた。
そんな風に少女が固まっている間に殊音は腰に取り付けてあるポーチを漁り、銀色の包装をしたブロック状のものを取り出す。軍で支給される高カロリーの
手のひら程度の大きさのそれを、少女に向かって無言で差し出す。
羞恥による硬直から回復した少女は固形食料と殊音の目をせわしく交互に見つめ、焦ったように、始めて言葉を紡ぐ。
「い、いいの…?」
殊音がまたもや無言で頷くと、少女はおすおずと建物から出て殊音に近付き、固形食料を受け取った。
「あ、ありがとう…ございます。」
ぎこちない動きで頭を下げる少女を、静かに殊音は見つめる。そして初めに座っていたときと同じように、軽快な音を立てる発電機の隣に腰を下ろして目を瞑った。
少女は固形食料を手に数秒間立ち尽くしたままだったが、貰った固形食料を食べるために殊音の隣に並んで腰を下ろした。
お互いに無言のまま、発電機の音と、少女が固形食料をちまちまと食べる音だけがその場に響いていた。
こうして、機巧人形と少女は出会ったのである。
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