邂逅

#1

灰色の世界が彼女の眼前に広がる。


光学スコープを覗く眼に入るのは、かつて栄華を誇ったであろう、大層な人工物の数々。十五メートルほどの高さのビルやら比較的小さな一軒家まで所狭しと並ぶそれらは既に大半の機能を喪失し、住まうはずの者を失い、ただ風雨に晒されるだけの存在と化していた。

形が残っているモノもあるが、中にはただの瓦礫と化したモノ、倒壊とまでは行かなかったものの、各所に自然に付いたとは思えない大きな傷を、その身に刻んでいるものが大半であった。

この都市の中心にある巨大な高層ビルも例に漏れず、ずらりと並ぶ透明な硝子製の外壁は至る所が破壊され、一部は巨大な物体が激突したのか、爆発でも起こったのか、そう思わせるような風穴すら開けてられていた。


(ここなら、少しは燃料の足しになりそうなものはありそうだ...)


スコープから眼を離し、構えていた小銃を後ろへ放り投げる。肩に回しているスリングのおかげでどこかへ飛んでいくことはなく、小銃は彼女に背負わされる形で背中に収まる。

年相応の少女のような右手で右腿に取り付けてあるホルスターから拳銃HK45を取り出し、それとは対照的な、まるで籠手のような見た目をした機械の左手で拳銃の遊底スライドを少しだけ引いて薬室チャンバー弾丸.45ACPがあるのを確認すると、遊底をパッと離して拳銃をホルスターへと戻した。


再び眼下に広がる灰色の街を一瞥すると、その街へと向かって歩き出すのだった。



しばらくして彼女は廃墟と化した都市に足を踏み入れる。かつては道路だったであろう場所を、ひび割れた地面に足を取られバランスを崩さないよう気をつけながら歩みを進める。

歩きながら周囲を見渡して何か使えそうなものはないかと目を走らせる。


彼女がこのような廃墟に来たのは観光でもなければ物好きというわけでもない。彼女自身が生き延びるために必要としているものを探しに来たのだ。


人間が生きるためにまず必要なのは水、そして食料だろう。それならばこんな廃墟に来るよりも、どこか自然が豊かな森にでも入った方が良いだろうという声も上がりそうだ。

しかし、彼女は水や食料を探しているわけではない。

探しているのは燃料や工業用オイル、その他機械の修理に使えそうな諸々。一体何に使うのかと聞かれれば、それはもちろん彼女自身に対して使うと答えるしかないのだが。


正面にそびえ建つ高層ビルに向かって大きな通りを歩き続ける。

と、視界の端に給油所を思わせる建物が見えた。看板はひしゃげており、大きな屋根にもヒビが入ってところどころ穴が空いている有様だったが、幸いにも原型を留めているようだった。

給油設備を動かす電気系統は動いていないようだが、設備にある手動給油装置を使えばなんとかなるだろうと彼女は目論んだ。


燃料は彼女が生きるためには必要なものだった。

正確に言うと彼女は燃料そのものではなく、燃料を発電機で燃やして作られるモノ—つまり、電気を手に入れるために燃料を探していた。


給油設備の側まで歩き、リュックのように背負っている発電機を地面に下ろす。

給油ノズルを発電機の燃料タンクに突っ込み、給油設備の手動給油レバーを押し下げる。ギギギ、という音を立てつつ、錆びた金属が隙間から剥がれ落ちる。もう一度レバーを上げ、下ろす。これを何度か繰り替えす内に、重かったレバーも少しだけ軽くなり、少しずつノズルから燃料が漏れ出る。

タンクに燃料がある程度溜まるのを確認した後、ノズルを引き抜く。

年季の入った発電機のスターターロープを握り勢いよく引く、が中々起動しない。4、5回引くのを繰り返したところでようやくエンジンが回り出す。トトトトッと、エンジンが小刻みにリズムを刻んでゆく。


彼女の腰から伸びている、いわゆる尻尾のような形状をしていて先端がプラグになっているモノを、動き出した発電機へと接続する。パチンと放電音が鳴り、電気が流れ込む。

二週間ぶりに、ようやく補給ができる、と彼女は少しだけ安堵した。



彼女は機械仕掛けの人形、アンドロイド。

製造型番、DXM-typeA-32。パーソナルネーム、「殊音ことね」。


人の皮を被り、その身を機械で固め、かつて殺戮人形キリングドールと恐れられた彼女。

今はただ独り、生きるために世界を歩いていた。

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