第17話
その同じ夜、カルダはまた仕事へと出かけていた。
辺りはすっかり闇に包まれ、街ゆく人々もほとんどが家に帰り、外を出歩いている人は見受けられなかった。
その時間ともなれば、お店も当然閉まっている。
カルダは、街の隅に置かれた果物箱を見つけると、その裏にひっそりと息を潜め
それは、まるで闇と同化するように、呼吸を抑え、身動き一つしなかった。
ほどなく、ジャリっと、音を立て、足音が近づいてくる。
その足音は安定しておらず、一定の間隔のものではなかった。
それはおろか、壁にぶつかるような音まで聞こえる。
どうやら酔っぱらっているようで、カルダにとっては、楽な相手だった。
ただ、彼が気を抜くことはなかった。
考えすぎかもしれないけど、可能性として相手は酔っぱらったふりをしている、
あるいは、一人ではないかもしれない。
そんなことを考えてのことだった。
その酔っぱらいが、果物箱に近づくのをカルダは期を伺い待つ。
そいつは幸いにも一人で、他に誰かがついているということもなかった。
カルダは、果物箱の裏から、音もなく飛び出すと、首元目掛けて一突き。
それは、鮮やかなもので、悲鳴一つなく、その男は地に伏す。
カルダが、立ち去ると、そこには物言わぬむくろが取り残された。
血液もほとんど飛び散っておらず、それはまるで眠るかのように横たわっているだけだった。
住家に戻ると、闇夜の川で、手についた血を洗い流し、その場に腰掛け月を眺める。
そして、勝利の美酒に酔いしれるのだった。
月には雲がかかっていたものの、煌々と輝き、その光を水面に落とす。
水面の月はゆらゆらと、ゆったりと揺らめき、漆黒の川に、輝きを与える。
それはまるで、夜の名月が、カルダを祝福しているようでもあった。
◇
「また一人亡くなったらっしいわね」
「怖いわね、喉を一突きで、即死だったらしいわよ」
「怖いわ~」
次の朝、街ではその話でもちきりになり、ドールたちの間ではもっぱらの話題だった。
そんな話は、隼人たちの耳にも届き、一番に口を開いたのはやはりノークだった。
「許せねぇ、自分の都合でドールを殺すなんてな」
ノークの言葉は最もだったのだけど、隼人と、相沢は内心複雑だった。
そんな心境がもしかしたら顔にも表れていたのかもしれず、ノークはおそらくそれを察した。
すると、ノークの顔からはいつもの明るい笑顔は消え、暗いものとなってしまう。
「えっと、あ、甘いものが食べたいなぁ
ノーク君知らない?」
相沢はそれを察したのか、少し大げさに明るくふるまうと、ノークは少し顔を上げてくれる。
「クレープ」
ノークにはまだ元気はなかったけれど、小さくそう答えてくれる。
「わぁおいしそう。ノーク君行ってみよ」
相沢は、さらに明るくふるまい、ノークの手を引こうとする。
だけど、ノークから帰ってきた返答は……
「街角のクレープ屋、カムラが好きだった……」
そう言うとノークはまた俯き、わずかに涙が滲んでいるようにも見えた。
相沢は、それ以上何も言うことができなくなってしまった。
ノークを元気付けようとしたことが、すっかり裏目に出てしまう形となる。
隼人はというと、相変わらず無表情を決め込み、何かをしようというそぶりはなかった。
だけど、こんなことを考えていた。
ノークはほんとに仲間を大切に思っていたのだと、それがゆえに十分な反省が必要だと。
力を使ってそれを収めることが隼人にとっては逆に間違いに思えるのだった。
そんなことを、知ってか知らでか、街ゆく人々は流れてゆく。
繰り返しになるけど、誰もがわが身に起こったことでない限り、気に留める人はいないのだ。
上空の雲は穏やかに流れ、何事もなかったかのように青空が広がる。
空は何も意見を持たず、いつもいつの時もただそこにある。
それは、過ちを許すこともなければ、決して責め立てるようなこともなかった。
隼人はそんな空が好きだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます