第19話


「あんた、また呑んできたん、ですか……」


 最初の言葉には威勢があったものの、その言葉はだんだんと弱くなる。

 それは、湧き上がる怒りを押し込め、アムルを刺激しないようにするためのものだった。

 だけど、残念ながらアムルにそれは伝わらず、最初の言葉と、自分を非難する言葉だけを

 都合よく拾うのだった。


「文句あるのか」


 アムルはこれでもかというようなにらみを利かせ、女に詰め寄る。


「いえ……」


「なら金出せ」


「もう……ありません……」


 アムルはその言葉で怒り心頭となる。

 それは、おそらくはこういうこと。

 アムルには自分のことしか見えていない。

 アムルの頭の中には、周りのことは全くなく、酒と博打と、女のことしかなかった。

 明日の博打で勝てれば、その資金があれば、そんなことがアルムの頭の中を埋め尽くしてるのだった。


 アルムは、怒りに任せてその女、つまりは妻を殴りつける。

 地に伏した妻だったけど、それは拳のダメージより、心のダメージのほうが大きかった。


 その音に、子供が鳴き声を上げるも、それは助け舟になるどころかアムルの怒りをより一層

 高ぶらせるだけだった。


「あいつを黙らせろ!それがお前の務めだろ!」


 アルムはさらに頭に血を上らせ、妻を殴りつける。

 殴って殴って、手が痛くなれば、足で蹴りつけ、ひたすらに。


 そして、ぐったりした妻の腰から財布を引き抜く。


「なんだ、あるじゃねぇか」


 妻はもはや嗚咽のような声を吐き、アムルにしがみつく。


「もう、やめてください」


 アムルは、そんな妻を足蹴にし、また立ち去っていくのだった。





 これはさらにその前のお話。

 アムルは、卸売り場で働いていた。

 彼はには力があまりなく、また会話もたどたどしく、どんくさいところがあった。


「てめぇ、もっと効率よく動けんのか」


 アムルは荷物を運ぶも、フラフラと運ぶことはおろか、その反動、どこかにぶつけたり、

 荷物を落としてしまうことも多々あった。


 体力のないアルムは事あるたびに、煙草を吸い、その行いは他の人から見れば頻繁に行われているように見えた。


 そんな折だった、商品の袋が破れているのが見つかる。

 上の者は当然アルムを疑った。

 しかし当のアルムには身に覚えがなかったのだ。

 アムルはぶつけてはいるものの、何とか踏ん張りを入れたり、自分の体を挟んだりして

 最悪の事態は免れていた。


「アムル!」


 彼は名を呼ばれ、その時していた作業を中断し、おずおずと上司の元へ。


「てめぇ、この落とし前どうつけてくれる」


「私ではありません」


「てめぇ以外に誰がいるってんだ。ふざけたことも休み休み言え」


 アムルに本当に覚えはなかった、濡れ衣だと思えたのだ。

 だけど、目の前の上司は顔を真っ赤にして怒り、アルムを責め立てる。

 その言葉にアムルわなわなと震え、自分でも分かるほどに頭に血が上っていた。


「どんくせぇてめぇがポカ犯したんだろ」


 そう言われて、上司はアムルの頭を小突くと、アムルはもう我慢の限界だった。

 確かに、アムルはどんくさかった、休憩も多く取っていたし、とても一人前と呼べる

 働き方ではなかった、だけどこれはいくら何でも理不尽だった。


 そして、アムルは上司を殴ったこれでもかというくらいに。

 そして、アルムがそれ以来その場に戻ってくることはなかった――――

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