第24話


「風呂に入りてぇな

 てめぇらもくせーぞ」


 そう言われて慌てて匂いを嗅ぐ、相沢。

 確かに、自分は少し匂っていて、恥ずかしさがこみ上げてくる。

 ここ数日、ろくな食事もとっていなければ、夜は野宿をすることも多々あった。


「いいところがある、ついてきな

 ちょっと、あれだけどな」


 そう言って先立って歩く、カルダ。

 そんな姿を見ると、隼人より、カルダのほうがリーダー気質があると思えてしまう相沢だった。


 カルダは、皆を連れて一軒の建物に近づくと、のれんをくぐる。

 すると、響く甲高い声。


「カルダちゃーん、久しぶりじゃなーい。待ってたのよ」


 カルダは目配せをして、隼人たちを招き入れた。


「あら、カルダちゃん、女なんて連れ込んで、ついに腰を据える気になったのかしら」


「ちげーよ。俺の女じゃねー」


「見たところ、二人は人間さんのようね

 いいわ、いらっしゃい」


 そう言うと、その女将はカルダたちを部屋へと案内するのだった。

 そこは、和を思わせる部屋で、中央に少し大きめのテーブルがあり、その周りを座布団が囲い、

 わきには、少し落ち着いた雰囲気の一輪挿しに、その奥には掛け軸が飾られていた。


 また、ふすまで仕切られた縁側のようなところも見受けられた。


「すぐにお食事の準備するわね、待っててね」


 はしゃぎだしたのはやはりノークだった。

 ノークは、一輪挿しをのぞき込んだり、縁側に出て、外を眺めたりとそれはもう満喫しているようだった。


 だけど、相沢にはふと不安のようなものが湧きおこり、カルダにそのことを尋ねてみる。


「あの、お金は……?」


「気にするな、てめーらは曲がりなりにも俺の命の恩人だ

 俺は生きるべきじゃなかったかもしれないけどな」


 反応したのは相沢だった。

 相沢は頭に血を上らせ、思いきり、カルダに張り手をお見舞いするのだった。


「生きてはいけない人間なんていません。

 なんでそんなに命を粗末にするの」


 その時の相沢の顔は複雑だった。

 カルダは、痛む頬に手を当て、そうだなというように、おずおずと布団に腰掛けるのだった。


「ここは、俺がまだ駆け出しのころさ、世話になった

 まだろくに稼ぎもなくてな、飯も食えずフラフラとしてたら

 ここの女将に声をかけられてな

 飯をごちそうしてくれた

 男なら稼いで出世払いで持ってきなって

 俺は涙がぼろぼろ出たよ

 こんなにあったかい人も世の中にはいるもんだって

 それ以来だな、ここに通うようになったのは」


「カルダさんご両親は?」


 相沢はさらにカルダに詰め寄る。


「俺も孤児さ

 湿っぽい話はやめようぜ、飯も酒もまずくなる」


 そして、タイミングを見計らったかのように、女将が姿を現した。


「あっら、私の噂でもしてたのかしら」


 してねーよ、というようにそっぽを向くカルダに、女将はいたずらっぽい笑いを見せるのだった。


「食事まだ少しかかりそうだから、温泉はいかが?」


 食いついたのはやはりノークと、相沢も若干食いつき気味だった。


「温泉?」


 ノークは満面の笑みで、そう聞き返すと、一目散に走っていくのだった。


「隼人君も行く?」


 そう隼人を促す相沢に、カルダが茶化しを入れる。


「おうおう、あついねぇ、なら俺はもう少し後に行くか」


 相沢は、その言葉で、何が言いたいか察したようで、とっさに否定する。


「な、混浴になんて行きません。別々に入るんです!」


 カルダは、なんだつまらないという顔をして、行ってくると言って出ていくのだった。


 空は徐々に日が傾き、オレンジ色が辺りを閉め始めるそんな時間になっていた。

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