第10話


 お皿の上には、魚のムニエルに、茹でられた温野菜が添えられ、

 隼人たちの前に並べられた。

 それはご夫人さんが先ほど用意してくれたものだった。


「どうぞ召し上がれ」


 夫人はやはり甲高い声で言うと、夫婦と隼人たち4人の食事会が始まる。

 食事が始まって間もなく経った頃だろうか、

 そこへ誰か帰ってきたようで、玄関でコトコトと音がする。


「ただいま」


「あらおかえりノーク」


「ノーク、お客さんが来てるから、おとなしくしてなさい」


 帰ってきたノークはまるで苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。

 相沢はそのことが気になって仕方なかったけど、目の前の2人に何かをする様子はなかった。

 2人はノークを気遣うことなくこちらに向き直る。


「また、お見苦しいところを見せてごめんなさい」


「あの、ノーク君は……」


 相沢が何かを言おうとしたところで言葉は遮られる。

 それは全くノークのことを気にしていないようだった。


「いいのよあの子は」


 そのあとの食事はというと、会話もそれなりにあり、お料理もよかったのだけど、

 何というか、味がなかった。

 それは、ノークのあの表情がずっと引っかかってたからかもしれない。

 声をかけてほしそうな顔をしてたけど、目の前の2人は結局それをすることはなかった。





「ここが客間だ、今日はほんとに助かった

 ゆっくりして行ってくれ」


 そう言うと、男は扉を閉め、階下へと降りていく音が聞こえる。

 質素な木製の部屋には天窓があり、星々が競い合うように輝いていた。

 それは、誰もが皆一様に奇麗なのに、自分が一番だと主張しているようにも見える。


「もう寝るね」


 隼人は部屋に着くなりそそくさと、ベッドに行こうとする。

 隼人は本当に疲れていた、それは、慣れない土地に来たからかもしれなかったし、

 何より、ペルソナを使ったせいかもしれなかった。


「あ、待って、聞きたいこといっぱい」


 相沢は、隼人の背中を引き留めるように急いで声をかけるけど、

 隼人はというと相変わらず、背中を向けたままで

 そんな姿を、相沢はいじらしく思う。


「隼人君、あの時性格ちょっと違ってたよね。

 それってペルソナと関係あるのかな?」


 それは相沢にとってはちょっとした違和感でしかなかったけど、

 そのことが一日中気になっていたのだった。


「多分……分からない……」


 結局隼人の口からは歯切れの悪い言葉しか返ってこなかった。


「疲れたから寝るね」


「もう……」


 そして、相沢を一人取り残し、隼人は寝息を立てるのだった――――




 隼人が眠っても、相沢はまだ眠れず、ベッドに腰掛けていた。

 ペルソナ……か。

 隼人君性格変わってたよね、私にもできるかな?

 お化粧するみたいなものよね、きっと。

 せっかくなるなら清楚な感じがいいかな?


「ペル、ソナ」


 その言葉を唱えてみると相沢の頭に、心に、いつもと違う感覚が走る。

 試しに声を発してみることにする。


「ごきげんよう」


 声に出してみたものの、何かしっくりこない

(そうね、もうちょっとボーイッシュな感じで)


「ペルソナ」


「やあ、隼人、元気ないじゃないか」


 やはり、これも相沢にとっては何かが違った。

(やっぱりかわいらしいのが一番よね)


「ペルソナ!」


 そう唱えた時だった、後ろから物音がし、今、このタイミングで聞きたくなかった声が聞こえる。


「相沢さん、どうしたの?」


 その声を聴いた相沢は急に顔が熱くなって、とっさに頭が真っ白になった。


「は、はやとくん、ぼく、ど、どうも、してないぉ?」


 とても自分の口から出たとは思えない声が出て、

 もう、顔から火を噴きだしそうなほど恥ずかしい。

(どうしてあたしあんなこと言ってんだろ)


「変な相沢さん」


 そう言うと隼人はまた眠りについた。

 相沢は恥ずかしくて、まだ心臓がバクバクしていた。


 私は私のままでいい、そう思う相沢だった――――

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