正義の味方なんかじゃない (2)

「のんびり会話するには少し、騒がしいな」

 話題を逸らす意図があったわけでもないし、そのように促そうとしたつもりがあったわけでもないが、結果的にはぐらかしたかのような言い回しになってしまった。

「だったらこっちだ。裏の道がある。ここよりマシだ」

 と、ブロッサが俺の手を引こうとする。だが、あまりの非力さに、自分の身体の方が浮いてしまい、そのままブロッサだけが転ける。

「痛ってぇ……アンタ、体重いくつだよ……」

 別に異質なほど重くはないが、今は重量のあるパーツを両手に抱えているからな。

 それでもなお、ブロッサは俺の腕を引っ張ろうとしてくる。

「分かったよ、案内してくれ」

 根負けしたと言うべきか。それとも、何か別な言い訳があったのだろうか。ともあれ、俺はブロッサが誘導するままに移動する。

 なるべく追い抜かないよう、ゆっくりと。

「あ、やっべぇ……格子が強化されてやがる」

 何やら急に立ち止まるものだから何かと思えば、行き止まりのところにおそらく下水道へと続いているであろう穴が空いていた。がっしりとした格子が取り付けられており、俺どころかブロッサでさえ通り抜けられる隙間もない。

 錆びた様子もなく、比較的新しい。こういうスラムの連中が出入りするから塞がれてしまったのだろう。裏の道という割にはバレバレなのでは。

「ちぇっ、他のところに行くか」

 ただでさえ追われている身だというのに、こんなのろのろと移動していられない。それで他のところまで塞がれていたなら目も当てられないだろう。

「しょうがない……」

 格子をつま先で引っかけながら蹴り上げる。ゴッチン、という鈍い音と共に、蓋が開封するようにバックリと下水道への入り口が開かれた。

「やっぱアンタ、でたらめすぎだよ……」

 いちいち足をガクガク震えさせるな。

「引き続き案内頼むぞ」

「お、おう。任せとけ」

 ひょいっと身軽にブロッサは穴の中へと飛び込んでいく。続けざまに飛んでいってもよかったが、何か危ないような気がしたので、両足を両壁に掛けてズリ落ちることにした。

 完全に降りてしまうその前に情けなく開きっぱなしの格子を引っ張り、下水道へ入ると同時に締めた。

 力任せに少々強引にやってしまったせいもあり、鍵もネジもグチャグチャになってしまったので多分、後から入ることは難しいと思われる。

 下水道に着地し、様子をうかがう。

 酷い悪臭はこの際、仕方ないとして、物騒な気配はあまりなさそうだ。

 管理が行き届いていないようで、ゴミやヘドロが溜まりほうけている。

 両手がパーツでふさがっていなかったら鼻をつまめたのだが、それも叶わない。

「こっち側とあたいらのアジト側とだと区画が分断されてるんだ。で、ここは丁度その中間みたいなとこ」

「つまり、さっきの町の下水道とは繋がっていないということか」

「そゆこと。長いことほったらかしにされてて誰も近寄らなくなってたからあたいらには都合のいい道なんだよね」

 だからさっき塞がれてたんだろうな。いい迷惑だったに違いない。

「この先のスロープを上っていくと、地下街に続く階段が見えてくる」

「地下街なんてあったのか」

「アルコルの奴らが造ろうとしたっぽいけど、面倒だからって辞めたらしいぜ。ガレキだらけな上に崩れやすいからすっげぇ危険なんだ。もうちっと整備してくれてたらあたいらの住処になったのになぁ」

 ミザールの町をより開拓していこうと思っていたのかもしれない。あのブラックマーケットを中心にして盛んになっていたようだし。

 面倒だから、という辺りの話は色々と端折られてて分からないが、想定していたよりもスラムの連中の処分に困ったと見るべきか。

 元々の元々、惑星『カリスト』が機械民族マキナに統治されていた頃は、ここも鉱山の一角だったらしく、その拠点として開拓された土地を無理やり町にしたのがミザールの起源だったとザンカの資料に記されていたような気がする。

 今でこそ、ほぼほぼ平地に見えるくらいに整地されてしまっているが、ミザールになる前はもう少し険しい山だったとか。

「よし、ここだ。多分、誰もいないと思う」

 そういってブロッサは錆び付いた扉に手を掛ける。グギギという耳障りな金属音を立てながら扉がやや開かれた。その先からは冷たい空気が漏れている。

 腐敗臭にまみれたこちらよりもマシな空気であることだけは確信した。

「ふんぬぬぬぅ……っ!」

「少しどいてくれ」

 その一声でサッとブロッサが逃げるように距離を置く。別にそこまで怖がらなくてもいいんじゃないか。そう言いたい気持ちを飲み込みつつ、扉に手を掛けてバリバリィっと引きはがすように取っ払う。

 ただの鉄板と化したソレが下水道に転がっていった。

 申し訳ない。扉という役割を終わらせてしまったようだ。

「おぉー……これでここも入りやすくなったぜ」

 扉があったところのその先には、広い空間があった。

 確かに聞いたとおり、町を造ろうとした名残りはあるのだが、ガラクタとガレキが散らかっていて、控えめに言ってもゴミ捨て場としか言いようがない。

 天井にも亀裂が入っていて、そこから漏れてくる光によってそれなりに明るさは保たれている。少なくとも消えかけのライトだらけだった下水道よりかはマシだろう。

 地下街といいつつもかなり浅いところに造られているんだな。

 まあ、こんなところに人が住めるかと言えば無理があるだろう。何処も崩落していて、寝返りでも打とうものならガレキの中に埋もれて永眠させられてしまいそうだ。

「さ、ここならしばらく誰もこないだろ!」

 なんとも開放感のある笑顔を見せてくる。

「それで、俺に何を要求するつもりなんだ?」

 わざわざここまで付き合う意味もなかったのだが、なんとなくついてきてしまった。とはいえ結果的に、執拗な追っ手を撒けたという意味では助かったといえる。

「アンタ……んーと、ずっとアンタじゃおかしいよな、さすがに。ええと、さっき仲間たちにゼクラって呼ばれてたっけ。それ、アンタの名前なのか?」

「一応、そのようには呼ばれているが、あいにくと俺には名前はない」

「あっそ。そーゆーのよく分からんけど、ゼクラね。そう覚えとくよ」

 なんともはや、ぶっきらぼうに納得されてしまった。

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