第4話:出会い

 エルヴィンは槍の長柄にて、眼前で惜しげもなく魔法展開をさせている妹の頭を呆れ顔でど突くのであった。


「お兄様!!」


 と反射的に後ろを振り向くクレア。そしてその瞬間、丈之助が投擲した石がビュンと今まで彼女の頭があった場所を通り過ぎる。往来に踏み固められてそれなりに硬いであろう街道の土に、どずんと深くめり込んだ。その結果にクレアは思わず後ずさる。


「クレア、魔法を解除しろ」


 数瞬遅れて丈之助が着地する。既に丈之助はエルヴィン達を警戒しつつも戦闘態勢を解いていた。


「――でも兄様!!」

「いいから、怒るぞ?」


 未だ納得がいかないクレアに、エルヴィンは彼女を諌めた。しぶしぶクレアは水の剣刃ウォルタ・ブレイズを解除する。そして、エルヴィンは丈之助に向き直り、手を胸に当てて深く礼を取った。


「自分はイプストリア王国騎士団、第十五分隊長エルヴィン=アーネスト。冒険者殿、隊員の無礼をお詫びする」


 エルヴィンの一礼にふむ、と頷く丈之助。突然の闖入者にどうしたものかと一時考えこむが直ぐに彼は破顔する。丈之助にとってクレアを殺すことは目的で無い、争わずに済むのならばそれにこしたことはないのだ。


「よいよい、中々に楽しい立会いじゃったわ」


 その言葉にエルヴィンは一息つき、顔を上げ丈之助を見やり、観察した。丈之助に体には比較的新しい傷痕が幾つも伺える。その鍛え抜かれた体躯にはリガルドのものと思われる爪痕と、クレアの水の剣刃による切り傷がある。しかし何よりエルヴィンの気を引いたのは、その体の至る所にある古傷の数であった。無数とは行かないまでも体中に付けられた戦傷(いくさきず)は、まさに百戦錬磨の雰囲気を醸し出していた。長く戦争がないこの大陸東側では珍しいことである。そしてエルヴィンは嫌でも心の内にある疑念に対する確証を得たのである。


「リガルドを倒したのは、貴方か」


 エルヴィンの言葉に丈之助は、はて、と首をかしげた。


「リガルドとは、アレだ」


 理解が追いつかない丈之助に対し、エルヴィンは川沿いの獣の死体を指さした。


「ん? おーおー、あの熊公の事か。然り然り、確かにアレをのしたのは俺じゃ」


 やはり、とエルヴィンは心の中で思い至る。その後ろでクレアが「嘘……」と絶句していた。


「いや、それは凄い、奴には迷惑しててな、実は我々の目的も彼かの熊の征伐であったのだ」

「なんと、獲物を横取りしてしもうたか、しかしこれも時の運よ、悪く思うな、わはは」


 と、丈之助が笑いながら返す。エルヴィンはそのさまみてかえって手間が省けたと笑い返した。そんなやり取りをしながら、彼は眼の前にいるこの男は悪い男では無いなと心中で思う。そしてたわいもない会話を幾度かした所で、ぐー、と丈之助の腹の虫が周囲に響く。丈之助は鍋の方向を指さしながらエルヴィンに話しかけた。 


「どうじゃ、これも何かの縁、幸いにして肉は腐るほどあるからの。食ってくか?」

「それは有難い、実はさっきから気になっていてな」

「そこの娘っ子も気にすることは無い、命のやり取りまで行かなくてよかったの、勝負は俺の勝ちじゃがな。はっはっはっ」


 そう笑い飛ばすと、丈之助は鍋の方へと歩き出した。

 クレアとエルヴィンも丈之助に追従する。


「……で、あいつはどんな魔法を使ったんだ?」


 歩き出す丈之助の様子を伺いながら、エルヴィンは声を潜めて未だ絶句しているクレアに問いかけた。


「……ないです」

「何?」

「――兄様、あの人は魔法士では無いです」


 エルヴィンの足が、はたと止まる。


「あの人、私との戦いでも全く魔法は使いませんでした。私が詠唱してる時もぼーっとしていましたし、まるで魔法自体を知らないような。――おそらく、おそらくですけど、リガルドも、たぶん、いえ、想像したくないですけど、……きっと、きっと素手で――」


 その言葉にエルヴィンは思い出す。川沿いに脱ぎ捨てられていた爪に引き裂かれたような痕跡。至近距離でしか付かない筈の傷跡。エルヴィンの予測では、身体強化の類の魔法かと当たりを付けていた。しかし彼女の話では、クレアが彼に対して魔法で戦っていたにも関わらず、彼かの男は魔法を使わなかったということである。魔法士同士の戦いは先に魔法発動を行った方が勝つ。それはこの世界での通説である。


「あのリガルドを……、魔法なしで単独でだと?」


 ぶるりと、エルヴィンの背筋に冷たいものが走る。


「あ、でも兄様。現場を見たわけでは無いですし、もしかしたら強い武器でも持っていたかもしれないですし、そんな真面目に考えなくてもいいかも……」


 先の自分と同じく絶句するエルヴィンに対してクレアはわたわたと焦り、言葉をつないだ。


「そうそう、あのお鍋楽しみですね、実は私も気になってたんです、ふふ」


 と、クレアが口に出した時だ。


「ん、とするとなんだ、……お前は魔法が使えない相手になんで魔法を使ってたんだ?」

「――えう!?」


 エルヴィンの言葉にクレアがビシリと固まる。


「……そもそもだ、なんで彼とお前が戦ってたんだ? クレア、念の為に聞いておくが、お前何かやらかして無いよな?」

「あう!? えーと、兄様?、その…… ないです!!、な、何にもないです!!」


 まさか自分が勝手にぶち切れてとは言えず、クレアはそれ以上何も言えず口ごもる。「いっそ全てを無かったことに!!」等叫んだ挙句、奥の手である魔法を振り回しましたなんて言えるわけがない。そんな様子を見てエルヴィンは先に歩いて行る丈之助を見やり、大きな声で問いかけた。


「あー、冒険者殿? ちなみにうちの隊員と戦ってた理由を聞いてもいいか?」

「うむ、俺が行水から上がったら、その娘っ子が斬りかかってきたんじゃが。まあ男の裸を見たぐらいの娘を嫌う男もおらんだろう。俺も気にしとらんよ」

「あー……その、本当にすまんな……」


 力の抜けた声で、エルヴィンは丈之助に改めて詫びると、クレアの方にぽんと手を起き


「仕置だ」


 と、一言。槍をずんと地面に突き刺し、クレアをその長柄の先に引っ掛けた。


「兄様!!、――ひどいっ、これには、これには深いわけがあるのです!!」


 そんなクレアの悲痛な弁解を


「ないな、お前はちょっと反省してろ」


 と、捨ておくエルヴィンであった。

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