第11話:追っ手

 アクス北西。街道から少し逸れた枝道に野営が敷かれていた。居並ぶテントにはイプストリア王国の紋章があり、この野営が王国騎士団の駐屯地であることを証明していた。周囲は木々に囲まれてはいるが中は開けた地形であり、駐屯地からは多くの人や騎馬の気配が伺えた。

 その駐屯地に、騎馬が慌ただしく一騎駆け込んでくる。セーラ達の動きを張っていた斥候である。セーラ一行がアクスを出立したことを報告しに早馬を飛ばしてきたのであった。斥候役の騎士は下馬をすると馬を見張りの兵に任せ、司令のテントへといち早く駆けこむのであった。


「ご報告致します!! セーラ様に動きあり!! 馬車は北西門へ親衛騎士二名が同乗!! セーラ様の姿はこの霧と遠目にて確認できませんでしたが、おそらくは乗車されているかと思われます!! セーラ様付きのメイドは南東門よりイプストリアへと向かいました!! おそらく少しでも身を軽くするために暇を出されたと思われます!!」


 司令のテントには四人の男が座り、斥候の報告を聞いていた。その内の一人。リーダー格である騎士の男が斥候に、黒髪の魔法士はどうした、と、問いかけた。


「はッ……それが。 ……馬車とは別行動にて北西門を抜け、ファラリスへと向かっております」


 その報告にピクリと報告を聞いていた副官の男のまゆが上がる。


「……別行動だと? 馬車とは異なる街道を進んでいるのか?」

「いいえ!! 馬車の後を追うように同じ道を進んでおりますが、その……少々奇妙なところがあり――」


 と、斥候が何か考えこむように、口ごもった。


「いい、続けろ。発言を許可する」

「はッ……、それが黒髪の魔法士は大きな荷物を担いでおります……!! その、それが丁度小さな子供が入りそうな……」


 斥候がそこまで喋ったところで、騎士の横にいた男がクックックッと深く笑い出した。場にそぐわないその笑い声に、司令テント内の視線がその男の元へ一斉に集る。男の容姿は騎士の駐屯地にしては、実に特徴的であった。身につけているものは一般的な上下の冒険者服ではあるが、その服のあちらこちらには接続具の様なものが取り付けられていた。接続具には何か柄のようなものが取り付けられている。柄からは革を紐状に編んだ鞭が巻かれていた。それが右腿と左腿に一つずつ。両肩にやや小さめのものに同じく一つずつ。そして腰に一際太い鞭が一つ。但しこの鞭は革製では無く、芯に鎖が入っている金属鞭であった。


 リーダー格である騎士の男――この隊の隊長である男。フリオ=グロッセアが再び口を開いた。


「ヤザン殿、何か可笑しいところでもあったであろうか」


 問いかけるフリオに、ヤザンと呼ばれた男は湧き上がる笑いを堪えながらも、いや、これはおもしれぇと、一言漏らす。


「どういうことだ?」


 一人はヤザンと同じく雇われ傭兵であるアレクセイ=フェメールであった。彼も騎士ではない。その背には背丈ほどもある大きな弓、そして腰には短弓とナイフを装備している。


 そして、声を上げたもう一人はこの隊の副隊長、リヴ=ヴェイロンである。


「ターゲットが出発している。時間がないのだ、伊達や酔狂で意見を言うのは控えてもらいたいものだな」


 と、それぞれ毛色の異なる二人の言葉に捲し立てられるとヤザンと呼ばれた男は、大きくため息を付き、やれやれと肩をすくめた。


「何だお前ら、気づかないのかよ、こいつら、数はそろっちゃいないのにやる気満々じゃねぇか? これが笑わずにいられるかってんだ、なあ? クックッ いやあ、楽しくなってきた。宰相もこの俺を呼ぶわけだわ……。――おい……そこの斥候!!」


 ヤザンに突然呼ばれた斥候は、ビクリと体を震わせる


「屋敷はどうだ? 誰か残っていたか?」

「い、いえ、もぬけの空でした。屋根裏、床下、全て調べてあります!!」


 斥候の言葉が終わると、ヤザンはくるりとフリオ、リヴ、アレクセイへと向き直った。


「さあ、どうする? 奴ら生意気にも分散してきたぞ? 足手まといのメイドを捨て、ご丁寧にも二択を掛けて俺らを迎え撃つつもりだな。各個撃破だよ、よっぽどあいつらは戦闘面で自信があるらしい、もしくは、お前達が酷く舐められているかだな」


クックックとヤザンの甲高い笑い声が詰め所に響き、その無いように騎士達がざわつく。


「おそらくどちらかが時間稼ぎで、どちらかが本命なんだろうよ、いやあ、大した奴らだ。分隊連中に裏切られてヘコんでいると思ったら、なかなかどうして開き直りやがった!! いやあ、結構結構。涙ぐましいねぇ!! なあ、隊長さんよ?」


 と、傲岸不遜にヤザンがフリオに会話をふる。


「……かまわん、相手の望みどおり隊を二手に分ける。……ヤザン殿とアレクセイ殿が到着する前なら、足をすくわれていたかもしれんがな」


 そして冷静にフリオは言った。


「これでこちらの戦力は魔法士が四人だ。逆に馬車を足止めし、黒髪の魔法士を先に叩く。当たりでも外れでも、次に親衛騎士の二人を殺して終わりだ」


 そう、ファウストは最後の詰を誤らなかったのだ。エルヴィンの分隊騎士からもたらされた丈之助の情報は不確かなものであったが、リガルドを単独撃破できる実力の持ち主ということは判明していた。そこでファウストは丈之助が魔法士であろうとなかろうと問題ない選択をすることにしたのだ。それは同じクラスの戦力の投入である。相手側の魔法士が増えるのであれば、こちらも魔法士を増やせば良いと考えたのである。少女一人を捕らえるのに、五詠唱級魔法士四名という、千人に一人と言われている魔法士の希少さを考えると、それは前代未聞の戦力の投入である。さらに言えば、魔法士の護衛として、それぞれ騎士分隊が十名ずつフリオ、リヴ、アレクセイ、ヤザンへと用意されたのである。


「我々が親衛騎士を受け持とう、エルヴィンとクレアのことならよく知っているからな」


 フリオがそう言いリヴに指示を出す。


「――ああそうだ、隊長さんよ」


 テントの外に向かうフリオをヤザンが呼び止める。


「宰相からの情報だけどよ、奴らはファラリスからわざわざルイス王がご指名した人材だそうだ。魔法持ちは女だけってことだがよ。そんな奴がただの騎士なわけねぇ、使うと思っていきな? まあ俺らが追いつくまで時間を稼いでくれりゃそれで終わりだ、あんたの魔法ならおあつらえ向きだろう?」

「……期待はしないで待っていよう、こちらは二対二だ。いやでも足止めるさ、分隊がいるだけ有利にことを運べよう」


 そういってフリオはテントを出た。


「それじゃ、俺らは噂の黒髪の魔法士か、まあすぐに追いてやるよ。クククッ」


 そう言って歩き出すヤザンにアレクセイが後ろから、よう、と話しかける。


「どこかで聞き覚えがある名だとは思ったが、……あんたまさか、あのヤザンか?」


 アレクセイのその言葉に、ヤザンはだからどうした? と振り返る。


 ――殺し屋ヤザン。


 彼の脳裏に一瞬浮かんだ言葉がそれであった。単純にして純粋な能力。金次第で誰でも殺し、そして生き残っている魔法士殺し。


「いいや、何でもない。精々足を引っ張らんよう気をつけるさ――」




 朝霧の中、エラルド街道ファラリス方面にて、丈之助はゆっくりと歩いていた。既に日が出ていてもおかしくは無かったが、空が曇天に覆われているせいでいつもの時間より周囲は薄暗い状況であった。その丈之助の横を二十名程度の騎馬達が駆け抜けていった。先行するエルヴィン達を追う、フリオとリヴの部隊であった。その部隊は丈之助を横目に通り過ぎ、朝霧の中に消えて行くのであった。


 またしばらく丈之助は街道を進む。

 そして、再び後方から騎馬の音が聞こえるのを確認すると、丈之助は足を止める。


「――さてと、ここまでは策通りじゃの」


 丈之助が立ち止まった場所は、ちょうど街道が山のすぐ近くを通っている場所であった。脇を見れば、そこには生い茂る木々と深い森がある。そう、この場は丈之助にとっては手馴れた場であったのだ。


「……まったくジョーの奴、ほんと人使い荒いんだから」


 アクス王族別邸。屋根の上で隠れながらエレンはブツブツと丈之助への恨み言を吐いていた。そしてその横には、セーラがちょこんと座っている。


「……もう、この迷彩石だってタダじゃないんだからね……後で数倍の仕事させてやるわ、うふふ、ふふふふ」


 そんなエレンを見て、セーラはあの、と話しかけた。


「あの、その、お金なら少しは持ち合わせがございますの」


 くい、くいと、自己の世界に入りつつあるエレンの裾を引っ張り、彼女を現実へと引き戻しつつ、首を傾げるセーラがそこにいた。


「あらー、いいのよ。女の子はそんなこと考えちゃダメ、いい? これからはいかに男に貢がせていくか考えておきなさーい?」


(しっかし、イプストリアの姫様ねぇ……思わぬ所で本業に関わってきちゃったなぁ……、もしかしてこれを見越して私派遣されたのかしら)


「……ちょっと怖いですの」


 と、複雑な心境を隠せていない彼女に、少々引き気味のセーラであった。


「え、ああ、ごめんなさいね。ところでなんで騎士団なんかに追われているの?」

「――はい、お話をすると長くなるんですけど、ちょっとした鬼ごっこみたいなものなのです」


 鬼ごっこで騎士が乗り込んで来て屋根裏やらベッドやら床下やらをひっくり返すわ突き刺すわするものだろうか、とエレンは思ったが深くは聞かないことにした。これ以上聞いてはいけない予感がしたからである。


「……それにしても、セーラちゃんだっけ? こんな状況なのによく落ち着いているわね」


 その、ふとこぼしたエレンの疑問に、


「――はい、だっておじさまはお強いですもの!!」


 そう答えるセーラには、ついさっきまでの彼女には考えられなかった、年相応の可愛らしい笑顔が浮かべられていた。

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