第19話
「あんた、また呑んできたん、ですか……」
最初の言葉には威勢があったものの、その言葉はだんだんと弱くなる。
それは、湧き上がる怒りを押し込め、アムルを刺激しないようにするためのものだった。
だけど、残念ながらアムルにそれは伝わらず、最初の言葉と、自分を非難する言葉だけを
都合よく拾うのだった。
「文句あるのか」
アムルはこれでもかというようなにらみを利かせ、女に詰め寄る。
「いえ……」
「なら金出せ」
「もう……ありません……」
アムルはその言葉で怒り心頭となる。
それは、おそらくはこういうこと。
アムルには自分のことしか見えていない。
アムルの頭の中には、周りのことは全くなく、酒と博打と、女のことしかなかった。
明日の博打で勝てれば、その資金があれば、そんなことがアルムの頭の中を埋め尽くしてるのだった。
アルムは、怒りに任せてその女、つまりは妻を殴りつける。
地に伏した妻だったけど、それは拳のダメージより、心のダメージのほうが大きかった。
その音に、子供が鳴き声を上げるも、それは助け舟になるどころかアムルの怒りをより一層
高ぶらせるだけだった。
「あいつを黙らせろ!それがお前の務めだろ!」
アルムはさらに頭に血を上らせ、妻を殴りつける。
殴って殴って、手が痛くなれば、足で蹴りつけ、ひたすらに。
そして、ぐったりした妻の腰から財布を引き抜く。
「なんだ、あるじゃねぇか」
妻はもはや嗚咽のような声を吐き、アムルにしがみつく。
「もう、やめてください」
アムルは、そんな妻を足蹴にし、また立ち去っていくのだった。
◇
これはさらにその前のお話。
アムルは、卸売り場で働いていた。
彼はには力があまりなく、また会話もたどたどしく、どんくさいところがあった。
「てめぇ、もっと効率よく動けんのか」
アムルは荷物を運ぶも、フラフラと運ぶことはおろか、その反動、どこかにぶつけたり、
荷物を落としてしまうことも多々あった。
体力のないアルムは事あるたびに、煙草を吸い、その行いは他の人から見れば頻繁に行われているように見えた。
そんな折だった、商品の袋が破れているのが見つかる。
上の者は当然アルムを疑った。
しかし当のアルムには身に覚えがなかったのだ。
アムルはぶつけてはいるものの、何とか踏ん張りを入れたり、自分の体を挟んだりして
最悪の事態は免れていた。
「アムル!」
彼は名を呼ばれ、その時していた作業を中断し、おずおずと上司の元へ。
「てめぇ、この落とし前どうつけてくれる」
「私ではありません」
「てめぇ以外に誰がいるってんだ。ふざけたことも休み休み言え」
アムルに本当に覚えはなかった、濡れ衣だと思えたのだ。
だけど、目の前の上司は顔を真っ赤にして怒り、アルムを責め立てる。
その言葉にアムルわなわなと震え、自分でも分かるほどに頭に血が上っていた。
「どんくせぇてめぇがポカ犯したんだろ」
そう言われて、上司はアムルの頭を小突くと、アムルはもう我慢の限界だった。
確かに、アムルはどんくさかった、休憩も多く取っていたし、とても一人前と呼べる
働き方ではなかった、だけどこれはいくら何でも理不尽だった。
そして、アムルは上司を殴ったこれでもかというくらいに。
そして、アルムがそれ以来その場に戻ってくることはなかった――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます