第4話
強い陽光が降り注ぎ、しばらくは目が開けられない。
隼人は仕方なくといった感じで手をかざすと
青い空が目に飛び込み、そこには散り散りの細かい雲が流れている。
雲は陽の光で白く輝き、その隙間を小鳥が気持ちよさそうに空を舞う。
その光は民家の屋根に降り注ぎ、そこに熱と光とを与え
さも気持ちよさそうに、子猫が眠る。
屋根の下では様々な音を立て、人々が砂埃を上げながらせわしなく行き交う。
その場所はどうやら街のようだった。
それは隼人にはかえって都合がよかった。
というのも、街ゆく人々はそれぞれの目的を持ち、それだけのために行動しているから
隼人のことを気にする人はいない。
木を隠すなら森の中とはよく言ったものだ。
ここならゆったりと過ごせそう、そう思った隼人の耳に
それを邪魔するように、女の子の声が届く。
「隼人君、ここは……?」
いつの間にかついてきていた女の子が、ここはどこかと聞いてきた。
隼人は少し驚いたけど、すぐに平常を取り戻し、向きを変えずに口を動かす。
「君、ついてきたの?」
隼人はその女の子のことを気にも止めていなかったから、ついてきていたことが意外だった。
その女の子は隼人の言葉を受けて、少しむっとした表情と口調で隼人に名を名乗る。
「私には、相沢優香っていう名前があります。
君じゃなくてちゃんと名前で呼んでください」
それを聞いた隼人はというと、何気なくその名前を口にする。
「相沢さん」
隼人はその名前を呼んだだけで、またトコトコと歩き出す。
「あ、まって」
◇
隼人たちは、人ごみの中を歩いていた。
商人風の人や、家族の姿や、若者が、思い思いに過ごしている。
ウサギはここをドール世界と呼んでいたけど、
そこにいる人たちは、人間とほとんど変わりないように見える。
店の前にマネキンが並ぶ鮮やかな建物や、
茶色い板が周りを囲むシックな雰囲気の飲食店だろうか、
そんな風景が視界を流れていく。
そして、あたりに酒の匂いが立ち込める場所に来た時だった
ズバンと勢いのいい音が聞こえたかと思うと、
二人の男が揉み合うように絡まり、道に転がりだす。
隼人は一瞬立ち止まり、どうしようかと考えていた。
というのも面倒ごとには巻き込まれたくなかったからだ。
そこに人がいるだけで居心地が悪いのに、揉め事ともなればなおさらだ。
だけど、後ろにいたはずの相沢は隼人を抜かしたかと思うと、
隼人の手をグンと引っ張って走り出す。
隼人は立ち止まっていたため、その反動が大きく、
前につんのめる形で引っ張られる。
「隼人君!止めないと」
そう言われるも、隼人には助ける理由も、その力もなかった。
その時の隼人には助ける気など全くなかった。
そこには人だかりができ、取り囲むように輪を作っている。
ドール達は、口々にそれを制するような言葉や、
中にははやし立てるような言葉が交錯する。
喧嘩、というよりはそれは一方的にやられているようだった。
一人が地面に倒れ、もう一人が馬乗りになり、
顔面を殴りつける。何度も何度も。
殴るたび、唾液に滲んだ血が飛び散る。
見ていて痛々しいほどだ。
「あひっ、やめ、もうやめてくれ」
その声にはもはや恐れを含み、少なくともやり返そうという意思は感じられない。
「てっめ、自分のしたことが分かってるのか」
男はなおも殴る、それは相手を殺してしまうではないかと思えるほどに。
馬乗りの男が拳を振り上げ、殴ったかと思うと、ずざっという嫌な音。
男は勢いあまり、こぶしを地面に擦り、手を痛めたようだ。
地面に倒れこんでいた男は、その隙をついて逃げ、民衆に助けを求める。
その顔は哀れなほどにゆがみ、目は涙で潤み、頬は痛々しいほどにはれ上がっている。
「たったのむ、たす、助けてくれ」
そこ声は震え、顔が変形していためもあるのか、うまく言葉にはなっていなかった。
その男は、必死につかんだ相手をゆすり、助けを求める。
それを見た隼人の中で何かがうごめく。
隼人の耳からは民衆の声が消え、何かしらの感情がこみ上げる。
怒り、哀れみ、それは一言では表せそうになかった。
そして隼人は、深く考えを巡らせることもなく、その言葉を口にする。
「ペルソナ」――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます