#2

(お腹、すいたな。)


薄暗い部屋の片隅で、少女は心の中でそう呟く。

堪え難い空腹感を、身体の前で組んだ腕をぎゅっと手で掴む痛みで堪える。

身に纏っている白のワンピースは泥で汚れ、小さな四肢の至る所に小さな傷を作っている少女は、ただひたすらに自らに降り注ぐ苦痛を耐え忍んでいた。


変わりない日常を過ごしていた少女は、突如大陸戦争という災厄に巻き込まれた。戦火は広がり、少女が住んでいるこの都市も空襲による爆撃に襲われたのであった。

破滅の嵐の中、少女は奇跡的に生き残った。だが、家族を、友人を、住処を、少女はその身以外の全てを喪ったのだ。


少女は絶望した。

しかし、心が絶望しようとも、身体は生存を求めた。

身体が動くままに、少女は生き抜こうと足掻いた。瓦礫の山と化した都市を歩き、比較的原型を留めているこの建物を見つけたのだった。

幸運なことに、飢えをしのげる食糧も少しだが残っていた。それらを少しずつ、少しずつ食べ、ただひたすらに今日まで生きてきた。

家族のことを想い、涙も流した。これからどうすればいいのかという不安に苛まれつつも、ただ生きてきた。


だが、もうそれも今日までだった。食糧が尽きたのだ。

もう、少女には飢えを満たすものを探す気力もなく、ただ、近づいてくる死の気配に恐怖し、ただ震えることしか出来なかった。

少女が正気を保てているのは、まだ微かに残っている生存本能と、もうここに居ない家族への想いだった。


「お父さん…お母さん…。」


少女の頭に生えている大きな獣耳は垂れ、腰から伸びる尻尾は力なく地面に横たわっている。

少女が流せる涙は、とうに枯れていた。



唐突に、外からギギギという不快な金属音が部屋に飛び込んでくる。

びくりと肩が跳ね、外に注意が向く。とうに限界に近い身体は、しかし突然の事態に反応して心臓の鼓動を早める。

外に設置されている機械を誰かが動かしているのだろうかと、少女は息を潜める。


もし誰かに見つかったら、という恐怖が少女を締め付ける。

少女の持つ獣耳や尻尾は、当然ながら普通の人間にはついていないものだ。少女は、この大陸では珍しい獣人と呼ばれる種族の一人だった。

獣人だからといって、別段激しい差別や弾劾があるわけではない。しかし、廃墟と化した都市にいる何者かは、少女と同じような境遇なのだろうと予想がつく。少女がそうしたように、その何者かも、生きることに必死だとしたら、なんとしてでも生きようとするだろう。そのような者が、少女に危害を加えない保証などどこにもない。

そんなことを本能で感じている少女は、ただひたすらに嵐が過ぎるのを待つかのごとく、震えながら小さくうずくまり、何者かがどこかへ行くのを待つのであった。



だが、少女の願いとは裏腹に、一向に何者かが離れる気配はなかった。

が、少女のいる建物には、何者かは入ってくる様子も気配もなかった。

何か車のエンジンのような音が、ただただ外から聞こえてくるだけであった。


すぐに危険が迫ってくるわけではないことを理解すると、少女は一体何者がこの近くにいるのかを知りたくなった。もしかしたら、助けてくれる人かもしれないという、一途の希望を持ちながら、こっそりと窓から外を見やる。


そこに居たのは、少女よりも少しだけ大きな身体と、美しい青い髪を伸ばし、赤い瞳を持つ、まるで機械仕掛けの人形のような外見で、しかし確かに生気を発してる、そんな少女人形が、給油施設のそばに腰掛けていた。

足元にある発電機からトトトトという音を立てている以外は静かに、ただ佇んでいるように見えた。


そんな少女人形を見て、少女ははっと息を飲む。

その少女人形の頭には、少女と同じような獣耳があった。


少女の微かに持っていた希望が膨らむ。同じ獣人同士であれば、もしかしたら力を化してくれるかもしれない。

もちろん、そんな保証はどこにもない。しかし、もう少女にはそれ以外に打つ手はすでに無くなっていた。


勇気を振り絞り、少女人形の元に向けて、少女はゆっくりと歩みを進めた。

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