未来を紡いで (6)
「コード、
明瞭で透き通るような声が俺の耳に届いた。議長の言葉を一言も聞き零すことない、認識のできる言語として確かに伝わった。
「あなたは、かつて我々
周囲があまりにもざわついている。罵詈雑言が波のように飛び交っているようだ。
「しかし、あなたはいつしか我々にとって不利益なものとして認識されるようになりました。二十億年前、あなたの処分が決まりました。本来であれば、あなたは死人。それが今こうして生き長らえていることは奇跡としかいいようがありません」
どうやら、議長は俺に合わせて話をしているらしい。
周囲の悍ましいほどのヤジも、ものともせず、淡々と語りかけてくる。
「――今、あなたに問います。本来の主も使命も失ったあなたは今、何を目的として生きているのですか?」
「俺は今、人類の未来のために生きています。絶滅の危機に瀕した人類がまた繁栄の歴史を歩めるよう、俺はそのために生きています」
刹那、酷いノイズが飛び込んできた。すぐさま沈静化したが、どうやら連中の怒涛の猛抗議がきたらしい。議長の制止は偉大だな。
「なるほど、あなたの言い分を把握しました」
議長の身体が乱反射するかのようにチカチカと発光している。思案に耽っているのか。
「人類の繁栄。あなたの思い描く未来とは、どのようなものなのですか?」
続け様に問い尋ねられる。
「正直なところ、俺の中には明確な未来など見えていません。ただ、今を生きて、今に残せるものを未来に託すだけです」
「それは未来を見据えていないことの言い訳ではありませんか。これから先の世界を算出することで方向性を指し示すつもりはないのでしょうか?」
議長が随分と食らいついてくる。どんな顔をしているのかも分からないから何とも言いようがないが。
「俺が目指すのは人類の掌握なんかじゃない。繁栄には一定の形などないし、俺がそれを望んで、未来永劫まで継いでもらうなんてエゴだ」
騒々しい会議室が、シンと静まり返ったような気がした。反論もこないようなのでもう少し、発言させてもらうか。
「理想を目指し、理想を維持することは、それこそまさに理想だが、そのために凝り固まった個人のエゴで世界を束縛する気はない」
静寂の会議室に、俺一人の言葉だけが反響して聞こえるようだった。
「俺は束縛された命だった。だからこそ、今、その束縛から解放され、一つの命を謳歌している。ただ当たり前の人類として、ただ生きていたい。そう願うようにもなった。人類の繁栄もまた、生命として当たり前の振る舞いだと思っている」
議長は沈黙したまま、発光し続けている。一体どのような判断を下すのだろう。まるでこちらの思考を読み取るかのようにチカチカと点滅している。
俺の言葉の真偽を、その目で見定めている。
「あなたの発言は我々にとって極めて低次元のものと言えましょう。永劫の命、悠久の思想、無限に等しい群衆。そのいずれもあなたは望んでいない。限りある生命をほんの僅かだけ引き延ばす程度のことだけ。あまりに非合理的と言わざるを得ません」
議長の言葉に賛同する声が溢れかえるかのように周囲から浴びせられてくる。
「あなたはシングルナンバーという立場でここにいます。人類の繁栄を望むあなたの本心に、我々に対する報復の意志がある場合、それは断固として阻止しなければなりません」
周囲のざわめきが、会議室内を舞う怒号が、徐々にまた熱を帯びていく。
「――この場は、特別知的生物保護に関する特例法の改案を決めるための会議。そろそろ審議を終わらせましょう」
議長の点滅が加速がかる。それまではいくつもの線状の光が走り回る程度だったが、あたかも高速で回転しているかのように、あたかも恒星の自転を間近で観測しているかのように、凄まじく明滅し始めた。
データの羅列、文字列の束が、形になって台風のように会議室内を飛び回る。それらはこれまでこの会議に出席してきた連中の発言をそのまま具現化したものだ。
それらが、光の帯となって議長に向けて集約されていく。
「――結論が出ました。これにより、コード、
黄金色に輝く、球体のソレが、啓示のように告げる。
※ ※ ※ ※ ※
※ ※ ※ ※
※ ※ ※
※ ※
※
「……おぎゃあぁぁっ! あぎゃああぁぁっっ!」
あまりにも元気な、そんな声。
それまで抱いていた不安を全て吹き飛ばす、そんな声。
いてもたってもいられず、俺は興奮気味に立ち上がった。
「元気な男の子ッスよ。ゼクラさん」
処置室の扉が開き、俺は歓喜のあまり、らしくない声を挙げたと思う。
分娩台の上のナモミが、息も絶え絶えに、笑顔を見せる。
目頭が熱く、視界の先が歪んで見えた。
そこにいる、その姿を、認識することが困難だった。
「サクラだよ」
ナモミが絞るような声で言う。
俺は、俺は、どんな顔をしていたのだろう。
まだ目も開いていない、その顔に向けて、どのような顔をしたのだろう。
「さあ、パパ」
綿毛を掬うように、俺の両腕の中に、収まる。
力が抜けていくようだった。壊したくない。守りたい。そんな言葉を反芻するかのように、優しく、優しく、抱きかかえる。
「サクラ……」
涙に濁った声で、我が子の名前を囁く。
心がはち切れるかと思った。それくらいに、自分でも信じられないくらい、感情が洪水のように溢れかえっていた。
かつてこんなにもこの感情を抱いたことがあっただろうか。
腕の中の我が子の愛おしさは、言葉だけでは言い表せるようなものではなかった。
「よくやった……よくやったよ、ナモミ……ありがとう、ありがとう……」
俺はいつから泣きじゃくっていたのだろう。
嗚咽に阻まれ、言葉が思うように発せない。
ああ、とうとう俺はこのときを迎えることができたんだ。
人類の繁栄、その新たなる一歩を。俺は未来を紡いで、ここまでこれたんだ。
我が子を抱きしめる、この一時を俺はただただ祝っていた。
俺が俺として生きていける、この幸せを、噛みしめた。
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