第三十五章

AI

――西暦20XX年。

 都内の某所、雑居ビルの乱雑する中で、一際小綺麗なオフィスビルの一画。

 ミーティングルームは粘り着くような気色の悪い雰囲気に満ちていた。

 出席者の顔ぶれときたら、どいつもこいつもくたびれていて、爬虫類のように静寂で、尖った目つきをしていた。

「――そして、こちらが最新鋭のAIを搭載した、我が社のニューモデルです」

 壁際のスライドに映し出されるのは、無駄のない流線型を描く、丸みを帯びた車両だった。人が乗れる座席と荷物が置けるスペースばかりで、少々窮屈めなキャンピングカーの一室のようにも見えた。

 もしこれに疑問を投げかけるとするならば誰もが真っ先にソコに向くであろう。その車両には、本来あるべきはずの運転席が存在してなかった。

 エンジンを制御する機構もなければ、アクセルやブレーキなどのペダルも、あろうことか、ハンドルすらも何処にも見当たらない。

 端から見たらこんなものはこの時代の一般的な車両と比較してしまえば、欠陥品以外の何者でもない。外観だけ車両の形をしているだけの何かだ。

 当然のことのように、ミーティングルームのざわつきは耐えない。むしろ先ほどよりもずっと酷い空気が膨らんで破裂してしまいそうなくらいだ。

「こちらがプロモーションビデオです」

 そんなどんよりとした状況とは打って変わり、スライドの中に映し出されている光景ときたら何と明るいことか。子供達が車内で雑談しながら、車両だけは勝手に目的地へと向かっている。

 誰も操作している様子はない。勝手に動いて、勝手に送迎している。

 本来ならば、何処かに運転するべき人物がいるはず。少なくとも映像の中には大人の姿が見当たらない。わいわいと子供達が楽しそうにしている呑気な映像だ。

「制御機構につきましてはお手元の資料もご参照ください」

 映像は切り替わり、車両の内部構造が映し出される。エンジン周りは誰もが想像できる範囲でのものだったが、肝心の箇所は拍子抜けするほどに単純なものだった。

 何故なら、小さなチップ一枚が、他の機構に繋がっているだけなのだから。

 その場にいた、より老いた世代が落胆にも近い溜め息をつく。その少し若い世代でも信じられないようなものを見ている顔つきだ。比較的若年層の方は緊張した面持ちだが、その視線の先は映像ではなく、自分たちの先輩の方へと向けられている。

「こんなものを実現できるのか!」

 しわがれた声がもっともらしい声を挙げる。それに賛同するかのようなざわつきが反響する。

「これは単なる自動運転などとはワケが違う!」

 堪らず声を張り上げる。一層賛同の声が盛り上がる。もはや怒号と変わらない。

「既に規格の審査は通り、実用フェーズまで移行しています」

 返ってきた答えは冷淡そのもの。

「AIは年々進化しています。今や飲食店の類いすら無人店舗も増加傾向にありますが、それでも我が国は現在、後進国と言わざるを得ない状況です。海外進出も極めて絵空事となっているのが現状。今回は海外事業との協同により為しえたのです」

 誰かがテーブルに拳を叩きつけたかのような音が聞こえた。だが、スライドの前に立つ男は意にも介せず、説明を続ける。

「当モデルに搭載されたAIは既存のものをベースに、人格や記憶の複製されたプリセットを用いており、運転技術レベルについてもシミュレーションテストを合格しています。安全性の面は世界クラスのお墨付きです」

 自信たっぷり、というよりも説得力というものをこれでもかというくらいに叩きつけるかのように力強く言い放った。それでも「そうか、なるほど」と唸る声は一つも聞こえてはこなかった。

 その代わりに、パチパチパチ、とほんの一握りの拍手がミーティングルームを賑やかす。勿論、このプレゼンテーションに不満を持っている側ではない。

「実用化に向け、モニターとして、独自に運送会社を選出いたしました。このAIを搭載された運送用トラックを三台提供し、半年ほど経過を見ます」

 そこでまた怒号だ。

「責任が取れるのか!」

 くらいしか言語として聞き取れないレベルで、続く言葉やその他の発言についてはもはや何といっているのか翻訳機を通しても理解しがたい有様だった。

 怒号、怒号、怒号。

 しまいには、席から立ち上がり、殴りかかろうとするものまで現れる始末。

 若い層でも疑問に感じる程度のミーティングだった。それより上の層には何一つ理解できるようなものではなかったのだろう。しかし、それにしたって、恐ろしく喧噪にまくしたてられてしまったものだ。

 怪我人が出る前にと、ミーティングは半ば強制的にお開きとなり、ひたすらにケチのつけられた最新鋭の某は、理性的な賛成派の意見と、感情的な反対派の意見の双方を真摯に受け止め、結果としてゴー・サインにこぎつけることとなった。

 どうしてこんなにも醜い有様となってしまったのか。

 それは様々な要素が交錯している話だが、AIに業務が奪われていくという現代社会への不満が募った結果が大きな要因なのだろう。

 人間社会のあらゆるものが次々にオートメーション化が進められていき、人々の暮らしはとても便利なものになっていった。

 効率化、最適化が突き詰められていき、実のところ、車両の自動運転化などに至っては多くの会社がとっくに乗り出している。やはり業務用としては需要が高く、競争率の高い商売となっている。

 しかし、それと同時に、リスクが極めて高い。完璧でなければならないからだ。端的に言って事故率がゼロに等しくなければ赤字だけで済まされる話ではない。

 この企業も既に火傷を負いつつある。人間がやらなくていい仕事が増えてきた側面もあり、現役の社員たちの収入は先細る一方で、この博打と変わらない賭けに全力を注ぐ以外の道筋がないのだから。

 元々この企業も車のメーカーなどではなかった。だが、そうならざるを得ないところまで追い詰められてしまったのだ。

 明日には自分が必要でなくなるかもしれない。そんな鋭くも見えない刃物を首筋に添えられた心境で、その場にいた誰もが望まぬ仕事に臨んでいた。

 勿論、それはこの企業に限った話ではなく、他所も苦汁や辛酸をおかわり無料で味わっていたことだろう。

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