第12話:迎撃戦

「フリオ隊長、馬車の中には誰もいません!!」


 エラルド街道のファラリス方面、エルヴィンたちを追走するフリオとリヴが率いる一団が追いついたのは、もぬけの殻である馬車であった。


「街道を諦めて山にでもはいったのでしょうか」


 そう、リヴが馬を寄せてきてフリオに呟いた。時間稼ぎということならもっともな対策には見えるが、そもそもエルヴィンやクレアを始めとして、イプストリアの騎士は通常山中での行軍経験があるものは少ない。追い詰められてということならまだしも、まだ距離もあった状態で早々に馬車を捨てて山に入るという選択肢は、フリオには理解できなかった。


「ふむ」


 ならば、とフリオは考える。何故エルヴィン達はこの街道中央の目立つ場所に馬車を残したのか。そこまで考えて、ふと彼は思い立つ。目立つ場所、つまりこの馬車は目印である。すなわち敵はこの馬車に追っ手が群がるその時を待っていたのである。――そう、つまりは奇襲の可能性だ。


「総員!! 陣を整えろ。攻撃が来るぞ!!」


 ざ、とフリオとリヴを中心に円陣が敷かれた。総勢二十名の騎士が盾を構え、ざん、と腰を落とした。そしてフリオが詠唱を始める。


「水よ!!、――大いなるイプスよ!! その力、堅牢なる盾よ!! フリオ=グロッセアの名のもとに――」


「水の防護(ウォルタ・プロテクト)!!」

「水の剣刃(ウォルタ・ブレイズ)!!」


 それは、フリオの水の防護が完成した瞬間であった。クレアの水の剣刃がフリオ達の一団に降り注いだのである。円陣を囲むように展開した圧縮された水の防護膜に次々と長さ1メートル程度の水の刃が突き刺さる。しかし、その刃は何れも防護膜に半分ほど突き刺さったところで力を失い、虚空へと消えて行く。


「――リヴ、後ろだ」


 フリオがリヴに促す。それはフリオ達がエルヴィンを追ってきた方角であった、複数の水の刃が集合し、今度は数メートルの巨大な刃となり、防護膜を突き破らんと、飛来したのだ。だが、それを傍観するほどフリオもリヴも馬鹿ではない。フリオと同時に、リヴも既に詠唱を完了していたのだ。


「水の剛槍(ウォルタ・ランサー)!!」


 フリオが防護膜に隙間を作ると共に、リヴが魔法を発動する。それは太さが人の胴もあろうかという十メートルに達する巨大な水の槍である。リヴより放たれた水の剛槍はクレアの剣刃を吹き散らし、何処かの地形にぶつかりその圧縮された水量を撒き散らした。


「――エルヴィン!! 不意討ちとは中々に汚いではないか!!」


 そう、リヴが叫んだ。周囲に沈黙がよぎる。

 数十秒程度の間を置き、はっはっはと、エルヴィンの笑い声が周囲に響いた。


「こちらはたった二人なのだ。そこらへんは多めに見てくれると助かるな、フリオ。せっかちリヴは元気か? お前達をよこすとはファウストも人がわるい、だがツボをついている。その人選はある程度俺たちに効いてるよ」


 そんな彼の声にフリオは息を巻いて返す。


「ならば、大人しく拘束されたらどうだ。クレアの魔法では俺の盾はやぶれんぞ、そしてリヴのランスを刃程度で受け止められるとは思えんが?」


 つまり、エルヴィンも魔法を出せと、フリオは促している。このままでは戦いにもならないと。しかしエルヴィンは変わらず言葉を続ける。


「――いや、丈之助殿の影響かな。丈之助殿が言うにはな、懐柔や裏切りを持ちかけ、幼な子を無理やり不幸の道へと突き落とす輩に慈悲などいらぬ、だそうだ? これが他人事ならまだしも、こうして自分に降りかかると、そうもいってられんからな」


 そのエルヴィンの言葉を聞き、リヴは激昂した。


「貴様、それでもイプストリア騎士団の一員か!! セーラ様が他国へ渡れば本当にあの宰相は戦争を起こすぞ!! 貴様も騎士の一員ならば国の事を第一に考えるべきではないのか!! 戦争になれば本当に死ぬぞ!! それこそ、罪もない人々がだ!!」


 リヴのその怒りは最もであった。しかしその怒りの言葉をクレアが遮る。


「――ルイス王が倒れられた原因が宰相にあるとしてもですか? どのみちあの男の権力欲には際限がありません。宰相は遅かれ早かれ戦争を起こします、今回はセーラ様を執拗に追い回しておりますが、――あの男が、ファウストが何かの政治的な裏も無しに動くはずがないでしょう? それに我々は独断ではありません、ルイス王の命にて動いているのです!!」


「詭弁をいうな、どこに証拠がある」


 リヴが叫ぶ。もう一度リヴが魔法発動をしようとするが、それをフリオが止めた。もはや言葉は不要、と分隊に支持をだし、


「後方、方陣隊形、十歩進め」


 フリオとリブを囲むように形成された円陣が、四角い方陣へと形を変えた。水の防護ウォルタ・プロテクトは依然陣全体を包み込んでいる。


「進め、リヴはいつでも撃てるようにしろ」


 同時に、クレアの水の剣刃がフリオ達に再び襲いかかる。その中でエルヴィンは声を上げた。その変わらぬ声の様子に、フリオはそこに何か異質な覚悟が込められているように聞こえた。


「――もし生きていたら、丈之助殿に会ってみるといい、今朝のことなんだがな、俺も王命を第一に考えていたんだが、いや――正直言ってな、セーラ様のあんな笑顔を見たのは初めてなんだよ。……まったく、クレアや俺が励まそうとして、何度逆に諭されていたことか。 ――ああいうのを見てしまうとな、やはりお救いしたいと思うんだよ」


 エルヴィンの声が響く中、ざ、ざ、と陣は進む。実のところエルヴィン自身はリヴの様な考えを理解していた。エルヴィンも実のところ心の底では迷いはあったのだ。――だがしかし、エルヴィンは丈之助の肩に楽しそうに乗るセーラを見て、ふと思ったのだ。この道の結末は、そう悪くはならない、と。

 彼の魔法は、その強大さゆえに消耗が激しく乱用はできないが――


「――風よ」


 周囲の大気がぬらり、と蠢く。


「――猛たけきウィルドよ」


 エルヴィンとクレアの出身はファラリス。


「――その力、轟く豪風」


 風と水双方の民の末裔である。


「――海練うねりて堅牢、爆ぜて瀑布となり」


 詠唱の数が一つ多い。

 四節目で詠唱者の名が出てこない次点でフリオの背筋がゾクリと震えた。本来、五詠唱単位の魔法は、一節目に操る対象。二節目に力を借りる精霊、三節目に形状、四節目と五節目に詠唱者と力の言葉を唱えることで成立するのだ。この全てが揃わなければ魔法は発動しない。四詠唱単位以下になると、何かが欠け、不完全な魔法になる。戦闘に耐えうる魔法が五詠唱単位と定義されている理由である。

 そして、逆巻く風とともに、周囲の朝霧が吹き散らされ、エルヴィンの姿が現れる。その背後にはクレアもいた。


「――我、エルヴィン=アーネストの名のもとに」


 ――六詠唱単位(セクスタプル)


「――総員!! 防御体制!! 体を丸めて盾に隠れろ!! 精霊級が来るぞッ!!」


 フリオ以下全員が、盾を地面に突き立て姿勢を低くした。しかし、その中リヴだけが、させるものかと、水の剛槍ウォルタ・ランサーをエルヴィンに向けて発動したのであった。


「――暴風の城壁(ゲイル・ランパート)」


 エルヴィンの前に現れた強大な圧縮空気の壁に、リヴの水の剛槍ーが触れた途端に霧散した。


――その直後である。


 その壁がそのままフリオ達に襲いかかる。周囲の木々が豪風に軋みを上げ、中にはバキバキと音を立てて倒れるものもある。生木を根こそぎなぎ倒すその威力はフリオやリヴの魔法とは絶大な威力の差があったのだ。フリオの水の防護で幾許か軽減されたとは言え、鎧を着込み、盾を装備して重量がある筈の騎士たちが次々に宙に舞い上がり地面へと叩きつけられていった。これが魔法戦闘の残酷な結果である。正面からぶつかれば、上のランクの魔法には絶対に勝てないという。この世界における魔法戦闘の不文律の体現であった。

 発動が終わる。急激な疲労感がエルヴィンを襲い、思わず片膝をつく形になった。結果だけ見ればエルヴィン達の圧勝であったが、それは薄氷の勝利であった。エルヴィン側としては、奇襲により、敵の集結を速やかに行わせ、そしてこの魔法一発で決着を着けなければこの勝利は無かったからである。


「……こちらは果たしたぞ、丈之助殿」


 ――一方、森へと逃げ込んだ丈之助を追うアレクセイ達は苦戦を強いられていた。


「くそっ、あの嘗めた野郎を逃がすな!! 追い立てろ!!」


 アレクセイのその声は焦っていた。その顔を見れば鼻からだくだくと血を流し、鬼の形相で丈之助を追い求めていたのである。


 それは丈之助と追っ手の初っ端の邂逅であった。背負子を茂みに隠した後、丈之助は騎馬の一団を視認するや否や、にやりと笑った。先頭を走る馬に乗っている男は明らかに騎士とはことなる服装をしている事実に気づいたからである。


「大将首か、……これは見舞ってやらねばな。クックック」


 その後に丈之助が取った行動はまさに異常であった。丈之助は、走り来る騎馬団へ駆け足で突撃したのだ。まさに面を食らったのは先頭を走っていたアレクセイである。丈之助の足が地を蹴る。その跳躍は馬をも飛び越し、呆気に取られているアレクセイの顔面へと丈之助の右足がめり込んだのである。


「はっはっは!! 油断大敵、不用心じゃのう!!」


 そのまますれ違いざまに馬上の騎士に蹴りをお見舞いすると、そそくさと丈之助はそのまま森へと逃げ込んだのであった。

 その後は撹乱戦の始まりであった。森の行軍に慣れない騎士達は、山育ちの丈之助を捕らえられるはずもなく、徐々に戦力を削られていくのであった。


「くそ!! お前ら伏せていろ!! 魔法で一気に決着ケリをつけてやる!!」


 アレクセイは、視界に入れども捉えきれぬ丈之助に業を煮やし、周りの騎士へ動かぬよう指示を出す。アレクセイの魔法は水の探弓(ウォルタ・サーチャー)というロックした敵を自動追尾する水の弓矢であった。


「水よ!!」


 と、アレクセイが唱えたときである。


「――それよ」


 と、アレクセイの頭上から声が聞こえた。にゅっと丈之助の上半身が木々より現れ、その両手にアレクセイの頭が挟み込まれる。次の瞬間、アレクセイの視界がぐるりと回った。アレクセイの頭を掴んだままの状態で、丈之助が足を振り出され、さらに腰を捻りぐるりと水平に一回転したからだ。ごききという鈍い音。それが、アレクセイが人生の最後に聴いた音であった。


 すとん、とゆっくり着地をする丈之助。


「魔法士と言えど、吟じきる前に倒してしまえばただの人よ、おまけにその間は隙だらけじゃしな、狙わん道理がないの」


 そういって、丈之助は周囲を見た。アレクセイの指示通りに伏せた騎士たちを見やる。


「――ほれ、かかってこぬか。但し、今日の俺は優しくないがの?」


 ヤザンは森の中、違和感を覚えていた。それはアレクセイが簡単に仕留められたことではなく、今も周囲に響く騎士達の断末魔でも無かった。冷静に彼は思い返す。いったいその違和感はいつから感じたものであったか。ヤザンは丈之助を深追いせずに、森の入口近くでじっと考えていた。その間も「ぎゃ」や「ひぃ」と言った騎士たちの声が聞こえてくる。大したものだと、ヤザンは心のなかで呟いた。


「ふん、奴の方が攻撃役だったか……」


 そう、声に出した途端にある疑問がヤザンに浮かんだ。


(いやまて、それはおかしい)


 まず一つ目ヤザンが思い立ったのは、先発隊のことである。丈之助が攻撃役でエルヴィン達がセーラを守っているならば、先発隊と丈之助がかち合った時点で奇襲なり罠を張るなり、先発隊の戦力を削るのが道理だからだ。


(本命が親衛騎士なら、先発隊とすれ違った時に幾許か削って置くべきだ)


 しかし、街道に争った様子はなかった。


(逆にセーラを守っているのが奴のわけがねぇ)


 そう、あれは誰かを守りながらの闘いではない。完全に自分たちを殺しに来ている動きである。そこまで思考すると、ヤザンは口元を釣り上げた。


「参ったな、こりゃ、俺には珍しく失敗したわ」


 とケタケタと笑うのであった。


「ま、仕事はちゃんとこなすがね。 ……おいッ ――全員街道まで引け!! 退却だ!!」


 そう言ってヤザンは大声で叫んだ。その声は、味方にも丈之助にも聞こえるような大きな声であった。 


 街道に出たあと騎士たちはその被害に茫然とするのであった。二十名いた騎士がたったの五名になっていたからである。あのまま森の中にいたら、いったいどうなっていたかと考えると、騎士たちは背筋を震わせるのであった。


「……あの、ヤザン様、この後、我々はいかがすれば良いのでしょう?」


 騎士の一人が不安気にヤザンへと問いかけた。


「まあ、待っていろ。すぐにわかる」


 ヤザンは半ば確信を得ていた。しばらくして、森の方から音がする。ガサガサと茂みをかき分け、丈之助が街道へと姿を表す。それを見てヤザンはニタニタと笑った。


「くっくっくっ、そうだよなぁ? 出てくるよなぁ? だってお姫様はここにいないんだもんなぁ?」


 その真意は、丈之助とヤザンしか解らぬやり取りであった。そう、丈之助が現れたのは、騎士団から見て、アクス方面の位置である。なんとしてもアクスへと追っ手を戻らせたくない丈之助は、真意がバレようともアクス方面へとでるしか無かったのだ。


「そっち側に出てくると思ったぜ? こりゃぁお姫様はアクスに置いたままってか。いやいや、してやられたぜ? 行儀のいい親衛騎士連中の発想じゃぁねぇ。中々やるじゃねぇか、くっくっくっ」


 そのヤザンの言葉に、騎士たちが我に返り、丈之助へとその剣を向けた。


「よーし、お前ら!! さあ、必死に俺の詠唱時間を稼げよ? なーに発動したらさっさと逃げていいぞ、むしろ邪魔だからな!!」


 そう言ってヤザンはその両の手に鞭を持つ。


 その、ヤザンの動作と同時に丈之助が一歩前に出ようとした。未だ動揺している騎士達ではあったが、間合いを詰めようとした丈之助を確認すると、お互いに顔を合わせ一斉に飛びかかる。


「――雷よ」


 殺し屋ヤザン=ヤールレン。宰相の手駒の中でも最大級の戦力であり、闇仕事の請負人でもある。魔法士にて、鞭術の達人。いくたの魔法士を葬ってきた魔法士殺し。


「――轟くユドラよ」


 そしてその魔法は珍しき、水と土と風の複合精霊である雷精ユドラである。


「――その力、宿る蛇となりて」


 この時ばかり、騎士たちの動きは洗練されていた。それは丈之助の得体のしれない存在感からか、後方の魔法士の威圧感からか、それとも、森の中で丈之助に屠られた仲間の仇討ちからか。


「――ヤザン=ヤールレンの名のもとに」


 結果として、兎にも角にもヤザンの詠唱完了までに、丈之助の拳は届かなかった。


「双頭の雷蛇(ユドラ・スネイクス)!!」


 バチィッ、と周囲が紫色の光で照らされた。ヤザンの手にはそれぞれ鞭が握られており、その鞭には、まるで蛇が絡みつくように雷が絡み付いていたのだ。


「……チェックメイトだなぁ、黒髪の魔法士。なーに、痛いのは一瞬だ。気持ちよーく昇天させてやるからよ?」


 くっくっくとヤザンの笑い声が周囲に響くのであった。

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