第四十一章

正義の味方なんかじゃない

 空はドローンが飛び交い、地上は鋼鉄装甲の車両が走り、武装あるいは身体能力強化パーツを身に纏ったマフィア共が縦横無尽に俊足を見せつける。

 ミザールの市街地は戦場といっても遜色のない有様となってしまっていた。連中の執拗さ、執念深さを垣間見たと同時に、無法地帯の真髄を目の当たりにした気分だ。

「奴は何処行った! どうして見失ったんだ!」

「報告しろ! 奴を逃がすな!」

「まさか内通者がいるのか?」

 うぅむ、当事者としては申し訳ない限りではある。

 無論、内通者などいないし、普通に裏路地に隠れているだけなのだが、アルコル・ファミリーの混乱っぷりがうかがえる。

『ゼクラさん、戦況はどうなんですか?』

 ザンカから嫌みの含まれた口調で通信が入る。

「七……いや八か」

『その単位は?』

「百」

『いっそソレ、千でもいいんじゃないですかね』

「恨みはないんだがなぁ……」

 正当防衛という名の無力化を行使している状況となる。相手が明瞭な敵であるという認識にはしたくない。だからこそこんな面倒なことをしているとも言えるのだが。

 八百を超える敵を潰している時点で敵対していないと言い張るのは無理があるか。

『大丈夫ですよ。ミザールの人口はその程度じゃ減らないでしょうし』

 減るどころか、下手を打ったらゼロまで消えるのでは。

「そんなことよりも、そっちは大丈夫なのか? さっきから上空が荒れているが」

 どうもミザールの外のアルコル・ファミリーにも招集掛けられているらしく、大量の船が飛んできている。

 こんな状態で『サジタリウス』号を発進できるのかやや不安だ。

『勿体ないですが、ステルス張って、即・飛び発てば何の問題はありません。誰かさんのせいで燃料問題に不安を覚えるのですがね』

『大丈夫です、ゼクラさん。僕とゾッカさんで事足ります』

 先に戻ったのか、ズーカイが通信に割って入る。向こうは何事もなく燃料の調達に関しては完遂できた模様。だからこそ尚のこと不甲斐ない結果になって泣けてきた。

『いいからZeusでも何でも使ってさっさと戻ってこいよ!』

 ジニアに言われると心底落ち込んでくる。

 Zeusは逃げるための道具じゃないんだぞ。

「さて……と」

 これ以上何か言われるのも癪だったので通信を打ち切る。そして裏路地を突き進んで、スラムへ抜けるルートを探った。

「見つけたぞ……ぐはぁ!」

 何か武器を突きつけられたが、とりあえず地面に寝てもらった。

 人気が少ないからと言って誰もいないというわけでもない。相当の数の追っ手が徘徊し、待機しているようだ。だからといって無防備に不意打ちを食らうこともない。

 表通りこそ広い道が多く、華やかさがあったが、裏路地ともなるとかなり狭く、入り組んでいた。

 来るときは屋根ごと飛び越えてきたのでそこまで観察はしていなかったが、スラムに繋がる迷宮みたくなっている。今、同じように屋根伝いに移動しようものならば、無数のドローンに見つかること間違いなし。

「お覚悟ぉ……うぼぁ!?」

 こうやって逐一処理しているから手間が掛かっているとも言える。

 一応、位置を悟られないように距離を置いて追っ手を処理して攪乱するようにはしているが、さすがに遠回りしすぎたか。

 やっぱり下手な小細工で誤魔化さずに普通に強行突破してしまった方がいいように思えてきた。その選択は、とどのつまり、近い将来に『カリスト』が壊滅させてしまうことを意味してしまうのだが。

「ん……」

 正面に見える角の気配。殺気がない。しかし、こちらを認識している。

「ブロッサ……いや、ツェリーと呼んだ方がよかったか?」

「ひっ!」

 弱い悲鳴に加えて、ドタッ、と倒れる音が聞こえた。腰を抜かしたのか。

 どうにも気付かれていないと思っていたらしい。

 角を曲がると、はしたない恰好をして、青い顔をしたブロッサがそこにいた。

「よ、よぉ……ま、また会ったな」

 なんでコイツはこんな有様で態度がデカいんだ。

「別に取って食いはしない」

「食うっ!?」

 さっき脅しすぎたか、ズリズリと後退された。あまりに不格好すぎる。

「わざわざ何の用だ。あまりこっちものんびりしていられないんだが」

「お、お、お前、アルコル・ファミリーに喧嘩売ったのか? さっきからずっと町中が大騒ぎになってるぞ」

「……不可抗力だ。喧嘩売るつもりなどなかった。それよりも」

 スンと鼻を鳴らし、ブロッサが顔を上げる。強がっている割には半ば泣き顔だ。

「お礼。言っておかないとあたいの面子がないっていうか」

 俺がブロッサに何かをしてやった記憶はないのだが、お礼という言葉には心当たりはある。十中八九、ズーカイの餌付けの件だろう。

 貧しい子供たちに食べ物を差し出すなど、軽率な行動としかいいようがない。

「ああ、あれは俺の仲間が勝手にやったことだ。別に慈善事業を生業にしているわけじゃない。そこを勘違いするな。お礼なんて言われても俺は食べ物は持ってないぞ」

「べ、別にいいよ。こんなとこで乞食するつもりはないしさ。ただ言いたかっただけなの! ありがとう! な、これでいいだろ?」

「わざわざそんなことを言うためだけに来たとは思えないがな」

「な――」

「死ねぇぇぇうぎょへっ」

 一人また地面にキスしてもらった。まったく、キリがない。

「悪いが取り込み中なんだ。俺とは関わらない方がいい」

「な、んで……、なんでアンタ、そんなに強いんだよ……」

 すくりとブロッサが立ち上がる。その強ばった表情は何処か悲痛を訴えかけているかのようにも見えた。

「興味を持たれても困る」

「いいや、興味あるね。その力があれば、あたいはみんなを助けられる! みんなのためになんだってできるんだ! なあ、そうだろ?」

 その瞳は、俺には少し眩しすぎた。悲しいくらい、純粋なものに見えてしまった。

 お互いに関わりあうべき存在ではないことは分かりきっている。

「教えてくれよ。あたいは、あたいたちは力が欲しいんだ! アンタなら頼れるかもって思ったんだ」

 できることならば、突き飛ばしてもよかった。そこいらに気絶しているそいつらみたいに、適当にあしらってもよかったはずだ。しかし、どうにも踏みとどまる。

 目の前の、触れれば壊れそうな小さな少女に手を掛けることを、俺は躊躇っていた。

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